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41.謁見

 初めて目覚めてから数日の休養を取って体力を回復させた後、結希は一人本家へ戻っていた。帰ってくるようにと、連絡が入ったのだ。高専には話が通っている。行きたくなくてもいつかは話さなければならない、そして本家は有無を言わさない圧力を持っている。結希は仕方なくも重い足を向けるしかなかった。

「神野結希、戻りました」

 無駄に広い家の中、一段と広い部屋で、結希は下座に座って頭を畳にこすりつけている。一段高くなっている所、上座に構えるのが本家当主。神野家にとっての絶対権力者だ。
 結希が感じるのは、有無をいわさぬ威圧感。自分が絶対である事という事実を、淡々と受け止めているその風貌は、いつになっても慣れる事はない。

「お前、何人喰った」
「喰っ……」

 彼はなんでもない事のようにそれを口にした。発言には絶対に答えなければならない、けれど結希はすぐさま返答する事が出来なかった。喰った、という認識は結希が持っているものの中にない。ただただ、倒してまわっていただけの事。
 だが当主は続けるのだ。

「喰っただろう、呪詛師を。数えきれない程喰ったか。人を喰らうものを人間とは言わぬ。お前は化け物なのだ」

 化け物。そうはっきり言われた。人間になろうと努力してきたのだが、どうやら無駄骨だったらしい。いや、無駄ではなかったか。ただ結果が結希の思うものと違っていただけで。
 だがそれはすぐに受け入れられるものではない。当然結希は抗議の声を上げる。しかし繰り返すが相手は絶対。結希が何を言おうが聞く耳など最初からありはしない。
 ここでは自己主張は無駄だと、聞くに値しないと。そんな事実を突きつけられて結希は俯いて唇を噛んだ。

「ようやく一人前の化け物になったか。呪術高専に通わせたのは間違いではなかったらしい。化け物は化け物らしく、身の振り方を考えよ」

 半人前と言われ続けた。認めて貰う事が出来なかった。未来なんて何も見えなかった。呪術高専に入って、何かが変わった気がした。気がしただけだったのだろうか。結希は泣きそうになるのを堪える。結局、何処まで行っても自分は自分でしかなかったのだと、虚しさに心が支配されていくのを感じた。

「もう高専に通う必要もないだろう。これからは此処で修行に励め」
「待って下さい!」

 思わずバッと顔を上げ抗議の声をあげる。高専には卒業まで居るのだと思っていた。思い込んでいた。入学当初の結希なら、当主の言葉も受け入れただろう。けれど今は違う。結希は高専の級友が好きだ。急にさようならなんて、そんな事はしたくない。

「お前に選択肢はないだろう」
「そんな……」

 何の迷いもない棄却。それはそうだろう、当主はただ結希が化け物になるのを待っていただけなのだ。跡継ぎさえ作ってしまえば、本人の人権などどうでもいいのだ。結希とてそれはよくわかっている。変わったのは自分だという自覚もある。例え最終的にここで人形のように暮らす運命が待っているとしても、今ある僅かな自由を、もっと大切にしたかった。

「……お願いがあります。二年が終わるまで。それまででいい、呪術高専に通わせてくれませんか」
「毒されたか。何の意味がある」

 当然すぐに頷いて貰える提案ではない。結希とて無理を言っているのは承知だ。あの場所が毒だとは、結希は思わない。あの場所があったからこそ、今ここまでたどり着く事が出来たのだ。いくら命令といえど、そう易々と頷けるものではない。結希にも、譲れないものが出来た。
 どうしたらわかってもらえるのか、結希に出来るのはただ只管に訴える事、それだけ。だが訴えなければ、事態は変わらない。

「……けじめです」
「けじめは、当家に対してだけつければいい」

 そうは言っても一筋縄ではいかないもの。相手の手強さを痛感する。半端な意見では、圧力を持ってねじ伏せられてしまう。結希に自分の意志を通すだけの知恵はない。手管もない。
 結果、愚直に懇願するしかない。だから頭を下げる。どうしてこんなに執着するのか。簡単な事だ、結希は高専が好き。

「お願い、します」
「……随分我儘になったものだ」

 少しの間を置いて、当主が口を開いた。その鋭い眼光は、ずっと結希を射抜いている。寿命が縮みそうな重苦しい空間で、結希はただ謝る事しか出来なかった。それに対して、当主はふう、と大きな溜息を吐く。そして「辛くなるのは己だぞ」と一層低い声を出した。

「分かっています」
「まあいい。認めてやる。最後の我儘だと思え」

 それでも引き下がらない結希に、諦めともとれる言葉が投げかけられる。我儘、という言葉で片付けられるのは不本意であったが、当主からしてみればきっと我儘以上でも以下でもないのだろう。
 半分は呆れで、半分は戯れだ。それは結希も重々分かっている。だから感謝の一言だけを述べ、部屋から下がった。

「何処行ってたの」

 寮へ帰った頃には夜になっていた。たまたまだろうか、ロビーでソファに座っていた五条が振り向く。開口一番そんな事を聞かれ、結希は言葉に詰まった。誰にも何も言わず休みを貰い出かけていたのだ、疑問に思われても仕方ないだろう。けれど、何処まで話していいものか、結希には判断が出来なかった。
 秘密事は作りたくない、けれど、言える事では到底ない。

「家に」

 結局考えた所で下手に嘘を吐くよりいいだろうと、結希は完結に事実を述べる。それを受けて五条は、何しに、とは聞かなかった。聞きたくないと言えば嘘になるが、結希ならいつか話してくれると思ったし、それなら自分から言うまで待とうと思った。焦る事はないのだ。

「じゃあ、また明日。おやすみ」

 疲れた、早く寝てしまいたい。今の結希に五条を気に掛ける余裕はない。でも明日になったらきっと大丈夫だと、そう自分に言い聞かせた。
 だから自ら会話を終わらせる。結希の背中を見つめる五条の視線に見ないふりをして、逃げるように部屋へ戻った。


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