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17.憎たらしい

「一級呪術師冥冥と共に任務にあたれ」

 そう言われたのは憎たらしいくらいに晴れた日の事だった。一日昼寝でもしたいなと、授業も任務も行う事を考えていなかった結希にとって完全に不意打ちの言葉。空を憎たらしいと思ったのは間違いでなかったと、結希は気づかれないようにひとつ溜息を吐く。

 詳しい事はまた車の中で説明されるだろうと、重い足を校門へ向ける。冥冥との任務は初めてであった、が、冥冥の事は知っていた。冥冥も、結希の事は良く知っている。呪術師として、の話だ。

「冥冥さんは知ってるんでしたね、うちの事情」
「ああ、そうだね。それについては気にしなくていいよ。存分に暴れてくれ」

 冥冥の前では術式を隠さず戦う事が出来る。結希にとっては有り難い話だ。他の呪術師との任務ではそうはいかないが、冥冥はパイプラインが少々特殊だ。故に結希も気兼ねなく動く事が出来る、という仕組みになっている。

 結希は元来肉体労働が嫌いである。呪具を振り回すより術式でなんとかしてしまいたいと思っている。だが単独任務になるとそれはそれで面倒臭い。だから自由にやれるペアがいると気が楽だ。いつも冥冥との任務でいいのに、と思う程に。

「助かります。最近フラストレーション溜まりまくりで死にそうでした」
「ふふふ、苦労しているようだね」

 静かに笑う冥冥。いつも余裕があるなと尊敬する。朝任務を言い渡された時はただただ憎たらしく見えた青空が、少しだけマシになった気がした。それでも鬱陶しい事に変わりはないのだが。

「呪霊を祓うんでしたよね」
「そう。敵は呪詛師ばかりではないよ」

 現着後車から降り、歩きながら補助監督から受けた説明を軽くおさらい。帳は既に降ろされている。真っ暗になった途端空が恋しくなるのは、もう何か呪われているのではないかと結希は考えた。自分の肩には呪霊でもついているのではないかと祓うふりをしてみるが、当然の如く何の手ごたえもなかった。

「最近呪霊祓ってばかりなので大分慣れてきました」
「いい経験を積ませて貰ってるね」

 単独任務で呪霊を祓う機会も何度かあった。その時は容赦なく自分の術式で蹴散らしてやったが、ワンマンプレーに慣れすぎるのも如何なものかという上層部の理由での冥冥との任務だ。あらゆる可能性を考慮しての予行練習。結希が学生として学ぶべき重要事項でもあった。

「術式の練習だと思って任務に当たると良い。フォローは任せてくれていいよ」

 さあ、おでましだ。冥冥の言葉と共に結希も複数の呪霊を視界に捉える。偵察は冥冥で事足りるので、今回しょうけらを出す必要はない。結希はまだ数少ない自分の手札の中から、どの式呪を出すか考える。

「十二が満(みつ)、件(くだん)」

 少しの迷いの後具現化させたのは、人間の顔を持ち牛の身体をしている大型の式呪。呪力の乗った攻撃に弱い面はあるが、小型の呪霊を祓うのに有能な式呪だ。結希が現状具現化出来る式呪は、この件を含めまだ四体しかいない。明確な数にすると三分の一でしかない。これが半人前と言われる理由の一つと、これからの結希の課題でもあった。

「いい判断だ。そのまま蹴散らしてしまおう」

 冥冥は冥冥で戦闘している。結希は件を制御しながら呪霊を蹴散らしていった。単独の時は周りなど気にせずいいように暴れまわっている式呪を制御する事は、結希にとってもいい経験になった。

「学校生活は楽しいかい?」

 任務は滞りなく終了し、青空が視界に戻ってきた。倒した呪霊を眺めながら、冥冥がふと結希に話しかける。急な質問に戸惑うが、結希は思っている事をそのまま素直に口にした。

「心労で頭おかしくなりそうです」
「あの二人だろう」

 冥冥もすぐに意味を理解したようで、的確に真実を突いてくる。ストレスがない会話に、意図せず結希の口も饒舌になっていった。あの二人、がこの場所に現れる事は絶対ないのだという事実と、対等とも言える話し相手。ここで話さない手はない。

「その二人ですね。なんですかあの悪意の塊たち」
「二人とも結希が好きなんだよ」
「万が一そうだとしたら愛情表現歪みすぎでは?」

 結希は盛大に顔を顰めた。自分は間違った事は言っていないはずだ。だが冥冥は肯定も否定もせず笑っていた。そしてそれもまた学業の楽しみ方だと諭すのだ。今しか味わえない感覚である、と。

「仲よくしてやりな、結希のためにもなるから」
「……クラスメイトとしては、そこそこ付き合っていくつもりです」
「今はそれでいいよ」

 結希としては最大の譲歩。ギリギリのボーダーライン。今は、とは言われたがこれからもそうであろうと思った。クラスメイトでしかないのだ、所詮他人。卒業してしまえば仕事でしか関わりあいにならないであろう、脆い関係。そう真っ先に考えてしまうのは、もう結希の癖だ。

「苦労しそうだ」

 それは誰に向けての言葉だったか。何に向けての言葉だったか。冥冥の言葉が結希の耳に届く事はなかった。

「どうかしました?」
「いいや、帰ろうか」

 憎たらしい空の下、結希と冥冥は用意された車に向かってゆっくりと歩いて行った。



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