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22話 過ぎた理由

 透明でなくなったいつきは、一生懸命自分を取り巻く日常に慣れようと努力した。実際変わったのはいつきの意識だけなのだが、そんな事は本人には関係ない。関係があれば、いつきは最初から透明人間など名乗っていなかった。

 公園には、変わらずずっと通い続けている。習慣化しているのだ。公園のベンチで、ぼうっと光景を眺める、そんな日々が。

 魔法使いさんに会いたい。そう思っていたのだ。迅をずっと、待っていた。今日は居るだろうか、今日こそは。そういくら希望を胸に待ってみても、迅が現れる事はなく。
 忙しいのだろう、きっとそうだ。そう言い聞かせて待つ。待つ事しか出来ない。いつきは迅の連絡先も、住んでいる所も、何も知らない。知っているのは、魔法使いである事だけ。
 それも迅が作った設定なのだが、それすら知らないのだ。ずっとずっと、迅を求めて公園に通う。

 そのうち、学校に行かなくなった。学校でのうのうと日々を送るより、迅に会いたい、話したいと、そう思った。朝は学校に行くふりで、真っすぐ公園に向かう。公園に居る時間が長ければ、会う機会も増えるかもしれない、そんな浅はかな思いで。

「いつきちゃん」

 少しだけ話すようになった宇佐美に話しかけられたのは、そんなある日の公園での事。宇佐美は宇佐美で、いつきの事を心配していたのだ。

「最近学校来ないの、どうかしたの?」

 簡潔に質問する。周りくどい事を言うより、率直に質問した方が良いと思った。その方がいつきも答えやすいのではないかと思ったのだ。
 いつきは、微かに視線を泳がせている。

「何か嫌な事あった?」
「違うの、そうじゃないの」

 学校が嫌になったわけではない。ただ、いつきにとって迅より学校の方が優先順位が低かっただけ。ただそれをどう宇佐美に話すべきか、いつきは言葉が浮かんでこなかった。

 魔法使い、なんて言っても信じて貰えないだろうし、頭の可笑しい子だと笑われてしまうのも嫌だ。この数日間で、宇佐美がそんな人間ではないとは分かっていたが、それでもやっぱりありのままを話すのは抵抗がある。

「人をね、待ってるの」
「待ち合わせ?」
「……じゃ、ないんだけれど。でもきっと来てくれるから、待ってるの」

 宇佐美が首を傾げる。けれど突っ込んではいけないような気がした。そこら辺は弁えている心算でいる。だから「そっか」と笑顔を作った。

「でも勉強もしないとだよ? ノートだったらいつでも貸すから言ってね」
「うん、有難う」

 この短期間で、随分まともな会話が出来るようになったものだと、いつきは感動に似た感情を覚える。宇佐美とも、大分話すようになった。

「じゃあ私行くね! 待ち人、来るといいね!」

 宇佐美はそう言い残して公園を去っていった。入口まで行った所で振り返りいつきに手を振る。いつきも振り返した。
 これも全て迅のおかげだと思っている。こんな日常が訪れるなんて考えた事もなかった。透明のまま、一生過ごしていくのだと思っていた。

 ふと、考える。何度も考えた事。いつから自分は透明になったのか。思い出したのはいつかの夢だった。

「私? 私はただの人間だよ。透明人間に憧れている、ただの人間。ねえ、私に透明人間になり方を教えてくれない?」

 公園で、幼い自分にそう問いかけたいつき。ただの人間。自分でそう言った。

「ねえいつきちゃん、私もう透明になりたい。誰からも見えなくなりたい」

 不意にそんな言葉が浮かんできた。誰の言葉だったか。いつきは一人公園のベンチで思考を巡らせる。それはずっと蓋をしてきた記憶。けれど今なら、受け入れられる気がした。
 誰の。あれは確か、中学一年の頃の事だ。

 いつきが通う事になった中学校には、三校の小学校の生徒が集まっていた。いつきは学区の関係上小学校の同級生は殆ど違う中学に行ってしまい、数人の仲間と共に中学生活をスタートさせた。
 そこで仲良くなった一人の女子生徒。一番大きな小学校から上がってきた生徒だった。小学校時代、ずっと虐められていたらしい。中学になってもそれが収まる事はなかった。寧ろ成長した分虐めは陰湿化、酷くなっていった。
 けれどいつきにはそんな事は関係なかったし、女生徒と関わり続けた。そうしたらいつの頃からか、いつきも避けられるようになっていった。

 女生徒はどうなったのだったか。思い出す。そうだ。確か途中から急に周囲の女生徒と仲良くなったのだ。そしていつき一人が、孤立した。
 だから透明になった。誰からも映らないように。一人で居る事に理由を作った。透明なら仕方がない、そう思う事で全てを受け入れた。
 透明になったのは、そうなりたいと願った少女ではなく、いつきだった。

 だからと言って本当にいつきが誰からも見えなくなったわけではないので、様々な所で矛盾が生まれてくる。
 他人と関わろうと思えばいくらでも出来るのだ。高校入試だってそうだし、買い物だって何だって、人と関わらなければいけない事は沢山ある。そしてそれは出来てしまう。でもいつきは自分を透明だと疑わなかった。それ程、逃げ道を欲していた。

 矛盾点は全て知らないふりをして、透明人間を続けた。高校に入ったら変わる事だってできたのに、変わる事をしなかった。当たり前になっていたからだ。
 透明でいいのだと、ずっと思ってきた。迅に会うまでずっと。

 あの夢は間違いだったな。ぼんやりと思う。最初から透明で居たわけではなかった。

「魔法使いさんは、今日も忙しいのかな」

 小さな呟きは、風景に吸い込まれて消えた。


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