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16話 思考スクランブル

 日の光に当たり続けたら、いつか蒸発するだろうと思っていた。

 ある日の公園、いつきは唐突にそう迅に話しだした。それまでの話と言ったら今日何があったかだとか明日は何があるだとか、いつも通りの当たり障りのない会話だったので、迅は不思議に思う。話に脈絡がない。

「こうやって毎日太陽が沈むまで光を浴びても、何も変化しない。私はずうっと、私のまま」

 いつきは続ける。その視線はいつものように、宙を彷徨っていた。迅には、いつきが何を考えているかが分からない。だから何も言葉を返す事が出来なかった。いつきの望む答えを言い当てる自信がない。

 何を言ったらいつきが満足するのかも、サイドエフェクトで見えればいいのにと思った。未来は無限。故にいつも選択を迫られて、結局自分が正しいと思った事をするしかない。それが最善だと思っても、相手にとってはどうだろうか。迅は葛藤の中に生きている。

「蒸発したいの?」
「いいえ。でもそれでもいいかなって、思う時もあるんです」

 いつきは思った事をきちんと言葉にする事が出来る人間だ。だから迅はいつも迷えど最終的には単刀直入に質問する。それが一番な気がした。確かめる術はないけれど、嫌われてはいないようだから、この姿勢は間違ってはいないのだろうと納得させている。

「魔法使いさん、私は何故息をするのでしょう」

 息をする理由が欲しいと、いつきは言った。やはり、話に脈絡がない。いつきの中では筋が通っているのだろうか。一本の細い糸を命綱もつけずに渡っているような、そんな危うさを感じる。きっといつきにしてみれば無意識なのだろう。それが、いつきが透明である事の一つの要因であるような気がして、迅は思案する。

「熱が出たんです。ちょっと、体調崩して」
「そうだろうと思った。もう大丈夫なの?」
「平気です」

 雨の日に会ってから少し日が経っていたが、寝込んでいる様子もそれが一時的である事も迅には視えていたので、公園で会えなくてもさほど心配はしていなかった。
 願わくばと思ってあの日傘を差しだしたのだが、未来を変えるには遅すぎる行動だったらしい。

「考えました、色々。考えて、どうすればいいのか分からなくなって」

 いつきはぽつぽつと話しだす。瞳に相変わらず迅は映っていない。それでも言葉はしっかり迅に向けられていて、だから迅は聞き役に徹する事にした。余計な口を挟むより最後までしっかり聞く事の方が、今のいつきには必要な事だろうと思ったのだ。

「そのうち、何を考えているのかも分からなくなって」

 抽象的な言葉が続く。的を得ないのは、きっといつき自身自分の感情を把握しきれていないからだろう。寝込んだせいで、溢れないように抑えていた感情が少しだけ、零れてしまっていたようだった。

「消えてしまう事を、怖いと思った。でも何故そう思うのか分からないんです。魔法使いさん、私は何故息をしているのでしょう」

 いつきはもう一度、同じ質問を口にした。答えはきっと、最終的にはいつきが自分で見つけなければいけないものだ。ならばどうすれば良いか、迅にはそれが分かっている。

「いつきちゃんに、おれはどう写ってる?」
「魔法使いさんは、なんでもわかっちゃうスーパーマン」

 いつきは迅の急な質問にもすぐに答えた。心からそう思っているからこその反応だろう。スーパーマン、と言うあたり幼さが感じられて、大人びていても歳相応なのだろうと迅はどこか安心感を覚えた。等身大のいつきを、もっと見てみたいと思う。

「おれに見えるいつきちゃんはね、透明な事以外は普通の女の子だよ」

 だから迅も正直に思った事を口にした。透明な、と敢えて明確にしたのはいつきを否定していないと分かってもらう為。そんな事をしなくてもいつきは迅を信用しているのだが、はっきりさせておいた方が後々状況が良くなるだろうと踏んだ。

「普通って、ひとまとめに表現されるけど、その在り方って人によって違うと思うんだ」

 いつきにとって普通とは何なのか。本人は考えあぐねているようだが、迅から見てみればいつきはそこらへんの女子高校生と何ら変わりはない。少し、思考が偏っているだけだ。それがいつきの普通であって、万人に受け入れられるものであっていいと、迅は思う。

 話は相変わらずそれている。けれどいつきは真剣に耳を傾けていた。言葉は難しい。曖昧な普通はどう言ったら伝わるだろうか。唸る事数秒。当たり前の事しか出てこなかった。ここで軌道修正。

「生きてるんだから、それ以上に息をする理由なんてないよ。何を思ってもいつきちゃんはちゃんと生きているし、これからも生きていく。生きる事に理由なんていらないんだよ」
「私は、生きていけるでしょうか」

 言葉の中に少しの不安を感じ取って、でもそれは迅にとっては全く問題ないものだった。いつきが生きている未来が、しっかり視えているのだから。勿論、未来の先にいつ何が起こるかなんてわからない。でも、いつきはきっと生きていける、迅にはそう思えた。

「大丈夫。その時はおれを使いなよ。いつきちゃんになら何度でも魔法をサービスするよ」

 そうおどけて見せれば、いつきはふふふ、と口元を隠して笑った。いつもは有料なの? と言ういつきに迅は「案件による」と答えた。そうしたらいつきはまた笑うから、これくらいで元気になるなら魔法使いを演じるのも悪くない、と迅も顔を綻ばせた。

 いつきは答えにたどり着いただろうか。迅には分からない。けれど明るくなった表情に、絡まっていた思考が少しだけ解けた手ごたえは感じた。これでいい、焦る事はない。時間制限があるわけでもなし、ゆっくり手を引こう。迅はいつきの横顔を見ながらそう思った。


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