二日前の朝になった。まだ解決策は浮かばないままだ。
しかし、この時の僕は、何としてでも恐怖の大王の到来を阻止しなければ、という使命感でいっぱいだった。いつかの父のように、誰かを助けられるヒーローになれたら。あの日の父も、こんな気持ちだったのだろうか。今となってはもう確かめようがないが。
たまたま流れて来たニュースは、全国の梅雨入りの予定を知らせていた。今人気の美人キャスターによると、東京は三日後らしい。その時には、僕と祖母、それから友人を家に呼んで、一緒に昔話でもしたいな。そうだ、ヒルッカさんも呼んでやろう。面白い外人がいるって聞いたら、きっと皆集まってくるだろう。それから馬鹿みたいに騒いで、朝まで飲み明かすんだ。そして誰より早く起きて、生きていることを実感して喜んで、なんて……。
ニュースは既に最近話題の物を紹介するコーナーに入っていた。欠伸をか噛み殺し、リモコンを取ってテレビを消すと、再び部屋を静寂が統べた。
いつものファミレスに行くと、ヒルッカさんが先に座っていた。コーラをストローで掻き回し、たまに吸ってを繰り返す姿は、何だか見ていて滑稽だった。
「何してるんですか。良い案は思い付いましたか」
「ああ、テツオか。それがね、全然だよ」
「だと思いました」
出来るだけ笑いながら席に着く。一先ず表情を確認して安堵の溜め息を漏らした。相変わらず顔色は優れないが、昨日よりかは幾分か回復している。
「少し聞きたいんですけど、ヒルッカさんっておいくつですか?」
「えらく唐突だね。何歳に見える?」
「そうですね、二十……二?」
「残念。二十七だよ」
心なしかしたり顔のヒルッカさんを横目にコーラを一口飲んだ。甘くて、シュワシュワ。こんな時でもコーラの味は変わらない。祖母が作ってくれる肉じゃがみたいに、いつも僕を温かく迎えてくれる。
視界が徐々に滲んでいき、鼻がつんとした。
「君……泣く程美味しかったの」
「はい……」
「あ、そう……」
ヒルッカさんはこちらをチラチラと見ながらまたコーラを吸った。同じものを飲んでいるはずなのに、この差は何なのだろう。
「……で、どうするんですか。今日思い浮かばなかったら、もう僕ら終わりじゃないですか……」
「そうだねぇ……と言っても、天候や汚染物質は俺達じゃどうすることも出来ないし」
「何でそんなに諦め寸前なんですか! 僕が言うのも何ですけど、現状分かってます!?」
「まぁまぁ、落ち着きたまえ。それより、いつの間に君はそんなにやる気になったんだい? 初めはあんなに信用していなかったのに」
言われてみれば、確かに最初は予言のこともヒルッカさんのことも信じていなかった。あまりにも突拍子すぎたし、現実味がなかった。
だが、いつの間にか、自分でも気づかぬうちに、世界を、大切な人々を救わなきゃ、と思うようになっていた。大袈裟かもしれないが、あの日、父を守れなかった分の罪滅ぼしではないが、これで少しでも償いが出来るのなら。何より、昔憧れたヒーローになりたかった。父のようなヒーローに。
「兎に角、任された以上はやり切らないと後味悪いですから」
「ふぅん……ヒーローだね、君」
「……はい?」
「正義のヒーローだよ。俺が保証する」
その声は普段の彼からは想像も出来ないくらい優しかった。ビー玉の瞳を転がすように笑った彼がとても眩しかったので、何だかこそばゆくなって僕は下を向いた。
「実は、俺はこの話に乗り気ではなかったんだ」
「……え?」
「と言うより、初めから諦めていた。予言を読み解くのも、人類を救うというのも」
「な……何で……」
「だって、どう考えても無理じゃないか。恐怖の大王? アンゴルモアの大王? そんなの糞くらえだ。ただ、もし人類を救うような絶対的な存在がいたのなら、面白い話だろ?」
何の躊躇いもなくそう言い切る彼を前に、僕は動揺を隠せなかった。
コーラを見てはしゃぐ姿も、「この世界を救ってくれ」と懇願して来た真剣な表情も、僕の意見を聞いている時の顔も、全て嘘だったのか?
嗚呼、そうか。思い返せば、不可思議な点はあった。
自分から話を持ち掛けた割にはどこか余裕綽々で、人類を救うためにあれやこれやと考え込む僕に情報を与えるのみで、話し合いには初めから非協力的だった。何か尋ねても曖昧に受け流して、絶対に自分からは話を持ち掛けない。
それは全部、僕を試そうとしていたから? 僕が「人類を救うような絶対的な存在」かどうか、見極めようとしていたから?
気付かなければ良かった。何で、どうしていつも悪い方向に進んでしまうんだ。だって、こんな――
「――あなたが恐怖の大王だったんですね、ヒルッカさん」
こんなことって、ないよ。