「…お前、なんでそんなにグッタリしてんの?」
キセキたちのお見送りが始まってから初めての、青峰と黒子2人きりの帰り道。
いつも以上に青白い顔をして口数の少ない相棒に、青峰は問いかけた。
「…昨日は赤司君と緑間君、紫原君に送ってもらったんですけど……あ、そういえばキミも黄瀬君も、補習はマジメに受けましたか?なんか赤司君とか監督が、またアイツらは…って怒っていたような…」
「…お、オレのことはいいだろうが!…んで?何があったんだよ」
黒子は、焦った表情を浮かべる青峰――案の定、補習をサボったか、もしくは寝こけていたのだろう――にやれやれとため息をついてから、昨日あったことを詳しく思い出そうと、顎に手をやった。
「…えーと、なんか、すっごいお説教をされてしまいまして…」
「説教?」
「はい……きっかけは、ボクがもうそろそろ大丈夫じゃないか、って言ったことだったんですけど――」



「――まったく、どこまで能天気な思考をしているんだお前は!…いいか、まだ一週間も経っていないのだよ!」
「…すみません」
緑間の小言に、ショボンと肩を落とす黒子。もし皆が日ごろから例えるように子犬の耳や尻尾がついていたら、ぺたりと垂れ下がっていることだろう。紫原が慰めるようによしよしと頭を撫でているものだから、余計にそう見えてしまう。
「…まぁ、そう言うな緑間。黒子のことだ、オレ達に気を遣ってのことなんだろうし」
普段は、意外と強気で負けず嫌いなところがある黒子だ、気落ちしている様は愛らしいが、同時に心苦しくもある。
思わず助け舟を出した赤司に、緑間と紫原はチラリと視線を交わし合った――ほら、こういうところが甘いんだ――とでも言いたげに。
「…でもまぁ、最低限の危機感を持つのは、確かに大切なことだよ」
そんな2人にあえて気付かないふりをしながら、赤司は涼しい顔で言葉を続けた。
「ひとつの事に集中すると周りが見えなくなったり、納得いかなければ紫原にすら立ち向かって行ったり…お前には危なっかしいところがあるからね」
せめて、知らない相手には着いて行かない。危ないと感じたら、まずは自分の身を護ることを優先させる。これだけは覚えておくように。
優しく言い聞かせてくる赤司に、黒子は素直に頷きながらも唇をとがらせている。
だって「お菓子をくれると言っても、知らないおじさんについていっちゃダメだよ」と注意される子供と、同じレベルではないか。
「…てかさ、逆にこれまで黒ちんが無事だったことのがすごいよねー」
黒子が抱いた不満を見抜いたのだろう、新しいスナック菓子の袋を開けながら紫原が呆れたように言う。
「今だってこれなんだから、小学校の頃なんてもっとあぶなそーじゃん。なんか、首根っこ持って、ひょいって掻っ攫ってやりたくなる感じ」
中学生の今がヨチヨチ歩きが出来るようになったくらいの子犬だとしたら、小学生の頃はまだワンと吠えることもできず、キュンキュン鼻を鳴らしているくらいの赤ん坊だろうか。
当分は子犬から脱却できそうにない同級生を見下ろしながら、紫原はからかうように、小ぶりな鼻を指先で軽くはじいてやった。
「…いたいです」
「ごめーん、でも何か黒ちんって、からかいたくなる顔してんだよねー」
ムッと眉を寄せご立腹の様子の黒子に、それでも実に楽しそうな笑みを浮かべている紫原は、大人に叱られるまで執拗に犬猫を構い倒す子供のようだ。
「…何ですかそれ。っていうか首根っことか、普通に失礼です」
「えー、絶対思われてるって……てか実際、知らない奴に声かけられたり、連れて行かれそうになった、とかないの?」
「そんなこと、あるはず……」
すぐさま反論しようと口を開いた黒子だったが、その台詞が不自然に途切れた。
それまで、紫原と黒子のじゃれ合いに似たやりとりを微笑ましく見守っていた赤司と緑間も、様子の変わった黒子に気付き、訝しげな表情を浮かべている。
「…黒子、どうした?」
「…いえ、大したことじゃないと思うんですけど、ちょっと思い出したことがあって…」
「……詳しく、聞かせてくれるかな?」
「…え?は、はい…」
見たこともないほど冷たく厳しい眼差しを向けてくる赤司に戸惑いながらも、黒子は記憶を呼び起こすように、ゆっくり話し始めた。
「…えーと、あれは小学5年…いえ、6年の頃でした…」
帰り道、本に夢中になりすぎて、気が付いた時には知らない道に。通い慣れた通学路ではあるが、これまでもこうして何度か迷子になったことがあった。
もう結構遅い時間だし、しかも何だか雨まで降りそうだし、さてどうしたものかと首を傾げていた黒子に、かけられた声。
「それは、知らないおにーさんだったんですけど、事情を話したらじゃあ送ってあげるから自分についておいでって言ってくれて…その内、やっぱり雨が降ってきちゃったんです。そしたらその人は、ウチが近いから雨宿りしていきなよ、お風呂も貸してあげるからって」
親切な人ですよね、とのんびりと語る黒子に、しかし赤司達はしかめっ面を浮かべている――だって何だか、とても不穏な匂いがするじゃないか。
「…でも、そこまで迷惑かけるわけにも行かないし、辞退したんです。そしたら…」
『…キミ、ほんと可愛いね。そんな遠慮はしなくていいよ……そうだ、一緒にお風呂に入ろう。体中、洗ってあげるからね』
「なんか、息が荒くなるくらい一生懸命に誘ってくれて。ここまで言ってくれてるのに断るのも悪いかなぁ、でもやっぱり申し訳ないし、知らない人といきなりお風呂に入るのも恥ずかしいし…なんて考えてる内に、あまりボクがグズグズしてるものだから、おにーさんも焦れてしまって…」
『…いいから来いよ…っ!…大丈夫、ハジメテだろうからやさしくするし、存分に可愛がってあげるから…っ』
「強引に手を引かれて、悪いと分かっていながら一瞬抵抗してしまったんです……ほら、やっぱり年上の男の人に乱暴にされるのって、ちょっとこわいじゃないですか。そしたら今度は、抱き上げられそうになって…」
その時だった、
『…黒子っ!?』
焦ったような声が、男の暴挙を止めたのは。
「おぎ…当時、仲良かった子が、たまたまその道を通りかかりまして」
『…ふざけんなっ!アンタ今何しようとしてたんだよっ!?』
黒子を取り返し背後に庇ってから激しく追及すると、男はごちゃごちゃと言い訳をしながら、逃げるように走り去って行った。
「…彼、そのおにーさんのこと何か勘違いしたらしくて……その後も、いくら説明しても納得してくれなかったんですよ。結局、もともと放課後会うことが多いんだからって、それからはその子と毎日帰ることになりました」
まぁ、それだけの話しなんですけどね。
何でもないことの様にそう結んだ黒子だったが、その直後、ギョッと目を見開くことになった。
「…な、なんでみんなそんな怖い顔…」
「…黒子」
「は、はい…っ?」
怯える黒子に、赤司は魔王のような顔を引っ込め、にこりと微笑みを浮かべてみせた――しかし相変わらず、その眼はちっとも笑っていない。
「…この後、時間はあるかな?……お前には、言い聞かせなきゃいけないことが、たくさんあるみたいだ」
「……え?いや、何だか嫌な予感がするので遠慮…」
「紫原」
「りょーかーい」
「ちょっ!?下ろしてください紫原君っ!」
慌てて抵抗した黒子だったが、赤司、紫原、緑間の包囲網から逃れられるはずもない。
結局、紫原の肩に荷物のように軽々と担ぎ上げられ、最寄りのマジバに強制連行されたのだった。




「…それから2時間、3人から延々とお説教ですよ……もう、何言ってるか分からないし、ただでさえ部活の後で疲れていたのに、最後の方は意識が朦朧としてしまって…」
「……」
「しかも、今日になって昨日の話が伝わったみたいで、桃井さんにまで怒られてしまいました…」
――テツ君、何度言ったら分かってくれるの!オトコなんてみんなオオカミなんだから油断しちゃダメ、隙も見せちゃダメ!…お願いだから、あんまり無防備に愛らしさ振りまくのよして!…あ、もちろん青峰君にもだよ!てか話の男は本気で許せない…赤司君と協力して、絶対見つけだす!全力で制裁を与えてやるんだから…っ!
「……おい、テツ」
「…まったく、赤司君たちは何て言ったのか、桃井さんにまであらぬ誤解を……いたっ!?」
疲れたようにため息をついた黒子だったが、そこで青峰にビシっと頭にチョップをいれられ、悲鳴を上げることになった。
「…あ、青峰君まで……ひどいです…っ」
ショックを受けたように大きな瞳を潤ませる黒子に、いつもの青峰だったらそれ以上強くは出られなかっただろう。しかし、今はそうも言っていられない。
「どう考えても、お前に問題ありだろうが!…頼むから、自覚してくれよ…っ」
「……自覚?」
「…お前は…っ」
不思議そうに小首を傾げる黒子を、青峰は強く抱きしめた。
「…お前、は…」
目立たない奴だけど、いや、目立たないからこそ、一度その存在を見つけてしまえば、目を反らせなくなる。
派手ではないが整った愛らしい顔立ち、女子が憧れるようなきめ細かく白い肌、小柄ながらすらっとした細い肢体。
それだけで、男の欲望をそそるのに十分だというのに。更に、そばについていてやらなきゃと思わせるような危うさだとか、たまに見せるやわらかい笑みだとか、甘えるように意地を張る態度とか――そんな内面に触れて、この存在に夢中になるなという方が無理な話だ。
「…青峰君?」
「…お前のボケっぷりは理解してるけどよ、せめて、みんなお前のこと心配してるってことだけは自覚してくれ…」
「…はい」
青峰の腕の中、コクリと小さく頷いた黒子は、小さな笑い声をあげた。
「……テツ?」
「…いえ、すみません」
何故笑うのかと青峰に問いかけられ、謝罪の言葉を口にした黒子だったが、逞しい胸板に頬を寄せながらやはり微笑みを浮かべている。
「…1年前は、みんな雲の上の人だと思ってたのに、今はこうしてボクのことを気にかけてくれている……それが正直、とても嬉しいんです」
図々しくてすみません。身の丈に似合わぬ場所を与えてもらっているって、分かってはいるんですけど。
黒子が浮かべた苦笑は、自分自身に向けてのものだろう。
「…でも、本当に今がとても幸せなんです。青峰君と2人で練習してた頃も、もちろん楽しかったです……でもやっぱり、みんなといられることが嬉しくて…」
――全部、キミのおかげです。
最後の言葉は心の中で呟いて、黒子は顔を上げた。
きっと、青峰は微笑んでくれているだろう。皆と一緒にいられることを、同じように喜んでくれているだろう、そう思ったのだが、
「……青峰君?どうしました?」
予想に反して、何かに耐えるような厳しい表情を浮かべる青峰に、黒子は戸惑ったように目を瞬かせた。
「…何でもねー」
「…でも…」
「ほんと、何でもねーから…」
まっすぐな黒子の眼差しから逃れるように、青峰は再び相棒の小さな体を強く抱き込んだ。
血のにじむような努力をし、ここまで這い上がってきた黒子。
皆に認められたことを、皆に大事に想われていることを、喜んでやりたい気持ちはある。喜んでやらねばならないと、分かっている。
それでも青峰は、『自分だけのテツ』を求めてしまう気持ちを、抑えることができなかった。
その笑顔を自分だけのものにしたい、憧れの視線を向けられるのは自分だけでいい、この存在を甘やかすのも大切にするのも、自分だけであったらいいのに。
もはや目を背けることは出来ないほど大きくなってしまった『テツを、自分だけのものにしたい』という、昏く凶暴な欲望。
「…ごめんな、テツ…ごめん…っ」
「……青峰君。大丈夫ですよ」
自分を抱きしめたまま詫びの言葉を繰り返す青峰に、黒子は訳がわからいまま、それでもその広い背中に腕をまわし、強く抱きしめ返した。




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