冬には珍しい長雨。
その冷たさに、小さな命が消えようとしていた。
廃屋の軒下で震えている子猫が親猫とはぐれてしまったのは、2日前のこと。
まだやっと目が開いたばかりという幼さを思えば、ここまでもっただけでも奇跡的なことかもしれない。
寒さと飢えに苦しみながらも、子猫は懸命に生にしがみついてきた。
ここで待っていれば、生きてさえいれば、いつか親猫が迎えにきてくれると、それだけを信じて。
――生まれつき体が弱く、しょっちゅう見失ってしまうほど存在感の薄いその仔を、親猫が見捨てたとは知らずに。
もはや目を開けていることもできないほど衰弱し、震え続ける子猫。
寒さに体が震えるのは、どうにかして自らをあたためようとする最後の手段であり、死への精いっぱいの抵抗だ。
しかし、その小刻みな震えすら止まろうとしていた、その時だった――
「…おいチビ、生きてるか?」
「……っ」
子猫の頭を撫でた、大きくて浅黒い手。
その手の持ち主は、まだ年若い、けれどすでに立派な体格を持った逞しいオス猫だった。
心配そうな彼の呼びかけに、弱りきった子猫はうなずくことすらできなかったけど、それでも必死になって目を開けた。
「…よかった。すぐあったかいとこ連れてってやるからな」
今まで、よく頑張ったな。
抱き上げてくれた腕のあたたかさと優しい声に、子猫の水色の瞳から大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。
凍え、冷え切ってしまった体から出てくる涙は火傷しそうなくらい熱く、それがとても不思議だった。








この辺りの――いや、ノラ猫たち全ての頂点に立つと言っても過言ではない強さを持つ猫たち。全部で5匹の彼らは、『キセキの世代』と呼ばれていた。
中でも彼らのリーダーである赤司征十郎は、化け猫だの猫又だのウワサされるほど、色々と規格外の存在だ。
逆らうものは親でも殺す、頭が高い奴は大嫌い。
そんな彼の怒りに触れて、今までどれほどの猫たちが――いや、ウワサでは人間までもが闇へと葬られたことがあるとかないとか。
体格自体はそう大きいわけではないが、いざ命をかけての争いとなれば、他のキセキ以上に恐ろしいばかりの力を発揮する赤司である。
更には、決して情に流されることなく、常に冷静沈着で、その心を乱せる者など存在しないと言われている。
いや、正しく言えば、存在しなかった、だ。
そう、過去形である。
彼を――そしてキセキの世代たちを変えてしまったのは、他者から見たら取るに足らないような、ちいさなちいさな存在だった。
「あかしくん、おはようございます!」
住処として使っている廃屋のサンルームで優雅に日光浴をしていた赤司の名を呼んだのは、まだ幼い声だった。
「…テツヤ!」
己を見上げながら愛らしい笑みを浮かべた小さな子猫に、赤司はぱぁっ!と顔を輝かせた。
「…あぁ、今日も僕のテツヤは本当に可愛いな…」
赤司はうっとりと呟きながら、小さな子猫を抱き上げ、そのマシュマロのように白く柔らかいほっぺたに頬ずりをしている。
以前なら想像することすら脳が拒否したような光景だが、今ではすっかり見慣れたものになってしまった……すごく、ものすごく嫌々ながら。
「うわー、相変わらずデレデレだな赤司。やっべー!レオ姉、あれマジやっべーって!」
「…うるさいわね、私に言ってもどうしようもないでしょ」
キセキの世代のひとりである青峰が拾ってきた子猫――黒子テツヤと出会ってから毎日毎日毎日繰り返されているやりとりに、赤司に従うとりまき達は今日もゲンナリと重いため息を吐いている。
そんな彼らを置き去りに、すでにテツヤしか目に入ってないというか入れるわけないだろ他は平伏せ頭が高い!状態の赤司は、「あかしくん、あかしくん」と猫らしからぬ円くて大きい瞳をキラキラと輝かせている愛し子に優しい笑みを向けた。
途端に、どこからか「…うわ、こわ!」との声があがるが、赤司にとってまず優先すべきは黒子なので、今はきっぱりと無視をした(後でしっかりしめるつもりだが)
「…どうしたんだいテツヤ、今日は随分とご機嫌だね」
「あかしくん、ボク、すっごいことおしえてもらっちゃいました!」
「へぇ、なんだろう。僕にも教えてくれるかい?」
「はい!…あのね、あのね」
赤司に頭を撫でられながら、嬉しそうに頬を染めた黒子は無邪気に微笑み――
「あかしくん、ボクと『こーび』してください!」
――そんな爆弾を落としてきた。
「うわ、赤司が衝撃に言葉なくしちゃうとか…やっべー!レオ姉、あれマジやっべーって!」
「…だから私に言わないでちょうだいよ……まぁ、でも、あれは仕方ないんじゃないの?」
笑顔を浮かべたままピシリと固まってしまった赤司に、取り巻き達が向けたのは同情の眼差しだったという。




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