「ほら黒子ー、お前の好きなオムライスできたぞー。卵トロトロにしてやったからなー」
「テツぅ、ほらこっち来いよー。あ、バニラシェイク買って来てやろうか?」
「……キミたち、さっきから一体何なんですか?」
みょーに自分を甘やかしてくる火神と青峰に、黒子は若干引き気味だ。
虎と黒ヒョウにゴロゴロ喉を鳴らされているようで、実に落ち着かない。
そう、確かに落ち着かない、が――
「…まったく、仕方ないですね」
べ、別に嬉しいとかじゃないですからね!なんて言いながらまんざらじゃない表情を浮かべているあたり、流石は高校バスケ界において『猛獣使い』の異名をとる黒子である。
「…じゃあ、冷めないうちに頂きましょうか。ほら、チビさんたちも」
大型の獣たちに甘えられ、甘やかされ、それで機嫌が回復したのか、黒子は気を取り直したように言いながらローテーブルの前に腰を下ろし、小さな黒子たちに手招きした。
そして、すぐ膝に懐いてきた子供たちに、前掛け代わりのハンカチをまいてやる。
「ママ、あーん、してほしいです」
「ボクも、あーん、です!」
「はいはい、順番にね」
黒子と、黒子にそっくりな小さな子供たちが、楽しそうに食事をする風景。
それを自分用の特大のオムライスごしに眺めていた火神は、横に座った青峰にポツリと呟いた。
「…なんか、こういうのって、いいよな」
「…だな」
「…守るべき家族っつーの?こんな光景を見るためだったら、どんなことでも耐えられるっつーか…」
「…男冥利に尽きるってやつだよなー。…あぁ、テツとテツ似のガキに囲まれた生活とか、想像しただけで泣けてくるんだけど…」
「…マジで泣いてんじゃねーよ……キモい通り越してこえーだろうが」
実際にちょっと涙目になっている青峰から若干距離を取りつつ、火神は強い眼差しを向けた。
「…言っとくけど、ぜってーアイツはやらねーからな」
コート上の相棒としての黒子も、恋人としての黒子も、誰にも譲る気はないときっぱり宣言する火神に、青峰は大きくため息をついた。
「…言われねーでも分かってる。元々、身から出た錆だしな…テツのした選択に、今さら口出しする気はねーよ。……テツが幸せでいてくれるなら、それでいい」
「…青峰…」
らしくもなくしおらしい態度の青峰に、火神はかけるべき言葉を見つけられなかった。
火神も分かっている。あと少し何かが違っていたら、青峰と黒子が道を違えることはなかっただろう。
その強い絆に、火神の立ち入る隙はなかったはず。
それを思うと、今自分の腕の中に黒子がいることが、奇跡のように思えてくるのだ。
かけがえのない相手に出会い、傍にいられる幸福を噛みしめているのか、黒子へと優しい眼差しを向ける火神。
そんな彼を横目で見ながら、よせばいいのに青峰がそこでもう一言。
「…ところでお前さ、一妻多夫制ってどう思う?」
「………って、てめー全然あきらめてねーじゃねーか!」
突然とんでもないことを言い出した青峰に、火神はギョッと目を剥き、すぐさま掴みかかっていった。
「…くそ、ふざけんな!油断も隙もねーじゃねーか!やっぱ潰す!」
「はっ!できるもんならやってみろ!テツを幸せにするという人生【ステージ】においても、オレに勝てるのはオレだけだ!」
「だまれポエ峰!!」
当然のように青峰も応戦し、再び野生児たちは戦闘モードへ。
「…何やってるんですか、あのバカガミとアホ峰は…」
「…ばか?ばかがみ?」
「あほみねー!」
そんな言葉は覚えちゃダメですよ、と子供たちを優しく諭しながら、黒子は立ちあがった。
まったく、食事中に暴れるなんて、子供たちに示しがつかないではないか。
「ちょっと2人とも、いい加減に…」
ぴんぽーん!
いい加減にしてくださいと言いかけた黒子を遮ったのは、本日2回目のチャイムの音だった。
…ぴんぽーんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん!!
と、恐ろしいくらいに連続で鳴らされるそれに、黒子と火神と青峰は思わず顔を見合わせた。
「…なんか、すっげぇ嫌な予感」
「…オレもだ。なぁ、無視しちまった方が…」
「…気持ちは分かりますが、そういう訳にはいかないでしょ。火神君、お願いできますか?」
正直、青峰と同意見だった火神なのだが、黒子にそう言われ、客人を迎え入れる為にしぶしぶ立ち上がった。
そして、




「くぅぅぅぅろこっちぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
ドアが開いた途端、黄色い閃光が火神の真横をすり抜け、すり抜けたと思った次の瞬間には、黒子の元へ。
「…やっぱ黄瀬かよ…だから無視しろっつたんだ」
「…まったくだ」
「ちょっ、2人ともひどくないっスか!?」
また面倒なのが増えたと嫌そうな顔を隠しもしない火神と青峰に抗議しながら、いや今はそれどころじゃないと、黄瀬は再び黒子へと向き直った。
「…黒子っち!」
「…なんですか?」
黒子もまた嫌そうな表情を浮かべていたが、それは相変わらず自分まっしぐらな黄瀬に呆れたからではなく(今更すぎるし)――その、腕の中に抱かれたナニかに気付いたからだ。
「…オレ、ちょっと怒ってるんスよ!…いや、ほんとは黒子っちを怒るなんてしたくないけど、こういう事はちゃんとしないといけないと思うんス!」
「…こういうこと…?」
「ほら、この子のことっスよ!」
言いながら、腕を黒子につきつける黄瀬。
そこにいたのは――
「……ウサギ」
そう、二度あることは三度ある。
黄瀬の所に現れたのは、ウサギの耳と尻尾がついた小さな黒子だったようだ。
「なんでウサ耳がついてるのかは分からないっスけど、この子どう見ても黒子っちだし!…最初は黒子っちが小さくなっちゃったのかと思ったんスけど、そうじゃないみたいだから……なら、あとはひとつしか考えられないじゃないっスか!」
「…あー、聞きたくないなー、聞かなくちゃだめですかねー、でも聞きたくないなー」
「…黒子っち、いつオレの子供産んで…」
『ってちょっと待てゴルァっ!!』
そこで大声をあげたのは、黒子ではなく火神と青峰だった。
「ちょっ、何言ってんだ黄瀬てめーっ!」
「…まさかテツ、お前こいつとも…」
「……してません」
まぁ、疑われても仕方ない展開だよな、と思いながら、黒子は疲れたようにため息をつきつつ首を横に振った。
その様子にウソはないと見て、ほっと胸を撫で下ろし、火神と青峰は再び黄瀬へと鋭い視線を向ける。
「…じゃあ、なんでお前はそんなとんでもない勘違いしやがったんだよ」
「…えー?普段から清く正しく生きてるオレに、神様がご褒美くれたのかな、って☆」
「…元カノをバカ女呼ばわりするお前のどこが清く正しいんだよ、このシャラ瀬がっ!」
「ひどっ!こう見えて、黒子っちには純愛なんスからねオレ!…って、きゃー!言っちゃった!」
「…まぁ、それはさておき…」
言い訳にかこつけての告白を華麗にスルーしながら、黒子は眉根を寄せた。
「…もしかして黄瀬君、ボクのことウサギっぽいとか思ったことあります?」
「え!?すごい黒子っち!なんで分かるんスかっ!?」
猫に黒子を重ねていた火神の前にあらわれた、子猫な黒子。
犬に黒子を重ねていた青峰の前にあらわれた、子犬な黒子。
まぁ、ここまでくれば、黒子でなくとも予想できる結果なわけで。
「…ウサギって、どんなファンシーなイメージなんですか」
「えー、だって白いしー、ふわふわしてるしー、意外と気が強いのに甘えん坊で、寂しいと死んじゃうとかめっちゃ可愛い!そんな所がまさに黒子っちじゃないっスか!!」
「…いや、その定説はウソらしいですよ?」
「いーの!オレの中の黒子っちは、オレがいないとダメなんスから!」
力説しながら、黄瀬はそこでポっと頬を赤らめた。
女の子であれば「黄瀬君照れちゃってかわいー!」となったかもしれないが、残念ながら黒子は立派な日本男児なので、嫌な予感に顔を引きつらせただけだった。
「それで後は……ほら、天使みたいに可愛い外見のくせに、実はエッチなこと大好き…」
「キミはどんな目でボクを見てるんですかっ!!?」
「ぐは…っ!」
間髪入れず、近距離からのイグナイト。
それをモロに受けて、黄瀬は声もなく床に崩れ落ちた。
「…きせくん、だいじょうぶですか?」
「きせくーん?」
「いたいいたい、ですか?」
「…あぁ、天使…じゃなかった、黒子っちがこんなにいっぱい…っ」
子犬、子猫、そして子ウサギな黒子たちに囲まれて、オレこのまま死んでもいいと、黄瀬は倒れ伏しながらもヘブン状態だ。
「…よし、幸せそうだし、黄瀬のことは放っておくとして……まったく、一体どうなってんだよ」
「……まさか、これからどんどんテツが増えていくなんてこと…」
「…ちょっとやめてくださいよ、まさかそんな…」
と、3人がそんな会話を交わした時だった。
ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん!!!
ぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろ!!!
同時に鳴った、インターフォンのベルと、黒子の携帯の着信音。
『……………っ』
3人そろって息を呑みながら、おそるおそる確認してみると――
まず、モニターに写っていたのは、緑間だった。
必死の表情で、黒子に会わせろと訴えている――腕に、何かを抱えたまま。
そして、着信は赤司からだった。恐ろしくて通話に出れずにいると、留守電に切り替わり――テツヤ、僕とお前のこれからの人生について、話し合わなければならなくなった。…ちなみに僕は教会より神前式のほうが…――そこまで伝言を聞いてから、あわてて電源ボタンを押した。
更には、その間に受信された一件のメールは紫原からのもの。やはりすぐには開けなかったが、ちらりと目に入ってしまったその件名は「わたあめ2号発見(´Д`*)!!」で…。
「………ちょっ、もういい加減にしろよっ!!!」
次から次へと襲い掛かってくる信じがたい現実に、火神が頭を抱えながら悲鳴のような声をあげた、その次の瞬間、










午前8時13分。
寝ぼけ眼で時計を確認した火神は、再び目を閉じ――かけたところで、はっと我に返り、目を見開いた。
「……え、夢…っ!?」
つい先ほどまであった出来事――とつぜん目の前に現れた、子猫な黒子と子犬な黒子と子ウサギな黒子と、そしてそれ以外にもたくさんの小さな黒子たち。
その全てがあまりにリアルで、夢であるとは信じられなかった。
「…でもまぁ、んなことがある訳ねーもんな…」
夢で良かったと、火神は心の底からほっとしている――小さな黒子が実在しなかったのは、正直すこし残念だが。
「…でも、何であんな夢…」
同性の恋人である黒子に、火神は何の不満も持っていない。
火神にとって黒子以上のパートナーはいないと確信しているし、たとえどんな美女と比べようとも、火神が可愛いと思うのは黒子だけなのだから。
「…まぁ、『おかーさん』やってるあいつは、確かに捨てがたかったけどよ…」
とりあえずオレももっと2号に慣れてみるか、と疑似親子を目指すことを心密かに決意しながら、火神は再び目を閉じた。
今日は部活の練習もないので、もう少し朝寝を満喫するつもりなのだ。
午前中のうちに黒子が来る予定になってはいたが、すでに合鍵は渡してあるし、寝起きを見られて困る様な間柄でもないので、問題ないだろう。
そう思いながら、火神はゴロリと寝返りをうち――うったところで、ベッドの中にある自分以外のぬくもりに気付き、ギョッと目を見開いた。
(………え?)
覚えのある展開に、火神の額に脂汗が滲む。
「…まさか、そんなはずねーよ……な?」
火神は震える手をおそるおそるかけ布団に伸ばし、それをめくった。
そして――…?




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