あっしは妖怪である。兎の妖怪である。頭に角がある兎の妖怪。特に名前もなければ力もない。何かあるとするなら、足(逃げ足)が速くて人間に化けられる事くらい。ただ、それだけ、ただそれだけの弱くて臆病な妖怪

『(あの人間よく食べるなぁ…)』

あっしは人間に化けいつものように人間のいる街にフラフラと目的もなく歩いていると、一カ所の飲食店が目に入った。普通のどこにでもある普通の飲食店が目に入った。飲食店内をガラス越しであっしは見る。巨漢な大男がガツガツと尋常じゃないスピードで食べ物を口に運んでなくなっていくのをあっしは見る。店員はかなり青ざめている。まぁ、当たり前かぁって思いながら見る

「……」

びくり、身体が反応してしまう。目が合ってしまった。あっしはすぐに目を逸らし、すぐさま飲食店から離れ、ある場所に野良のウサギさんが住んでいるあっしの先輩がいる所にあっしは急いで早足で来た。野良のウサギさんにはあっし同様に名前がないからあっしはウサギさんと呼んでる

『あっしはどうすればいいんですかね』
「きゅー」
『ですよねぇ。そんなことはあっしが決めなきゃいけない事ですよねぇ』

これから、これからの人生…妖怪なのに人生っていうのはおかしいだろうけど、あっしはこれからをどう生きていけばいいのか分からない。特に目的もなければ目標もない。あっしは何の為に生きているのか、何の為に生まれてきたのか

「きゅー」

ウサギさんはあっしの先輩だけど妖怪ではない。ウサギさんはウサギさん。あっしのような出来損ないとは違う“角”のない兎

『なら旅でもしたらって?』
「きゅー!」
『いやいや死んじゃう死んじゃう!あっし死んじゃうよ!』
「…きゅー」
『逃げ足が速いとか問題外ですよ!1人(羽)じゃ無理!死んじゃうよ!』
「きゅーきゅー」
『…ウサギさんと一緒なら…うん、悪くないかも』

ウサギさんと旅かぁ…ウサギさんと一緒なら

ガサッ…!!

『う、ぁ…っ』

ここは街だけれど、あの華やかな街とは違いここは廃棄の街。この廃棄の街には人間はいない。人間はいないけれど動物…猛獣はいる。廃棄になった街に住まう猛獣はいる。なぜそんな所にウサギさんがいて妖怪でもないウサギさんが未だに生きているのかというと、ウサギさんは人間が嫌いなのだ。わざわざ危険な方をウサギさんは選んだ。そして未だにウサギさんが猛獣に襲われることなく生きているのはウサギさんは隠れ場所を見つけるのが上手いのだ。ただそれだけ。けれど、襲われないという事はない。毎日が食うか食われるかなのだ。襲われない訳がない。そして今、あっし達は猛獣に襲われそうになっている

『ウサギさん!』

あっしは臆病者故に逃げ足が速い。臆病者故にすぐさま反応出来てすぐさま逃げる事が出来る。あっしは瞬時にウサギさんを抱いて猛獣から逃げる。脱兎の如く。唯一の自慢である脚力を発揮する…が

『ぎゃふおお!』

派手に転んでしまった。人間ではありえない速度で走っていただけに、交通事故みたいに、それもトラックかなんかの車に跳ねられたような転び方をしてしまった。ウサギさんを落とさないようにはしたはいいけど。ウサギさんになんでこのタイミング?と突っ込まれた。あっしだって流石にこのタイミングで転ぶなんて思わなかったよ

『っ…!』

確か捕獲レベルが高い猛獣だったような気がするが名前なんて知らない。そんな猛獣が目の前にいた。立ち上がろうとしている時に追いついたみたいだ。ぎらりと牙を光らせながら口を大きくあけている。空腹の猛獣ほど恐いものはない。ウサギさんだけは助かるよう逃がした。猛獣はウサギさんには目もくれず、未だにあっしを食おうとしてる

『(…こんな最後で終わってしまうのか)』

ウサギさんが助かるんだから良しとしよう。だけど恐怖で身体が震える、恐怖で涙が出るけど、あっしは眼を閉じ食われるのを待った。怖くて恐くて恐いけど待った

「ボイスミサイル!!」

耳の鼓膜が破れそうなくらい大きい音。強烈な破壊音が響く。耳を塞ぐけどそれでも耳が痛い。我慢して堪えていると、猛獣の悲鳴が聞こえた。恐る恐る目を開けると猛獣は倒れていた

「猛獣風情がチョーシに乗りやがって」

後ろからそんな声が聞こえた。あっしは振り向くと更に驚き身体がビクつく

『ぁ、あ…さっきの』

そうさっきの飲食店で見た巨漢の大男がそこにいたのだ

「ああ゛?」
『……っ』

腰が抜けてしまって立てなくなった。そんなあっしをちらりと見、すぐに倒れた猛獣の所に行く大男

『あ、の…あの!…助けてくれて…ありがとう、ございました!』

涙がボロボロと出てきた

「別に助けた訳じゃねぇ。チョーシに乗るなよ」
『…う、っ』
「泣くんじゃねぇ!」
『うわ、ああ!!』

睨まれて怖くなって泣いてしまった。助けてくれた人間に失礼だけど怖いものは怖いわけで。人間はあっしが泣くと困ったような焦ったような表情をする。案外この人間は顔に似合わず優しい人間、なのかもしれない



・・・


あれから時間が経ちあっしはやっと立てるようになったが、その場からまだ動けずにいた。それはあの大男がさっきの猛獣を焼いて食べてしまったから。あっという間に、あれだけデカい猛獣をあっという間に、唖然としながらあっしは大男を見ていたが、大男が何故かあっしの所に来て

「二度とここに来るなよガキ。ここは危険区域だ。一般人が来るとこじゃねぇ。ま、死にたきゃ別だが」

そう言った

『……』

あっしはただ黙った。そして逃げた

あっしは一般人でもなければ人でもない

酷く胸が苦しかった

あっしがあっしが

人間だったら…

妖怪ではなく人間だったら








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