マリヤ・マグダレナ | ナノ


マリヤ・マグダレナ


―――『愛してました』

小さく囁かれた言葉が、
未だに俺を赦さない。



◇ ◇ ◇



「―――さん、深海さん」

呼ぶ声にふと目を覚ますと、柔和な笑みを浮かべた看護師が俺の顔を覗き込んでいた。


「あら、目が覚めた? そろそろ包帯替える時間だから、ごめんなさいねぇ、起こしちゃって」

「いや……」


曖昧な返事をすれば、看護師は機嫌良さそうに準備を始めた。

あれから三ヶ月が過ぎた。
"カーム"の連中にひたすら暴行され、意識を取り戻したのは一週間近く後だった。普段は仕事一筋の母親が泣きながら力いっぱい殴ってきたことは記憶に新しい。
向こうのリーダーは社会的な力を持っているのか、この暴力沙汰が表に出ることはなかった。そうでなくとも誰も言い出さなかっただろう。
全て自業自得だと、きっと皆解っていた。

他のメンバーの様子は知らない。別々の病院に運ばれたらしく、携帯も壊されたため連絡手段もない。――だが、それで良かったと思っている。


「―――はい、おしまい。きつい所はない?」

「…大丈夫、です」

「なら良かった。何かあったらすぐに呼んでちょうだいね」


目尻に皺を寄せて笑った看護師は鼻歌を歌いながら病室を出ていった。
途端静かになった白い空間が息苦しくて、また目を閉じる。


(………ナギ)


俺の言葉ひとつで、ボロボロにされたお前。
お前も、こんな白い部屋で、痛みに呻いていたのか。俺を、俺達を赦さないと、呪詛を吐き続けていたのか。


『…あー、大丈夫っスか?』


およそ夜の街に相応しくない凡庸な顔立ち。
背後から襲われて深手を負い路地裏に座り込んでいた俺に近づいてきたあいつは、手当するでもなく、誰にやられたのかを俺から聞き出すと、その場で小型のPCを開いた。
胡乱げにその様子を見ていると、5分もしないうちにあいつは顔を上げた。


『多分、明日には潰れてると思うっス』

『は……?』

『敵討ち、成功っスよ』

『………』


訳が分からなかった。
こいつが今一体何をしたのか、なんで見ず知らずの俺の敵討ちなんてしようとするのか、どうしてそんなふうに笑うのか。
訳が分からない。
それでも確かに、お前は俺の前に現れた。

名前を聞けば困ったような顔をする。だから、『ナギ』と勝手に名付けた。
静かに俺を見つめる瞳の、海の凪。俺の本名――深海に掛けた名だということは、きっと誰も知らないだろう。

いつの間にかチームに居着くようになったナギを、俺は信頼していた。その実力も性格も、それに充分値したから。
ナギもまた俺を信頼していると、よく分かっていた。

たまたま助けた「青の天使」と呼ばれる少年に構うようになってからも、その信頼が揺らぐことはなかった。

―――だからこそ、許せなかったのだ。
青の天使が震えながらその裏切りを報告してきた時、頭が真っ白になった。
信じるとか信じないとか、そういう次元の話ではなくて。ただ、「ナギが裏切った」という言葉だけが、澱のように自分の中に積もっていく。


(なんで)

(なんで、お前が―――!!)


目の前が真っ赤に染まる。
幹部の一人がぽつりと呟いた。



『………13番目だ』


異論を唱える者はいない。
そうだ、あいつは『13番目』。俺を裏切った、咎人だ。

許さねぇ。
(しらばっくれるお前も、)

許さねぇ。
(抵抗できずにいるお前も、)

許さねぇ。
(あの凪いだ瞳を歪ませて、俺に縋り付くお前も、)


『触んじゃねぇよ、13番目』


絶対に、許さねぇ。













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