俺は自分の言葉にどれほどの力があるのか知っていた。
あの場面でああ言えばあいつが何をされるのか、正しく理解していた。
翌日の夜、溜まり場の地面にこびりついたアカを見た時、この胸に去来した思いは、きっと誰にも解ってもらえないだろう。
後悔でも、罪悪感でもない。
あれは確かに、あいつをこの手で、他の誰でもない俺自身の手で裁いたことへの優越感だった。
だから半年後、あいつが再び俺の前に現れたとき、俺は苛立った。
何故ここに来た。あの日、お前は裁かれたのに。俺が裁いたお前は、あの日のまま永遠であるはずなのに。
―――なのに、あいつは笑う。
『愚問ですよ総長、解っているんでしょう?』
ああ、解っていた。
出会ったその日、数分で一つのチームを潰したお前が、このまま黙っているはずがない。いつか報復があるだろうと、俺だけは解っていた。
だが、お前が直接やって来るなんて。
聞いたことのない他人行儀な丁寧な口調。温度を感じさせない貼り付けた微笑み。全て、昔のあいつを思わせるものはなく、あいつを変えてしまったとしらしめるには十分で。
そして真実を俺達に突き付けたその唇で、あいつは――…
コンコン、と扉を叩く音にはっと目を開ける。どうやら少しまどろんでいたらしい。
短く返事をすると、扉の向こうから現れた人物に俺は身体を強張らせた。
「……お前、は…」
入口にもたれかかるように立つ男。あいつが兄と呼んだ、"カーム"のリーダー、アラシ。
「んな構えんなって、見舞いに来ただけなんだからよォ」
嫌な笑みを浮かべたアラシは手に持っていた豪奢な花束をベッドの上に放った。白い布団に散った花びらのアカが、いつかの血の色を彷彿させる。
病室の中に入る気がないらしいアラシは入口に佇んだまま、俺のことをじっと見ている。その整った顔を見ないようにして口を開いた。
「…ナギは、どうしてる」
「ナギ…『ユダ』のことかァ? 心配すんな、オレがたーっぷり可愛がってやってるからよォ」
「………」
言葉の意味を察して顔をしかめると、アラシはそれを鼻で笑った。
「は、お前にとやかく言う権利はねェだろォ? なァ、アカツキ? いや深海暁(フカミアキラ)? …それとも、総長、かァ?」
酷薄な笑いと共に、アラシは病室に足を踏み入れる。
そのゆっくりとした足取りは、あの日のあいつそのもの。
「馬鹿な男だ、そうだろう? あれ程献身的に尽くした『マグダラのマリア』をお前はいとも簡単に切り捨てたんだからなァ…」
動けない俺に覆いかぶさるようにして、互いの鼻先がぶつかるほど顔が近づけられる。至近距離にあるその瞳に烈しい嫉妬を垣間見て、思わず息を詰めた。
「…お前にはやらねェ。あいつはオレのもんだって、生まれた瞬間から決まってんだよ」
「………っ」
乱暴な動作で身体を起こしたアラシはそのまま踵を返す。
こいつは、知っているのか。
あの日、あの瞬間、俺だけに囁かれた、小さな言葉。消えそうな声で、泣きそうな顔で紡がれた、刹那の愛を。
しかしそれを問う前に、扉の前で立ち止まったアラシが振り向かずに口を開く。
「なァ、総長さんよォ…あいつをナギって呼ぶの、やめてやれ」
――お前がその名を捨てさせたせいで、『マリア』は『ユダ』の仮面を被ったんだからな
そう言い残してアラシは出て行った。
再び訪れた静寂と匂いたつ花の香りに、俺はもう一度目を閉じる。
――なぁ、お前がマグダラのマリアだと言うのなら、お前にとって俺はイエスだったのか。お前を13番目と言わなければ、お前を救い導く唯一絶対でいられたのか。
すっと唇をなぞる。あいつが触れた感覚も、もう消えてしまった。
きっともう全てが遅い。あいつには二度と会えないだろう。
今更自覚したとて、それを伝える術など、ない。
嗚呼、それでも。
「………ナギ」
この名だけは返せない。
あの頃のお前の全ては俺だったのだと証明する、俺が与えた、この名だけは。
彼の愛した聖女
(お前もまた、俺の唯一で)
総長視点でした。
彼の愛も歪んでますねぇ…
唯一の存在であるが故にナギに関しては冷静でいられなくなるという。
総長は後悔の念より恋うる気持ちの方が大きそうです。
リクエストありがとうございました!!
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