――最近、雲がうすくなった。

空を見上げて、ナルトはそんなことを思った。
それはいわゆる、夏の暑さが和らいで秋の涼しさが訪れる季節、積乱雲もあまり目にしなくなりつつあるというだけのことなのだが。何せ、ナルトには難しいことはまだよく分からない。

「ナルト!」

家の中から呼ぶ声に振り向くと、母親――クシナが慌ただしく玄関でサンダルを引っ掛けて駆けて来た。
赤く長い髪が揺れている。

「ハンカチ持った?今日、体育があるでしょ?ホラ、体操服!」

巾着を突き出され、目線を合わせるように屈み込まれて、ナルトは、うん、とそれを受け取る。

「いーい?知らない人にはついて行っちゃダメよ。お菓子くれるって言われてもダメ。分かった?」

「わかったってばよ」

親バカかもしれないが、まるで天使のようだ、とクシナはよく思う。
クシナがそうやって見つめる子供――ナルトは、まだ小学二年生だ。
顔形は母親似なのだが、色彩が父親似で、父親からそっくり金髪碧眼を引き継いでいる。
円らな目に白い肌、うっすらピンクの頬っぺた。無垢そのものの表情。
また、父親が過保護なせいかもしれないが、ナルトは同い年の他の子よりもいっそう純粋で素直、そして世間知らずだ。
知らない大人にもひょいひょいついて行ってしまうから危なっかしいといったらない。
知らない人について行っちゃダメだ。分かったか、というやり取りは、ほぼ毎日のように繰り返されている。

念には念をと反復した母親のクシナにうんうんと頷いたナルトは、小さな身体にはまだ大きめのランドセルを背負って、通学路を歩んだ。
トコトコと歩きながら、また空を見上げる。
空が高く、青が綺麗だ。時折、目の前をぷーんと飛んで行くトンボを目で追う。
ついて行きたい衝動に駆られたが、ついて行ったら学校に遅刻してしまう、と健気にも通学路のコースは外れない。

(トンボ……いっぱいいるってば)

目で追って、ナルトは「あ」と小さく呟いた。
視線の先には、向かいから歩いて来る大人の男。
珍しい銀の髪に色素の薄い肌、整ったルックスなのに、表情はなく冷たい印象を受ける。Tシャツにパーカー、ジーンズを着た、年の頃、二十歳前後の青年だ。
ナルトはドキドキしながら俯いた。

(きゅうけつき、だってばよ)

そのまま目も合わず通り過ぎ、ほうっと深い息をつく。
吸血鬼というのは、ナルトのクラスメイトが言い始めたあだ名のようなものだ。
子供というのは、冒険が好きである。物珍しいものを見かけたら、それを追求せずにはいられない。
それで話題となったのが、学校の通学途中にある大きな屋敷だった。
古い屋敷で、映画にでも出てきそうな厳かな佇まい。
滅多に人が出入りしない。しかし誰か住んでいるらしい。
話題に上り始めた頃、皆で代わる代わるその屋敷に調査のまねごとで訪れていたところ、そこに一人の男が住んでいることが分かった。
それがさっきの彼だ。
家族は居ないらしい。屋敷には彼しか出入りせず、また彼さえも滅多に外には出ない。
どうやら学校にも仕事にも行っておらず、ずっと屋敷に篭っているようだ。
整ったルックスの、顔色の悪い若い男が古く大きな屋敷に一人で篭りきり。
そういった関連から、吸血鬼みたいだと誰かが途中から言い出した。
屋敷に篭っているのは日光を浴びたくないから。顔色が悪いのは血が足りないから。しかも屋敷が洋風建築なものだから、また雰囲気が出るというものだ。
それ以来、彼を見かけると、子供達は「吸血鬼だ」と顔を寄せて囁き合う。

ナルトは男をひとたび振り向いた後、歩調を早め、小走りで学校に向かった。








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