一日、算数や国語、体育など、楽しく慌ただしく授業を受けて、午後三時過ぎにはナルトはまたランドセルを背負い、通学路を一人で、今度は家に向かって歩いていた。
ちゃんと閉まっていないランドセルの蓋が、歩くたびにパタパタと音をたてて弾む。

(あ、またトンボだってば)

この辺りには溜まりやすいのだろうか。
鼻先を通過していったトンボを目で追うと、その先に更に数匹のトンボが居た。
むずむずと足踏みしたナルトはそちらに駆けた。
朝方は我慢したが、今は帰りで、遅刻する心配もない。
一際キラキラしているトンボを追って捕まえようとしたナルトは、半ばで足を止めた。
そのトンボが他人の家の柵を通過し、そちらに入ってしまったのだ。

「あぅ……」

柵を掴み、顔を押し付けるようにして呻く。
すると、鍵がかかっていなかったようで、柵はキィと軋んだ音をたてて向こう側へ動いた。
ナルトは慌てて柵に押し付けていた額を離したが、少し迷ってから、ちょっとだけ、と自分に言い訳し、柵の向こうへと入り込んだ。
捕まえたくて仕方ないトンボは、ナルトをからかうように近くに行ったら飛んで逃げてしまう。
やがて草の茂みに留まり、体を休めるようになったトンボに、ナルトはゆっくりと寄って行った。
今度はギリギリまで寄っても逃げない。捕まえられそうだ。
しゃがみ込み、広げた手のひらを蕾のように閉じて、包もうとする。

「こんにちは」

突然、間近から声がして、ナルトはびくっと身体を揺らした。
隙を見て、トンボがナルトの手から逃れ、ぷーんと遠くに行ってしまう。

「何してるの?」

怖々と振り向くと、吸血鬼――と称される、例の銀髪の男がナルトの背後に立っていた。
ポケットに手を突っ込み、表情のない顔でナルトを見下ろしている。
そうなのだ、ナルトが侵入したのは彼の屋敷の庭だった。
しかし、見つかるつもりもなかったナルトは、しゃがみ込んだまま固まった。

「と……トンボ」

「トンボ?」

吸血鬼は、ナルトに歩み寄ると、上から手元を覗き込んだ。
ナルトが手のひらで作っているうっすら開いた蕾の中には何も居ない。

「いないよ?」

「逃げちゃったってば……」

「あ、もしかして俺が声かけたからかな」

こくん、と困った顔でナルトは頷く。

「そうか、ごめんね」

ナルトはまた、こくんと頷いた。
大人で言うなら、他人の家の敷地内に無断で入り込んでいるのだから不法侵入にあたるのかもしれないが、まだ幼いナルトにはそんな概念もなく、吸血鬼の出方を窺って固まったままだ。

「君、この近くの子だよね?」

こくんとまた頷く。

「……お詫びに、中でお菓子でもどう?上がって行かない?」

吸血鬼はナルトと少しでも目線を近づけようとするかのように上体を屈め、膝に手を置いて口にした。
ナルトは目を皿にする。
母親の言い付けを思い出したからだ。

『いーい?知らない人にはついて行っちゃダメよ。お菓子くれるって言われてもダメ。分かった?』

言い付けをちゃんと守って、ナルトはぷるぷると首を横に振った。

「おかしは、ダメだってば」

「お菓子嫌い?」

「きらいじゃないけど、ダメってば」

「何が好きなの?」

「……おしるこ」

「おしるこもあるよ。缶詰でもいい?」

問われて、うむ……と思い悩む。
お菓子じゃないし、いいだろうか。ナルトはちょうど小腹がすいていた。
家に帰ったらおやつもあるだろうが、きっとおしるこはないはずだ。
しばらくして、ナルトは「うん」と頷いた。

「かんづめでもいいってばよ」

「そ、良かった。じゃあ、こっちおいで」

吸血鬼はそう言うとナルトに手を差し出して、ナルトはその手を握り、立ち上がった。








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