今日、キスの日なんですって。


そんな話を帰り道に聞いてから、ナルトは俯きがちに一人黙々と通りを歩いていた。
任務の後、サクラやサイ、カカシと別れ、眺める通りには、そんな話を聞いてしまったからか、楽しそうに笑い合う恋人同士と思しき男女の姿がやたらと目につく。

「……」

それらを目に入れ、ナルトはむすっと口を尖らせた。
憂さをぶつけるように足元の小石を蹴飛ばすと、数メートル先を歩いていた男の尻に小石が当たり、男が「イテッ!」と声をあげる。

「ヤベ」

条件反射で肩を竦め、逃げだそうと踵を返しかけたナルトの前で、男が振り向いた。

「イテテ。……ったく、一体、誰が……」

「あ」

振り向いた男の顔を見て、ナルトは目を丸くした。
それは、久々に会うナルトのアカデミー時代の恩師、イルカだった。




「イルカ先生、なんか久しぶりだってばよ」

石をぶつけたことに対して、「危ないだろーが!何考えてんだ!!」とガミガミ少しの説教を食らった後。
ごく自然な成り行きのように一楽のカウンターに座りながら言うと、気を取り直したイルカは「ああ、本当にな」と息をつくように笑った。

「最近、忙しいのか?」

「相変わらずだよ。子供達の世話に追われてる」

答えてから、イルカの目は穏やかにナルトに向けられた。

「お前は、忙しいみたいじゃないか?任務での活躍は聞いてるぞ」

「うん、俺は、まあ……」

ハハッと頭に手をやって笑ったナルトは、すぐに浮かない顔になって、ふう……と俯く。

「何だ、何かあったのか?悩みでも……」

あからさまな様子にイルカは眉をひそめたが、ナルトは目を伏せ、肩を落とした。
そして、声を低くしてぼそぼそと口を開く。

「……イルカ先生」

「何だ?」

「今日、キスの日なんだってさ」

ナルトの様子から、これは真剣な話かもしれないと身体ごと向き合っていたイルカは、目を見開いて固まった。
様子と言っていることが違うというか、キスの日……というのも良く分からないが、例えそうだとして、ナルトが何を落ち込む必要があるのかと静止する。

「イルカ先生、どう思う?」

ナルトはそんなイルカに、不安そうな縋るような目を向け、向き直った。

「ど、どうって……」

顔を寄せられ、イルカはのけ反る。
ナルトの柔らかそうな唇が目に入り、内心、ええええ、と慄いた。
ナルトに慕われているのは分かっていたが、まさかそんな、そっちの意味で慕われていたのだろうか。
なだめようと顔の前に両手を翳し、「気持ちは有り難いが、俺はお前のことを教え子としか……」と狼狽えて言えば、ナルトは片眉を上げ、目を眇めた。

「何言ってるんだってばよ?」

「え、いや……だってお前……」

「だーかーらー、キスの日だって聞いて、どう思うかっつってんの!イルカ先生に恋人がいたとしてさ、……まあどうせいねーんだろうけど、もしいたら、キスしたいとか思ったりする?」

端々に一言多い言葉を交えつつ言うナルトに、イルカはほっとするやら小憎らしいやら、複雑な気分になった。

「別に、キスの日だからって構えてする必要もないんじゃないか?付き合ってるんなら、普段から……そういうことはするだろうし」

まだ若い教え子相手にそういったことを言うのは照れがあるのか、イルカがゴホン、とわざとらしく咳ばらいする。

「だいたい、何なんだ?その、キスの日ってのは。今まで聞いたことがないぞ、誰から聞いたんだ?」

「知らねぇってばよ、サクラちゃんから聞いただけだし。……つーか、じゃあイルカ先生は、キスの日だからって別にキスしたりしねぇんだ。恋人と一緒にいる時にそういう話になっても?」

そりゃあ……とイルカは考えるように腕組みした。

「相手が意識しているようなら……するかな。しないと逆に失礼だろうし」

言いづらそうに言うイルカのその意見を聞き、ナルトは、そっか、と表情を沈ませて前に向き直る。

「……ナルト、お前、何でそんなことを……」

イルカが言おうとしたタイミングで、「ヘイお待ち!」とテウチが二人の前にラーメンを置き、ナルトはイルカの声が聞こえなかったふりをして箸を割り、「美味そうだってばよ」とラーメンを啜り始めた。







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