第5話 カーチェイス&ラブロマンス 前編

 闇。昼間でも、関係なく影を落とす闇。その闇の中に、数人(+一匹)の影が見える。

「で、この後どうすればいいんだっけ?」

 黒髪のポニーテールの少女は足元を歩く黒猫に尋ねる。

「えっとねー…………なんだっけ?」

 黒猫は近くを歩いている、顔をマスクで隠した長身の男に尋ねる。

「なんだっけってお前……セラフィモンの野郎かロイヤルナイツ共の居所に突撃するに決まってんだろ」

「そうだ。そのためにはダークエリアから出なくてはな」

 闘牛士風の格好をした男が、セーラー服の少女の肩を抱きながら同意する。

「で、その出口はどこに有るのかしら?」

 紫の長髪の少女が覆面の男に聞く。

「そうだな……」

 男は《アッピンの紅い本》と呼ばれる書物を取り出し、パラパラと眺めた。

「……遠いな。徒歩で半日から一日はかかる」

「えー。私そんなに歩きたくないんだけど。」

 ポニーテールの少女――摩莉が、歩くことを拒否した。

「それにしてもその本、便利ですね」

 セーラー服の少女、優香がアッピンの紅い本に関心を示す。

「おう。古今東西の知識が詰まってるからな」

 覆面の男、バアルモンは、本を懐にしまう。

「これにはデジモン図鑑機能くらいしかないわ」

 紫の長髪の少女、冷香がデジヴァイスを取り出した。

「あのジジイ、俺達にはロクなもんを寄越しやしねえ」

「おいおい、あまりご老人の悪口を言うものではない。血圧が上がってしまうではないか」

 闘牛士風の格好の男、マタドゥルモンが、バアルモンを冗談を交えてたしなめる。

「でも、その便利な本でも車は出せないんでしょ? はぁ、車通らないかなー。ヒッチハイクするのに」

 摩莉が溜め息をつきながら言った。 その時だった。

「あれ?エンジン音聞こえませんか?」

 優香がデジタルワールド……それもダークエリアで聞こえる筈の無い音を聞き付けた。

「まさか、ここに車が……車のライトだ……」

 バアルモンが振り向くと、本当に、車のライトらしき人工の光が見えた。ダークエリアで光が差すことは無いし、当然光を発するデジモンもそうはいない。従って、前方に見える光は人工の光だ。

「HEY! タクシー!」

「タクシーとは限らないでしょうが」

 冷香が道の真ん中に立ち、右手を勢い良く前に突き出し、グーサインをした。やがて、黄色い車体が摩莉達の前に止まった。



「あの、ありがとうございます」

 一同は所謂ミニバンに乗せられていた。と言っても、運転席と助手席の屋根は綺麗に切り取られてオープンカーのようになっており、最後列の座席も取り外され、荷物をより多く積めるように改造してある。尤も、これはフレイヤのような人型以外のデジモンや、大型のデジモンも乗せられるようにするためなのだろう。この世界で車の需要がどれくらいあるのか分からないが。
 そして運転しているのは、車掌のような青い帽子とそれと同じ色のコート姿の男、助手席にいるのは、男とは対照的に赤で統一した衣装で、サングラスを掛けた青髪の女性だ。

「なあ、あんたらもダークエリアの外に行くんだろ?」

 運転手の男がバックミラーに映る摩莉達に話し掛けてきた。

「はい。そうです。……本当に良いんですか?」

 摩莉、冷香、優香は後部座席に並んで座っている。フレイヤは摩莉の膝の上で流れ行く景色を楽しんでいる。

「良いんだよ。あたしらも向こうに用があるからね」

 そう答えたのは赤い服の女性だ。

「それにしても珍しい事もあるもんだねぇ。人間がこんなとこにいるなんて」

 女性にそう言われ、摩莉達は返答に困ってしまった。迂闊に七大魔王の味方をしているとは言えないからだ。

「えーっと……そう! 呼ばれたんですこの猫……じゃなくてブラックテイルモンに!」

 嘘は言ってない。

「そうそう! そして皆で集まってダークエリアの外に行ってみようってことになったんです!」

 嘘は言ってない…………が、摩莉と優香の様子は明らかに挙動不審である。

「まあ、俺達も人には言えねえような事してるからな。余り深くは聴かねえよ」

 挙動不審なのがばれてしまったが、相手の配慮によって難を逃れた。

「ところで、貴方達もデジモンですか?」

 冷香がいつものポーカーフェイスで訊ねる。

「こんなとこにいる人間なんてあんたらぐらいさ。あたしらは人の姿の方が色々便利だからこの格好でいるだけだよ」

 ということは、この姿とは別に本来のデジモンとしての姿を持っているのだろう。

「おい、てめぇら。何俺達がいないものとして会話してやがる」

 突然、トランクの方から声が聞こえた。

「そういえばこんなのもいたっけ」

 摩莉の非情な言葉を合図に2体のデジモンが顔を出す。

「何で俺が荷物と一緒に積まれなきゃなんねえんだよ!」

「貴様も私を除外していないか?」

 バアルモンは激怒した。

「うるせえ! そこの席全部取っちまったんだからしょうがねえだろ!」

 しかし、運転している男性に怒鳴り返された。

「この野郎! 改造車なんか乗り回しやがって! 違反だぞ! バーカ!」

「デジタルワールドで違反車がとっちめられる訳ねえだろ! バーカバーカ!」

(改造車は駄目って概念はあるんかい)

「うるさいねえ! あんた達、タダ乗りさせて貰ってる分際でギャアギャア文句言ってんじゃないよ! マミーモンも一々喧嘩腰で返してないで黙って運転しな!」

 女性は怒号を飛ばすと同時に運転中のマミーモンと呼ばれた男性を殴りつけた。バアルモンはそれっきり黙りこくってしまい、マミーモンは一瞬気絶した。その時アクセルを踏みっぱなしだったが、道が直線だったお陰で事故は起こらなかった。

「なあ、なんで俺達強制的にトランクに乗せられたんだ?」

「恐らく、性別と年齢の差だと思われる」



 黄色い車体はまるでサファリバスのように森の中をずんずんと進んで行く。

「コアラだ! 今コアラいた!」

「嘘! どこどこ!?」

 選ばれし子供達は、年頃の女子相応のはしゃぎ声を上げる。

「コアラってのは人間界の動物の事かい?あれはファスコモンだよ」

 女性が説明してくれた。ファスコモン達は木の上で眠そうに目を擦っている。

「じゃあ、あのコウモリみたいなのは?」

 摩莉は別の木に止まっているボール状の身体に小さなコウモリの翼がついている藍色のデジモンを指差す。

「あれはピコデビモン。コウモリじゃなくて悪魔だぜ」

 次はマミーモンが説明してくれた。 その時、黒炎のような翼の大きな鳥型デジモンが木々の中から飛び出し、森の遥か上へ飛びさって行った。

「おー、セーバードラモンだ。この辺にもいるんだな」

 少女達から歓声が上がる。暗い虚空を悠々と泳ぐセーバードラモンは、動物園の動物しか見たことがない少女達の目を釘付けにした。

「なあ、女って何ですぐにぎゃあぎゃあ騒ぐんだ? 五月蝿くて仕方ねえ」

「静か過ぎるよりは良いではないか。少女の可憐な笑顔が見られると思えば寧ろ褒美だと思わないか?」

「クサい台詞言ってんじゃねえ」

 二人の男が周りから取り残されながら会話していると、前方で揺れているポニーテールの横からひょっこりとフレイヤが顔を出した。

「ねえねえ、元気無いの?」

「車のトランクでばか騒ぎする完全体が何処にいるんだよ。つーかてめぇ! 何でてめえはそっちにいるんだよ!てめえもこっちにこぶふぇ…………」

 ゲシゲシ

「元気が無いわけではないから気にするな。そら、お前のパートナーはこの世界の事をもっと知りたがっているようだぞ。教えてやるといい」

「うん!」

 フレイヤはマタドゥルモンにそう言われると摩莉の膝の上に戻り、解説に加わった。



「ねえねえ、じゃあ二人はどういう関係なの?」

 フレイヤのド直球な質問に、車内の空気が凍り付いた。暗黙の了解となっていたと言うべきか、皆気を使っていたと言うべきか、誰も聞こうとしなかった事である。フレイヤは無邪気な笑顔で返事を待っている。だが凍り付いていなかったのはフレイヤだけではなかったらしい。

「俺とアルケニモンは、恋び……」

 ベキィ…………!今やっと名前が判明した女性、アルケニモンが何度か繰り出していた怒りの鉄槌は、恐らく今のが過去最高威力であろう。マミーモンは何度か殴られて気絶することはなくなってきたものの、今の拳には耐えられなかったらしい。ハンドルの上に突っ伏したため、クラクションがプァーと鳴った。

「恋人……」

 考えちゃいけない。今は思い出しちゃいけない。今はそういう時じゃない。胸の奥であの嫌な感情がピクリと動き出した時、マミーモンがガバリと起き上がった。それに驚いた摩莉の意識は、深い所から現実まで急いで浮かび上がってきた。気がつけばマミーモンが何か思い出話をしている。

「成長期と言えば思い出したんだが、こないだドラクモンが道に画鋲撒いてたっけな」

「そうそう。タイヤがパンクするとこだったからとっちめてやったっけね」

(急にデジモン達に親近感を感じた……)

 親近感を感じたからといって、この世界の住民達に情を感じた訳じゃない。私の目的はタツキに会うこと。私がしている事は、ここにいるのは、その為の手段。手段?…………

「あ! あそこに『この閉じられた世界と外界を繋ぐ、時空の歪みから出来たゲート』的な物が!」

(何その厨二!?)

 今度は優香に連れ戻して貰った。こんな事考えてる事がバレたら引かれるだけじゃ済まないだろう。

「よくわかったねえ。人間界にもあるのかい?」

(その認識であってるんかい!よく考えたら普通にそうなんだろうけど)

 ミニバンは時空の歪みから出来たゲートを抜け、広く、明るい世界へ飛び出して行った。



「ここが、ダークエリアの外……一般的にデジタルワールドと呼ばれる世界だ」

「わぁ……!」

 ゲートを抜けると、そこでは青々とした草原、青く高い空、何処までも続いているように見える一本道、そして眩しい太陽が選ばれし子供たちを待っていた。暗い空と黒い森が支配していたダークエリアとは対照的な世界に、先程デジモン達を見た時の物とは違った感動を覚えた。

(ああ、さっきのはダークエリアの暗さに影響されてたのかな……)

 摩莉は闇で黒ずんでいた心が、太陽に洗われた気がした。

「うおーー! 眩しい! 無理! ここ無理! 何故屋根を取ってしまったのだ!」

(うわぁ、感動が台無しだ)

 トランクでは先程まで余裕たっぷりの態度だったマタドゥルモンが、文字通りのたうち回ろうとしている。しているというのは、トランクの中は荷物とバアルモンのせいで狭く、転がるスペースが無いため、ただ寝ている事しか出来ないのだ。

「うるせえ! じゃあ来んな!」

 バアルモンが怒鳴る。

「大体吸血デジモンがこっちに来ようとするなよ! 自殺行為じゃねえか!」

「いや、私は眩しいのが嫌いなだけであって、別に太陽の光でダメージを受けるとか弱体化するとかは無い。ヴァンデモンと一緒にしないでくれ」

 マタドゥルモンはけろっとした顔(推定)で起き上がり、いつもの態度で反論する。これがバアルモンには気に入らない。

「じゃあ黙ってろ!! あとヴァンデモンに謝れ!」

「優香〜、そこの覆面が苛めてくるぞ〜」

「え……あ……あ……」

 マタドゥルモンが背もたれを乗り越えて、優香に抱き付こうとする。対する優香はどうすれば良いのか分からずフリーズしてしまった。

(取り敢えず冷たく突き放しとけ)
 
 気がつけば、ついつい突っ込みを入れていた摩莉がいた。その一方で、冷香、マミーモン、アルケニモンの3人はある異変に気付いていた。

「………幼年期一匹いやしねえ」

 マミーモンが先程とはうって変わって厳しい表情になる。

「おかしいねえ。このゲートは最近出来たばっかなのに」

 アルケニモンは運転しているマミーモンの代わりに辺りを見渡している。

「ゲートが出来ると周りのデジモンはいなくなるんですか?」

「ビビって逃げちまう奴もいるが、大抵の奴は気にしねえでそこにいる筈だ。ダークエリアからこっちにわざわざ来る奴なんて俺達ぐらいだからな」

「これも戦争のせいなのかしらねえ。………マミーモン、気を付けな。見張られてるかもしれない」

「ああ」

 最前列からただならぬ空気が流れてくるのを感じ、初めて見るダークエリアの外の景色を好奇心一杯の目で見ていたフレイヤを含む全員が、景色ではなくいるかもしれない伏兵を凝視している。その時、聞いた事がない野太い声が聞こえた。

「そこの車! 止まれええィ!」

 それと同時に、比較的背の高い草の中から人影が飛び出し、車の前に立ち塞がった。マミーモンが急ブレーキを踏む。

「ライオンが、ズボン履いて二足歩行してる!?」

(改造車をとっちめる人いた……)

 驚く少女達を他所に、その獣人は腰の刀をスラリと抜き、車に切っ先を向けた。

「お前達、ダークエリアから現れたな!?」

「そうよ。悪い?」

 言い訳してもしょうがないのでアルケニモンは正直に答えた。

「我が名はレオモン! 誇り高きウイルスバスターズの一員だ! 罪の無い者達を襲う狂暴な魔王の手下ども、この私が討伐してくれる! ゆくぞ獅子王丸ぅぶふぇ!!」

「五月蝿いわ馬鹿者」

 座席を飛び越え、大きく開けたフロントから何かが跳んでいったかと思った瞬間、マタドゥルモンがレオモンに跳び蹴りを見舞っていた。レオモンはう〜んと唸ってバッタリと倒れ込んでしまった。

「お前、なかなかやるなー」

 マミーモンが少々わざとらしい気もする口調で賞賛する。

「いや、相手は成熟期だった。それに不意討ちだったからこれくらいは当然だ。いや〜、先程までチラどこぞのチラバアなんちゃらモンにチライライラさせられていたからな。つい同じくらいチラ五月蝿いあやつに八つ当たりしてしまった」

 マタドゥルモンは賞賛の声に応えながらもバアルモンを苛立たせるのを忘れない。バアルモンは拳を握り締めてぷるぷると震えている。

「あの、ドゥルさん。今のが『蝶絶喇叭蹴』ですか?」

 戻ってきたマタドゥルモンに、優香が問いかけた。

「あれは只の跳び蹴りだ。あの程度の敵に必殺技を使う必要は無い。所で、これからは私をそう呼ぶ事にしたのか?」

「はい。『マタドゥルモンさん』だと長いので。……あの、駄目だったら戻しますけど……」

「いや、渾名で呼ばれるのは少々むず痒いと思っただけだ。いよいよパートナーらしくなってきたな〜、ん〜?」

 マタドゥルモンは上機嫌で優香に近づくが、

「黙れ変態野郎!!」

「ぐほぉ!」

 バアルモンに、右腕の袖に隠されている何か硬い物で脇腹を殴られ、油断していたマタドゥルモンは地に伏した。

「ば、バールの様な物で殴られた……」

「駄洒落か!」

 バアルモンはさっきの恨みだと言わんばかりに蹴りで追い打ちをかける。

「バアルモン、今のはよくやったわ」

冷香はぐっと親指を立てた。一方、優香はどちらに味方すれば良いのか分からずオロオロしている。

「あいつら元気だなー……なあ、アルケニモン。俺達も……」

「あんたも馬鹿言ってんじゃないわよ!」

 アルケニモンは本日何回目かも分からない拳骨をマミーモンの脳天に落とした。これらは全て狭い車内で行った事である。

「さすがデジタルワールド……常に誰かが殴られてる音が聞こえる……」

 その時、摩莉はふと思った。待てよ?何で優香はあいつの技知ってたの?冷香も何か赤い本の事知ってたっぽいし。そう言えば、デジヴァイスにデジモン図鑑がついてたっけ。もしかしてもう皆仲間の能力把握してる?やば、置いてかれてる。

「ねえねえ、こっちの世界は明るいね♪ 私、こっちに初めて来たの!」

 この可愛らしく喋る黒猫に、戦う力があるのだろうか。摩莉はねえねえ、あれ見てと服を引っ張るフレイヤを見て思った。取り敢えず図鑑を見る事にしよう。

「そろそろ行くぞー」

 車はレオモンの事など無かったように、その場から走り去った。



 身体だけではなく、プライドも打ち砕かれたレオモンは道にガリガリと爪を立て、握る様に抉っていた。

「おのれ……魔王の手下め……我が同朋が、お前達に必ず天誅を下すぞ……」

 レオモンは力を振り絞って通信機を取り出した。

「こちらレオモン……そちらにダークエリアから出てきた奴等が向かっている……後は、頼んだ……」

 そう言って、力尽きたレオモンは……気絶した。どうやら死にはしなかったようだ。だが、この事をろくに敵の生死を確かめずに去っていった彼らは知らない。この事が、一騒動巻き起こすのであった。


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