兄×会長A



真紅の絨毯を踏みしめ、上機嫌な兄の後をついていく。
数歩先を進む背中は幅が広く、鋼の如く鍛え抜かれた筋肉で覆われていた。背丈も隼人より頭一つ分ほど高い。
兄と似通う切れ長の眼でそれを再確認していると、袖の軽さに気付き、ひやりとする。しかし直ぐに気を取り戻した。いつも袖口につけている物だが、今は必要な時ではない。
「あーあ。早く大学生にならないかな。そしたら、もっと隼人を構えるのに」
「…あと二年の辛抱だろ」
ぶつぶつ愚痴る兄の横に追いつけば、視界の端に映るカフスボタン。兄が18になった時の誕生日に、自分とペアで贈ったものだ。傷一つ無く輝いているのは、こまめに手入れをしている証拠であろう。胸の奥底から熱いものが込み上げる。
「あのさ、隼人」
「何だよ」
ええと…と口ごもる兄は歯切れが悪い。眉を顰めて言葉を待つ。
「その、予約した料亭なんだが…実を言うと、襖の奥に布団を敷いてある部屋なんだ」
 思わず黙り込むと、それを見た兄が慌てた調子で続けた。
「嫌なら良いんだ! そうだな、今日はご飯食べるだけにしような! 変な事言ってごめんよ、隼人の気持ちも考えないで俺…」
「勇人」
自責の言葉を遮り、じっと黒い瞳を見つめると、その深淵には不安が渦巻いていた。口元にやわらかい笑みが浮かぶ。この世に生を受けてから兄に嫌悪を催すことなど、一度たりとも無かった。
「餓鬼の頃の話題はもうやめてくれ。あの日々は俺達だけのものだろ。約束するなら…いいから」
子供は自我が芽生えて直ぐ、ある男に心を奪われた。有余るほどの愛情を自分に注ぐ男。そして当の男は現在、微笑みながら成長した子供の肩を抱いていた。
最初は幼子に愛を告げられ戸惑いの大きかった兄だが、成長するに従い少しずつ隼人を受け止め始め、今では隼人と同等にこの恋へ傾倒している。死に物狂いで愛を請うた甲斐があった。
十年近くの時を経て、今なお芽吹き続ける恋慕は自分達を雁字搦めに縛り、狂気の域まで触手を伸ばしている。兄弟という枠を超えた絆は更に二人を固く結び付けていた。
正門で自分達を待つリムジンへ向かいながら、温かい兄の温もりに感じ入る。大きな手の感触は、兄の相手をしていた会計に対する業火のような嫉妬を、ゆっくり拭い去っていった。


「もーやだ、あのブラコン兄弟…」
弟自慢に付き合わされていた会計は、ずっしりとした疲労感でデスクに突っ伏している。他の役員達も項垂れながら、次々と愚痴を零していた。
「会長と一定以上に親しくなると、直ぐにお兄さんが乗り込んで来るんですよね…で、延々と会長の自慢話を押し付けてくる、と…」
「でもお兄さんと話していると、今度は嫉妬に狂った会長が凄い気迫で睨みつけてきて…」
「あのお兄さん、絶対分かってやってるよな?喋りながら、ずっと会長の方みてたし…」
「それで更に話を盛り上げて煽るし、会長はますますこっちを睨むし…」
「結局、最後は二人を追い出すことになるんだよねえ…」
はあ…と全員分の溜息が室内に落ちる。偏執的な兄弟愛で気疲れした彼らを、デスク上に転がるカフスボタンが静かに見つめていた。スーツを彩るその内部には、小型の盗聴器が身を隠しており、逐一互いの会話や生活音を伝える役目を果たしている。
複雑に絡み合い、こべりついた二人の愛は、手乗りの小さな貴金属となって残滓を残していた。窓からの太陽を受けて反射する光は剣先のように鋭く、男達の愛に歪んだ眼光を表すかのようだった。

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