兄×会長@



手の中でくしゃり、と音が鳴った。視線を落とすと、力を込めすぎて型崩れした紙片。慌てて皺を伸ばすが、完全に元に戻ることはない。デスクに散らばる書類の大方は、生徒 会長たる自身が慎重に処理しなければならない重要な案件ばかりだ。
気を引き締めろ、と己を叱咤するが、生徒会室に響き渡る呑気な話し声に、張り詰めた糸が緩んでしまう。
溜息を吐きながら元凶へ視線をうつすと、会計役員が先ほど訪れた来客者と談話を楽しんでいた。
手を止めていること自体はどうでもいい。彼の処理能力ならば多少のタイムロスも全体の進捗状況に影響を及ぼす事はないであろう。問題なのは彼が相手にしている人物と、その口から湯水のように垂れ流される内容だった。
「でさ、まだ隼人が1歳にもなってない頃は、よちよち歩きが堪んなくて悶絶の日々だったんだよな。真っ赤なほっぺを指で突くと、ぷるぷるしてさ〜!」
「えっと、そうですか…。あの、盛り上がってる所悪いんですけど、会計の俺にも仕事ってのがありまして…」
「小学生だった俺はオムツの交換に不慣れでさ。でも隼人のプリケツを拝む為に頑張って上達したんだよなあ。そしたらお袋の奴、隼人の世話係に任命して面倒ごとは全部俺に押し付けてやんの。最初はムッとしたもんさ。」
ぐしゃり。遂に鷲掴みされた書類は、もはや原型を留めていない。
「あの、」
「でもまんまるな目で見つめられると、もう何でもしてあげたくなっちゃってさあ! 気付いた頃には、プロのベビーシッター並な腕前になってたよ! いやぁ、あのプリティな天使を見せてやりたいなあ〜!」
「……」
「よ〜し、兄ちゃんの隼人アルバムコレクション、略してハヤコレを今度持って来てやろう! 確かプリプリお尻を写した写真が家に…」
長持ちしていた堪忍袋の尾が、ようやくそこで切れるに至った。
「兄貴」
「何かな、隼人!」
その切れ長の眼を輝かせて振り向くのは、7つ上の兄・北條勇人。自他共に認めるブラコンな彼は、弟である北條隼人を目に入れても痛くないほど溺愛している。
赤子の頃から愛情を注ぎ込んで育てた兄にとっての隼人は、どれだけ背が伸びようが、筋肉がつこうが、雄臭い色気を漂わせようが…永遠に世話のかかる可愛い弟だった。
だが、幾ら何でも、これは度し難い。
「直ぐに終わらせるから、もう少し静かに待っててくれ。あと頼むから、その話題を出さないでくれないか…」
ぐつぐつ煮え滾る感情を抱きながらそう言うと、兄は隼人より一回り大きい体躯を、しょんぼりと縮ませた。
少し胸が痛むが仕方ない。
たまたま仕事で学園付近を訪れ、たまたま仕事が早く終わり、たまたま学園付近の料亭で予約を取っていた兄は、その足で隼人を誘うべく在校する学園内部へと足を運んだ。予約済みの料亭が最低一週間待ちの人気高級料亭であったり、学園側へ予めアポを取っていたりするのだが、それを気にする隼人ではない。この程度は日常茶飯事だ。
「いや、行って来なよ会長…今日の分は全部終わってたっしょ…」
 和気藹々とした会話に加わっていた会計は話し疲れたのか、いつもより元気が無い。自慢のヘアスタイルも、どことなく萎れた印象を受ける。
今の今まで一言も発せずに事の成り行きを見守っていた他の役員達は、その姿をなんとも言えない表情で眺めていた。一歩間違えれば陰鬱な雰囲気を漂わせる室内に、清涼な明るい声が風を通す。
「本当か!? 隼人、はやく兄ちゃんとご飯食べに行こうね!」
やったー、と軽く万歳しながら囃す兄は仕事帰りのダークスーツを着ているのに、これではどちらが子供か分かったものではない。
内心苦笑しながら役員達を見回せば、全員一様に頷いた。会計と同意見のようだ。
素早く書類を整理すると席を立ち、顔をでれでれ緩ませた兄の元へ歩み寄る。二、三、言葉を交わし、役員達に感謝を述べて生徒会室を出た。

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