819の日記念企画


注意:似非関西弁
委員会など捏造がございます。




          【1】

 昔からなにかとそうだった。交通事故とか大きな怪我とか誰もが顔を顰めてしまうような具合ではなくて、誰にも気づかれず地面をせっせと歩く蟻のような関心を持たなければ気づかないような本当に些細なこと。それでも、例えば、雨の日に歩道を歩いていたら高確率でタイヤから撥ねた雨水が掛かったり。食べようと思っていたアイスが溶けてしまい、棒から落ちてしまったり。最近で言えば、部活の帰り道。小腹を満たすべく入ったコンビニエンスストアにて、狙っていた最後の一つである肉まんを前に並んでいた治に取られたり、なんてこともあった。

 侑は自称不幸体質である。

 規模にしてはかなり些細なこと。それこそ、世の中にはもっと不幸な人間はいると言ってくるやつもいた。しかし、侑の場合はその頻度が多い。塵も積もれば、という言葉があるように規模が小さくても回数が多ければストレスとなる。侑は天は二物を与えずという言葉が迷信であることを証明するほど高スペックで、その皺寄せが小さな不幸として訪れるのではないかというのは、銀島による推理であったが、それには部員たちも納得せざるを得なかった。侑自身も、銀島の推理に「それやったらしゃあないな」と勝気な顔を滲ませており、話は一旦そこで落ち着いたかと思われた。


 しかし。

「さすがにこれはあかんやろ……」

 黒い傘を雨が叩きつけた音をBGMとしながら、侑は唖然とするしかなかった。がしゃんからのぱしゃん。だったか、ばしゃんからのがしゃんだったかなんてもうそんなことどうでもいい。前を歩いていた部員たちも、その光景に侑同様唖然としさすがに同情してしまう。高スペックによる皺寄せもここまで来ればさすがに可哀想の一言に尽きる。侑に嫉妬さえした者たちは、こんなことならば今の自分の環境を甘んじて受けようとまで思ってしまう。
 結論から言えば手から滑り落ちたスマートフォンが劈くような音を鳴らして落下した先は水溜まりだった。綺麗とは決して言えない水溜まりの中に沈み、蜘蛛の巣状に割れた画面は無情にもブラックアウト。割れたことによって壊れたのか、水によって壊れたのか、はたまたどちらもか。今となっては分からない。ガラパゴス携帯から替えてから、二週間後のことである。


「お祓い行った方がええで」
「日頃の行いの結果やろ。自業自得や」
「サムは黙っとれ!」

 顔を顰めて憂慮する尾白と、その後ろでぼそりと零した治の温度差に更に地団駄を踏みたくなってしまう。この間も、雨は侑たちの傘や地面を叩きつけていて、止むことを知らない。最悪や。サムが俺の目の前で肉まん買うた時よりも最悪や。自他に認めるバレー好きとはいえ、携帯が無いのは少々困る。
 はてさてこいつをどうしようか。放置するわけにもいかないので、濡れる覚悟で水溜まりに手を入れてスマートフォンを掬い上げた。いっそう泣いてしまいそうだ。スペックは生まれもったもので、バレーの技術だって努力して掴んだもの。その皺寄せだと言われたところで、侑としてはどうすることもできない。だからと言って逃れることもできない。茫然と、ガラクタとなり果てたスマートフォンを見詰めることしかできなかった。

「侑」

 凛とした声は、毒気に当てられた侑にとって鶴の一声にも相違なかった。差し出されたものはコンビニエンスストアのビニール袋。少しだけ皺のある姿に年季を感じ、常に持ち歩いていることが窺る。「北さん……」真っ直ぐにこちらを見据え、普段と変わらない表情でビニール袋を差し出す様に頼もしさや安堵が溢れてきた。しっかりとお礼を述べて、ビニール袋を受け取る。

「俺、このままケータイショップ行ってきます」

 不幸中の幸い、侑が使用しているメーカーが帰路にあったはずだ。契約したショップは別のところだけれど、修理や変更に購入した店でなければいけないという縛りはない。それがええ。もう閉まるだろうからはよ行った方がええな。と、同情の眼差しを向けていた部員たちが口々に紡ぐが、如何せんそれを制したのは我らが主将だった。
 
「親と行かなくてええんか?」
「え?」
「未成年は親同伴やないと修理してもらえへんのとちゃう?」
「あ……」

 盲点だった。たしかに、と息づいた先で赤木が自身のスマートフォンを操作する。「ほんまや。未成年だけの契約や修理の場合は親の委任状が必要やって」すぐさまヒットした事柄を読み上げると、侑はがっくりと肩を落胆させた。今日修理に行くのは厳しそうだ。





          **


「……使いづらいわ」

 うぅ、と唇を尖らせて画面と睨み合う。
 スマートフォンを壊した次の日、親を連れてショップへと行き代替え機を手に入れてから今日で二日目。電源ボタンの位置からアプリの位置まで前のスマートフォンと違うそれにはなかなか慣れない。折角さっさと調べ物を済ませて部活へ行こうと思っていたのに。ついてない。しかもこの二日間、元より起きていた不幸の頻度が多くなっている気がしてならない。
 朝練に向かう際中のこと。園芸部の生徒が花に水を蒔くために使用していたブレードホースを踏んでしまい破裂、そのまま全身に水がかかる事件が発生。朝練中は治のサーブが後頭部に直撃。2対2の時に、ネットを挟んでいた角名が打ったボールが鼠径部に直撃。
 授業中、よりにもよってやり忘れていた宿題で当たる。昼食時、弁当を取り出そうと鞄を漁ったところで、弁当を忘れたことに気付く。仕方がないので購買に行けば、目の前で最後の一個が売り切れる(結局コンビニエンスストアまで走った)。今まで多くても1日に1回、確率的には2日に1回が多かった不幸な出来事の頻度が、1から2時間に1回ないし2回と徐々に多くなっているような気がする。本当についてない。時間にしたらそろそろ新たな不幸が襲ってくる時間だ。新たな頻度による確率は昨日、今日で学んだ。
 これ、俺帰った方がええんとちゃうか? 相変わらず襲ってくる不幸は雀の涙ほどの小さなものであるものの、いい加減身の危険を感じなければいけない。正直、ボールが後頭部と股下に当たった時は死をも見た。
 部活を休みたくないという熱意と、危険が及ぶ前に家に引きこもっていたいという葛藤が鬩ぎ合って、侑は両手で頭を掻き回した。ただでさえ、今日から5日間委員会で部活を遅刻しなければいけないのに。ぐぅ、と唸る声が喉から零れる。

「宮くん、どないしたん……?」

 机を挟んだ前方から訝怪そうな声が聞こえて、侑はハッとし顔を上げる。案の定、目の前に座っていた少女は心底心配そうにこちらを見詰めており、居た堪れなさと情けなさから人差し指で頬を掻いた。他のクラスとはいえ、女子生徒の前でこんな姿を曝け出すのはプライド的によろしくない。

「なんもあらへん」

 取ってつけたような笑顔を貼り付けると、女子生徒――もとい名前は数秒なにかを思案し、そっかと短く息を吐く。そのまま再度シャープペンシルをA4用紙に走らせて、穴の開いている項目を埋めることに専念する。先程から唸っている侑が正常だとは思えないものの、本人が大丈夫だと制するのならばそれ以上は特に訊かなかった。否、訊けなかった。そもそも、名前が侑ときちんと関わったのは今日が初めてなのだから。


『全校生徒の健康状態による調査』保健医と保健科目兼体育担当の教師を筆頭に、侑たち保健委員に課せられた任務は、テーマ通り全校生徒の健康状態を把握するというもの。市や兵庫県が実施している大々的かつ細かいものではなく、あくまで生徒たちの体調や体温についてを毎朝HRから1限目の間に専用の用紙に書いてもらい、保健委員が集計する簡易的なものである。振り分けは2組ずつ合同とし、期間はこの5日間。委員長への提出は5日後となっている。

 2年1組の保健委員を務める名前は予め決められた振り分け通り侑と組むことになったのだが、正直言って侑がここまで感情の起伏が激しいとは思わなったというのが本音だった。宮ツインズの喧嘩は稲荷崎高校の名物になるほど有名ではあるし、双子の片割れである治に対して暴言を吐いている姿は幾度となく見ているが、もしかしたらこの学校で1番モテるのではないかと噂される侑に関して、大方他の女子が抱いているものと大差ない知識しか名前にはなく、だからなんというか、うん、なんというか……。ちょっとだけ怖い。


「あ、私今日の分の集計しとくから部活行ってええよ?」

 名前は自分がなにかしたのではないかと、電卓を叩く指を速めていたものの、今日の分を集計し人数分で割って平均値を出しパーセンテージに直さなければいけない作業を早めに終わらせる自信がなかった。だからこそ、常に男バレの期待値をカウンターストップする侑を送り出すことが使命だとさえ思ったのだ。
 しかし、侑は名前の提案に瞠目はするが、少しだけ悔しそうになにかに怯えたような表情をしながらも席を立つことはしない。それがまた、不思議で仕方がなかったが、意外と誠実な人なのだろうと名前もそれ以上特になにも言わなかった。余計なこと、しちゃったかな。

 名前の提案は、侑にとって願ってもない言葉だった。部活に向かうにしても、家に引きこもるにしても、早く行動には移したい。しかし、部活に行ったところで、我らが主将の目が怖いのもまた事実。『ちゃんと委員会の仕事してきたんか? こいつ』という副音声が聴こえてきそうだ。別のクラスの、しかも女子生徒に仕事を押し付けてきましたなんて口が裂けても言えない。ならば、例え部活へ向かうのが少し遅れてもきちんと仕事が終わるのを見送ったほうが気持ち的に楽だと思う。閑話休題。





          **

「お待たせしました」
「お疲れさん」

 トントンと紙を合わせた音が聴こえて、侑も資料を眺めていた顔を上げた。結局自分は仕事という仕事をしていなかったような気がするが、目の前の少女は特に気にすることなく、筆記用具を鞄に詰めている。侑もエナメルバッグに出していただけで特に使用しなかった筆記用具を突っ込んで、ファスナーを締めた。やはり今日は部活へと向かおうと思う。
 廊下を走り込みで使用する部活動にぶつからないように、自然と肩を並ばせて足を進めた。途中、きゃっと黄色い声を上げる女子生徒の熱い視線にはもう慣れている。サーブの時は煩わしいのは嫌いだけれど、普段ならば悪い気はしない。邪魔だと思うことは多々あるけれど。
 
 玄関前。「私こっちやから」と手を振る名前に、明日も集計があることに億劫さを感じながらも、侑はまた笑顔を貼り付けて部室棟へと向かった。はよバレーしたいわ。家に帰るという選択に揺らぎつつも、やはりこうしてボールに触れたくなるのだからやはり侑はバレー好きなのだ。





          **

「あーあ」
「ほんまなんなん……」

 帰路にてソフトクリームを持った女子高生と衝突したのは、練習終わりの二十時を回ったところだった。原因は侑と女子高生の不注意。侑は治と喧嘩をしており前を見ておらず、女子高生は携帯に視線を奪われて気づいた時にはジャージにべったりとソフトクリームが付いていた。女子生徒は泣きながら謝っていて、それがまた罪悪感と良心をチクリと刺し、『洗えば大丈夫です』と首を横に振ってしまった。極めつけは、治の『ソフトクリームが勿体ないな』という言葉で、そちらに怒りが向いてしまったので女子生徒への怒りはすっかりと消えていた。ただ、女子生徒の姿が見えなくなったところで落胆するくらいは許してほしい。

「ツム、頻度えげつなってへん? 部活中も見事なもんやったな」

 治が抑揚のない顔でそう言うが、否定できないのが悔しい。今日の部活中も酷かった。スクイズボトルの蓋がきちんと閉まっていなかったせいでTシャツに全てかかったり(替えを持ってきて良かったと心底思う)、角名のボールが今度は顔面に当たって鼻血を流したり(もはやワザとなんとちゃう?)、部活も入れて12時間以上校舎にいるが、ほとんどの時間不幸に見舞われていた。

「朝からずっとや……」
「飯の時間も?」
「購買売り切れとったし……」
「飯が思うように食えへんのは死んだも同然やな」

 いや、学校にいるだけではない。朝起きた時から今までずっと。不幸なことが起きなかったときはなかった。これは由々しき事態。

「しかも今日から委員会の集まりやったし。計算とかめんどいで、ほんまに」
「ツム計算とかできるんか?」
「できるわアホ!」
「嘘つくなや。どうせほとんどやってもらろうたんやろ」
「なんでバレとんねんっ!」

 これだから双子は。お互いに関しては北同様の洞察力を兼ね備えているので誤魔化しはきかない。案の定、治からは蔑視した視線が飛んでくる。

「なんや、文句でもあるんか。あの子がええでって言うてくれたんやさかい何が悪い」
「たしかにツムに任せとったら日くれるしな。賢明な判断やな」
「うっさいわ」

 青筋を浮かべてぎりりと威嚇する。こいつは二も三も余計な言葉が多い。本当に血が繋がっているのかと疑いたくなる言葉の節々に、地面を蹴りながらローファーの踵を鳴らした。こいつの隣を歩いていたらアホが移る。

「なんや、ツム。ちゃんと幸せなこと起きとるやん」
「は……?」

 後ろからぼそりと聴こえた言葉はなにかの幻聴だろうか。怒りによっておかしくなったか。自身の耳を疑いながら片割れをねめつけると、意外にも治は真剣な顔をしてこちらを見詰めていた。
 





          **

 二段ベッドに寝転びながら考える。たしかに治が言うように、彼女が侑が苦手な計算をしてくれたことは不幸が続く中で唯一の幸せだったのかもしれない。考えてみれば、あの時間。数多の不幸が一度も起きていなかった。ただの偶然かもしれないが、小さな不幸によって精神的に参ってきている侑にとっては、突破口にも思えた。

(せやけど、まだ……)

 偶然かもしれない可能性は捨てきれない。しかしもし、この仮定が正しいのならば。

「明日、たしかめなあかんな……」











          【2】

 今日も今日とて侑の不幸は続く。誰がなんのために部室棟の廊下に置いたのか、バナナの皮で転んで見せた時は部員たちは腹を抱えて笑っていた。銀島は勿論あの治まで爆笑していたし、角名はすぐさまスマートフォンを向けていた。尾白は顔を引きつらせ、北だけがさっさと部室へと行き氷嚢に氷を入れて渡してくれた。
 朝練が終わり外を歩いていると、これまた原因は分からないが、頭上から植木鉢が降ってきた。間一髪で避けたために無事だったが、これには部員たちは爆笑を超えて引いていた。北だけが相変わらず淡々としており、箒とチリトリを持ってくると掃除を始めた。いい加減周りも侑の命の危険を感じたのだろう。おかげで侑は今日の練習を休めと宣告されてしまう。
 授業中も不幸は続く。書きやすくお気に入りだったシャープペンシルが落下と共に壊れたり、体育のリレーの授業では、バトンを貰う際に敵チームが転んだのに巻き込まれ、侑も共に転倒。顎に擦り傷を負ってしまったり。昼食時には箸が入っていなかったり。午後の授業でも不幸は続いた。相変わらず小さいことが多いのだが、植木鉢や転倒などいよいよ生命の危機を感じることまで起きている。これは少々まずい。

「宮くん?」
 
 ただ、やはり少々気になることがある。この、首を傾げる少女と共にいると今まで起きていた不幸が止まるのだ。それどころか、先程まで降っていた雨が止むだけでなく虹まで拝んでしまった。普段の侑ならば気にもしない小さな幸せが集っているような気がした。偶然かもしれない。けれど、もし、この少女が突破口ならば――。侑にとっては藁にも縋る思いでもあった。

「けったいなこと言うてもええ?」
「う、うん……」

 突然の侑の言葉に、名前はガチンと体を固まらせる。今日は眉間に皺が寄るどころ顔色が聊か悪かったから心配して見詰めていたのが悪かったのかもしれない。真剣な顔をしている侑に倣って、名前はシャープペンシルを机に置いた。

 不幸なことが起き始めたのは、物心がついた時からだと思われる。ただそれは、治に順番を抜かされたとかプリンがきちんとぷっちんされないまま棒の部分が折れたとかそういう些細なことばかりで侑は然程気にしていなかったそうだ。しかしここ数日、不幸なこと≠フ頻度が多くなり、規模も大きくなっている。しかし、何故か名前といるときはそれ――いわゆる不幸なことが起きない気がする。偶然かもしれない、けれども、もうどうして良いかも分からない。

 顎に絆創膏を貼った侑が眉を寄せながらあらましを話してくれた。今使っているこのスマートフォンも、不幸体質故に壊れた携帯の代替え機だということまで。正直名前にとってはなにかの御伽噺のように聴こえてしまったのだが、あまりにも真剣に侑が話すので真摯になって聞くしかできない。それに、侑がここ最近起きている不幸な事柄は、偶然で済ませるには少々危険なものばかりである。
 だが、名前にもどうしていいか分からないのが本音だ。自分と一緒にいるときはなにも起きてないと侑が言うのでそれは信じたい。けれど、お祓いやパワーストーンを示唆する役割を持ったものは持っていない。ただ、こんなに真剣に話してくれる侑のことを助けてあげたい気持ちも勿論あるわけで。

「宮くん」
「ん?」
「手、出して」
「手?」

 おずおずと差し出した手をゆっくりと包む。突然のことにびくりと揺れた目の前の身体には申し訳なくなったが、ただただ願った。どうか、どうか。「宮くんの不幸が治りますように」私がラッキーガールかと言われたらまだ悩ましいけれど、もし、もし。
 少しでも力を貸せるのならば。

「私の幸運を分けてあげる」







          **

 いつもの家路に比べて聊か明るい、橙色と深い青のコントラストを背に侑は名前と並んで歩いていた。アスファルトからの反射による暑さがじりじりと顔を照らしつけるが、今日まで襲い掛かってきた不幸なことが一切起きないのは偶然か。それとも隣を歩く――。

「コンビニ寄ってもええ?」
「俺も行く」

――夕焼けに負けず劣らずの眩しい笑顔を見せる名前に釣られて、侑もコンビニエンスストアの敷地を跨いだ。軽快な音楽と、気だるげな店員の挨拶を受けて、ひんやりとした店内でゆっくりと息を吐く。噎せる程暑い夏において、このきんきんに冷えた店内は天国のように感じてほくそ笑んだ。

 部活で動いていないのに、腹はしっかりと空くのだからどうしたものか。けれど、この腹を空くことにも、涼しさに気持ちよさを感じることも、眠気が来ることにも、明々白々のごとく訪れる日々を幸せに感じるだなんて。なんだか少し贅沢だ。 





          **

 再度挨拶に囲まれて店外へと出る。途端にむわりと顔を包む暑さに眉を寄せながらも2人は並んでアイスの包装を破いた。侑はガリガリくんで名前はチョコアイス。しゃくしゃくと食べ進める2人の間に会話はないが、なんだかそれも心地が良い。

 最後の一口だった。今日は溶けて零れなかった、そんなことに幸甚を感じていると、見えたのは木の棒に掘られた『当たり』の文字。

「当たった!? 初めてや!」
「えっ! すごい! 侑くん幸せもんやね」

 きらきらと双眸を輝かせた後目じりを皺ばめて笑った名前の掌を侑は掴み、こちらも幸せそうに笑った。

「名前は俺の幸せの女神様やな! 俺も幸せにするから一生隣におって!」

 突然の告白を超えたプロポーズに驚愕した名前が手からアイスを落としてしまったのが申し訳ないので、この当たり棒で名前の分を買ってあげようと思う。その前に、真っ赤に染まったその顔をアイスで冷やしてあげることが先だと侑はほくそ笑むのだ。





title:溺れる覚悟 様
res:匿名様へ



指先からお願いします。




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