日和雨
名前が呪霊の気配を察知したのは、『足』『胴』『顔』の内、顔の部分――いわゆる上の方からだった。3人は、呪霊の姿を捕えるため、急斜面となりつつある道を歩く。
どうしたって歩幅が違うために遅れを取ってしまう名前は、何度か悟と傑に、先に行ってほしいと打診しようとしたが、検知しているのが自分なため、必死にペースを合わせることしか出来なかった。
途中、傑の呪霊に手助けしてもらったりと、進むこと20分ほど。名前の頭の中で響いていたブザーが音量を変えた。
名前の術式のイメージとしては、金属探知機に近い。電磁誘導ならぬ呪霊誘導の原理を用いり、呪霊が近くなったら頭の中にてブザー音が鳴る。もし術式を発動したまま、都会の人通りが多い道を歩いた場合、常にブザー音がなっているので、本人はあまり使用したがらないが、こういう時は重宝できる。
今回もその通りで、名前はブザー音に従って足を止めた。よりいっそう強くなっているところを指差す。
「あそこ」
「確かにいるな」
名前の指の先を、サングラスを外した悟も凝視した。たしかにそこには呪霊の姿があった。しかし、
「でも拍子抜けするほど雑魚。等級にしたら3級くらいじゃね?」
「……報告された呪霊とは違う個体の可能性があるな」
どうやら術式を持たない3級程度の呪霊である。ここ最近巷を騒がせている個体とは別物である可能性が高かった。
「どちらにしても祓った方がいい。私が取り込むよ」
「えー、こんな雑魚もいるの?」
「手持ちの数を増やしておきたいんだ」
傑が呪霊に向かって掌を広げると、対象の呪霊はしゅるしゅるととぐろを巻きながら傑の掌に吸収されていく。悟と名前は見守っていた。だが、事件はすぐに起きた。
「は?」
掌に収まる――まさにその時、呪霊は、泡が弾けるようにパッと消えてしまったのだ。掌に収まるどころか、跡形もなく。それには、3人の表情が曇る。
傑が取り込む際、呪霊は黒い球体となる。それを飲み込んで完了するわけだが、如何せん呪霊は掌に到達する寸前で消えた。
「傑、呪霊どこにやったんだよ」
「いや、私にも分からない。名前、呪霊の気配は?」
「……消えた」
「六眼でも感知できねー……。ったく、どうなってんだよ……」
たしかに呪霊はいた。傑は取り込もうとしていたし、等級が2級以上ある場合は、調伏の儀を行わなくとも無条件で取り込むことができる。しかし、呪霊は消えてしまった。今まで、主従制約の有無で取り込むことに失敗したことはあっても、呪霊自体が消えたことは無かった。こんな経験、初めてだ。
「名前、すまないがもう一度術式を発動してくれるかい? 逃げ足がとんでもなく早い呪霊だったのかもしれない」
「うん、わかった」
傑に言われるがまま、名前は術式を発動した。先述の通り、名前の術式対象範囲は半径200メートルだ。いくら逃げ足が早い個体だったとはいえ、さすがにこの一瞬で直径400メートル逃げるなんて不可能だろう。ワープができると言ったチート級の技を持っていたら別だけれど。
「……どこにもいない」
「やっぱり消えたっつーこと?」
「……呪霊が消えるなんて」
傑は親指で眉間を掻いた。
「ふりだしに戻ったってやつ?」
これではふりだしである。呪霊がいると思って登ってきたというのに、消えてしまっては元も子もない。
「とりあえず山頂まで登ってみようか。なにかヒントを得られるかもしれない」
「そうだな。だりいけど終わりそうにもないし」
傑が提案し、悟と名前が頷いた。山の『顔』まで残り僅かである。