深淵 | ナノ


ダアトのレストランのソレはもっとヤバイ値段だった事は、言うまでもない。



25.内省の菠薐草と居らぬ第三音素の塊へ勝手にも棚を上げる、手前



緑君改めフローリアンの付き人任務だが、一体総長はなんて周りに下達したのやら。元々職場復帰してからそう日は経ってはいなかったから抑え気味の任務模様というのが最近の神託の盾での私であり周りからの認識でもあったハズなのに、今や一日に数枚書類を渡されれば良い方という有り様だった。つまり余った時間はフローリアンへ充てろと。一応補足しておくと復帰後の私だって書類一束くらいは捌いていた。因みに復帰前は一山だった。いや一山で済めばマシな方だった。
…ってオイこれ地味に総長への借りとかじゃないだろうな。「貸し一つだな……フッ」とか呟かれてたらシャレになんないんだけど。なんて、まあ単にフローリアンを(極めて不純な動機により)育てたいってだけだろうからそれはないだろうけども。

そしてフローリアンフローリアン呼んでる私だが、私と彼二人っきりの時しか私は呼ばないっつか呼べないし何より周りいや総長とかリグレット奏手等あっち(敵)側くらいしかこうして軟禁気味な(何しろ宛がわれた部屋か人気ゼロに等しい譜術体術修行用頑丈地階という往復のような生活なのだ)キミは接触しないだろうけどその人達に本名として名乗っちゃ絶対駄目あくまで『イオン』として振る舞うよーに!、と彼本人に口をすっぱくしても足りないくらい念を押しておいた。ただしこれは総長の執務室でのやり取りの際私に彼をイオンとしておきたい彼等にとっては余計な事、「自分は『イオン』じゃなくて『イオンのレプリカ』」発言を怯えていたためかまたは状況を飲み込めていなかっただけかしなかったフローリアンに、私がそのまま真実ヤツらの言う通りに過ぎない無知設定のままでいては通じる警告ではないため、私は観念してフローリアンがレプリカだと知っている事を明かした上でだ。レプリカと知らずしてイオンのフリをしてくれなんて、言われた側からしてみれば意味不明にも程があるだろうと考え抜いての事だった。
勿論この事、私がフローリアンをレプリカだと気づいてるって事も、総長達は勿論他の人にも内緒にしてねと警告に続けて。私どんな目に遭うかわかんないからさー…と汚くも保身を付け加えたらそれはいけないとばかりに「ボク絶対誰にも言わない!」と確約を頂けたため私達が気を付ければ大事にはまず至らないだろう。しかも指切りまでしてもらってしまった。
うっかり萌えた自分死ねばいいと思った。

そして今までの私の態度に気づいたフローリアンは何やら感極まったらしく、元々私への接し方からして嫌われてはないんだろうなと薄々感じていた事だったとはいえ更に私への心証を良くしてくれたみたいだった。チキンはまだしも(萌)欲にまみれきったショタ系しかも美少年(男の…娘?)にハアハアしてただけとかいう自分の穢れを前面に押し出してただけだった気がするんですが…と一瞬遠い目になった私ですが、どんな感情であれレプリカと知りながらもそれらの一人の人間に対すべき真っ当な態度がフローリアンの感動ポイントに響いたらしかった。自分で真っ当?って別のトコで使えば私は悲しくも首を傾げざるを得ないけれども、私にレプリカへの偏見や嫌悪は確かにない。これからも変わる事はないだろう。というかこうして自身の腹を探ってみるにあまり人だからだのレプリカだからだのと深く考えた事すらなかったように思う。そう考えると、分けて考えるという選択肢がまず生まれる筈もないので人扱いの道を踏み外すべくもなかった。
この世界のプレイヤーでもあった私からするに人もレプリカも別に大して変わんなくね?ってのが私の見解にして持論だし。差別する理由がない。しいて言えば、あまりに人間やめました的な逸脱した振る舞いとかしてりゃ戸惑ったりビビりはするとかだろうか。でもそれだけだ。だからまあ、もし何かが出るとすればそれは私が持つ知識から来る不自然さくらいなのさ。致命的だけど。
……じゃなけりゃ、主人公どうせいって話だもんな。彼視点で基本話進めるってのに。

しかしフローリアンと会話していてわかったのだが、どうやら彼はレプリカだとか被験者だとか確執どころか総長らに酷い扱いでもされたのかヤツらの前では多少は怯えたり嫌忌が色に出る事があっても、彼にとって新しい登場人物な私の前では少なからずそれらの単語を目の前で使われて初めて思い出したかのように多少震えるかまたは思案する程度でしかなかった。「イオンのフリなんて絶対やだ!」と全力拒否に遭うかと思いきや首を縦に振らせんのに時間はかかったものの最後は「イオン様って呼ばれて、ボク、ちゃんと反応できるかなあ…」と途方に暮れていただけだった。ついでに言っとくとこれだけでも良心が死ぬかと思ったのに「折角ナマエがくれた名前なのに…みんなに呼んでもらえないなんて…」としょげ返っていて良心の呵責メーターを振り切った私はなるべくあんたの要望は聞いたげるからね!と内心密かに両手を胸の前で拳にした。
そして私もフローリアンに言い聞かせるばかりではなく、敵さんの前でポカやんないようにしないとなあとも、フローリアンへのものとは全く別の方向そう自分自身のために、今度は片手を胸に誓っていた。
……だってな、イオンから何とかして要素を受け継いだりあるいはもじったようなあだなとかならまだしも、全く別の名前で可愛がるなんて区別するみたいな名付けがもしバレでもしてみろよ。

ナマエ謡手はこの子がレプリカって勘づいてますよーって、バラすようなもんじゃんか…。

私とフローリアン、お互いに呼び方と反応もとい演技に細心の注意を払う。出来るか出来ないかじゃないやるしかない。
しかしそれも、きっと、総長の言っていたいずれ戻られる導師、“新しい”導師が来るまでの辛抱で厳戒なんだろうなと物思う。

イオン“様”が来たら、私――とフローリアンいいや彼は私が命名シーンを喰ったとはいえその瞬間まで無事だったのだから最悪な事は何もないのだろう――は、どうなるのだろう。




ところで任務模様の件だが、総長らのヒソヒソ話によるともう一人のある意味緑君(とか呼んだら殴られそう、何となく)は……まあ、劣化してたんだろう。運動神経は凄まじいらしいが惑星預言には向かなかったらしい。だけどフローリアンはパスした。そこで保険にあわよくば、といったところなんだろう。
そんなヤツの腹の内だが、完璧に読了出来るくらいが望ましい、と解釈しとけば大体合ってる筈だ。
……何で保険って単語を用いるのかとか考え始めると考える事自体やめたくなるけれど。私は知っている、微細あやふやにしろ何が起こるかくらいは覚えているからだ。だから今は考えないでおこうと思う。まして原作も大分…かはわからないけれどとりあえずは前なのだ。暗澹としていても仕方がない。
それに考えたところででしゃばる気もないでしゃばれるとも思ってない私に出来る事は、ない。

フローリアンの勉強を見始めて日は浅いけれどもその中で感じた事は『彼は運動神経よりもむしろ頭が良いように思える』だった。きっともう一人は運動神経に優れフローリアンは惑星預言に加えて頭が切れるといったところなんだろう。知識が忘却気味な私はそう結論付けてみようと思う。同じ人物から生まれてもこうも差があるのか、と何となく思った。
……まあ、だからこその切り捨て事件、ザレッホ火山事件なんだろうけど。

惑星預言を詠むという行為についてだが、イオンから随分昔に聞いた事がある。導師の判断材料になってるだけあって惑星預言は普通の預言を詠むのに比べそう楽な作業ではないと。今でこそイオンは体調が芳しくないが昔は楽勝だったのも知っている。しかし今もし詠むとすれば本人どころか見ているこっちまでも辛くなるような詠み方をせざるを得ないだろう。

そんな難易度MAXレア能力を完璧に、それこそ苦もなく詠みきれるように鍛え上げるなんて身体も身体だろうに、(あくまでその存在を知る者から言わせてもらうに)普通に考えて時間かかる、というかはてな出来るのやら。
フローリアン最低限刷り込みされてるっぽいとはいえ一朝一夕で人間一人前になりも出来もする訳がない。いくら導師予定から至導師なコを見てきた経験(例=モチ、イオン)のある私にだってムリだよ私長年の人生があったから何とかなってただけで元々私のスペックなんて外枠っつう肉体的な面は底上げされてたにしろ戦闘技術等中身は魔界(ここ)突き抜けちゃうくらい低い。事実は変えられないから言っちゃうけどイオンの血を引いてたところでレプリカはレプリカ。イオンより色々と時間がかかり最悪修得出来ない諸々が出てくる可能性も念頭に入れておくべきだろう。でもそれ即ち私ジ・エンドなんて展開だったらどうしようなんだけどね。あ、フローリアンハンカチ取ってくれると嬉しいなまあ今ここにはいないんだけど。
とりあえず、家庭教師生活、ゆっくりおべんきょーしてきましょーねー、なんて調子でずるずる引き延ばしていきたいと思いまっす。

それまで私は安全らしいので。


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