深淵 | ナノ


超能力ならぬ超聴力、悪用してなんぼ。ガラスコップ要らず。



23.誘惑に負ける自分



頭を抱えたのは、言うまでもない。


「むぐぐー!もがもが…」

「緑君ごめんよもう少し、もう少し我慢して下さいマジで…!」


んでもって他人の頭はリアルに現在進行形で抱えてるが。…まあ、頭ってか頭ごと抱き締めるように抱えて口を押さえてるだけなんだけど。エルブンマントごしに。布ごしだから見えないけど多分涙目になってるであろう中身を想像すると何だかイケナイ気分になってくるけど。とりあえずごめん。こんな窒息させんばかりの扱いで。あとヨコシマな性根で。
今更、といっても今まだ午前中だから朝イチで総長から仕事を渡されてからはそう時間は経っていないのだけれども……私たぶんこの子に悪影響しか与えないと思うんだけどそこんとこどうしたらいいんだろか。だがしかしいくら白目になろうがこれから私と彼の未来が約束されているという。師弟的な意味で。


「しっかし『あとの一人』、ねえ。……詠めない系、か?(惑星預言が)」

「むぐっ!」

「ギャッ!しーっ!しーですよ緑君ッ!」

「もがー!」


小声でなされる会話(一方的)。一体何でこんな状況に陥ってるかって、それはここがまだかの主席総長の執務室の扉前でしかないから。因みにお外。室内には今は部屋の主とその副官さんしかいないのはさっきまでそこにいた私と緑君だからこそわかりきってる事だ。
で、私らが消えた今こそ何かしらポロリしてくれんじゃないかと、バレたらけっこうヤバい立場になる危険性をあえて無視し息を潜めてドアに張り付く事にした訳だ。
ラスボスの何が私を逃がすに値したか知りたかったから。


「まあでも、ひとまず緑君を一人前にするまでは安心って訳、か…」

「もぐ?」

「!あ、いや、何でもないだからあと少しだけ待っててくれるとナマエサン嬉しいナァ!なーんて…」


そうして見事に山をかけた甲斐があった訳で。
緑君を鍛えるという一仕事っつか大仕事と引き換えではあるけれども、私の安全が任務完遂という期間限定とはいえども保証されたっぽい事を、この耳で本人の口から確かに聞けたのだから。

今の状況を端的に表すに私と緑君はいわゆる盗み聞き状態な訳だけれども、しかしハラハラドキドキってまさにこういう状況を指すんじゃなかろうか。手に握るはエルブンマントだけではなく汗、じっとりと、しかし私の特性上熱くはないそれが確実に滲んでいくのがわかる。
それにしてもこんな時耳がムダに良くて助かったと思う。重厚に造られているこの神託の盾本部のあらゆる建築資材の分厚さを無視して中の会話は丸聞こえの筒抜けだ。
そりゃ、お隣の緑君にも音としてなら聞こえてはいるかもしれないがこう言っちゃアレだが劣化する事はあっても被験者、つか人間(まあこの世界のって前提が付くが)のスペック越えちゃう事はありえないんだから内容までは聞き取れはしまい。これも助かったかもしれない。

私のいらん情報がこれ以上誰かの手に渡って、しかも私本人の全く関与しない与り知らぬところ(という事に只今している)で、私に足しになるとは思えない。
現状――中の二人、いや一人のように。

だってこれ、確実恨み買っちゃったでしょ私。片方、副官・リグレットの。
棘のあるご感想で、何となく。ぴんと来ちゃったというか。
しかしそう来たか……今のところラスボスは私をどうこうするつもりはなさそうだから今はカウントしないでおいても良さそうなのに。お泊まり会的な昨晩、というか本日未明すっかりお世話になったのは彼女なのだから何か余計に悲しい。あーあ…一体私の何が彼女の何かしら多分怒り、に触れてしまったというのか…。
緑君に関しては聞かれて困る、というよりは万が一私を探ろうとするラスボスサイドの誰かしらにこの子が遭遇した場合が懸念されるというか。この子は良くも悪くも純粋。昨日今日の付き合いでしかないとはいえその片鱗が窺えた。訊かれた事には素直に答えてしまうだろう。勿論、出来る限り口止めはするけれども。


「とゆー訳で、中でお二人さんが私の事話してるみたいだけど……誰かに何か訊かれても私に関する事は黙っていてほしいんだ。ほんと、お願いだから」

「、」

「うん、ありがとう」


布の向こうでこくりと頷く感触を感じたのでその上からになっちゃうけれども頭を撫でた。目を合わせられない分感謝の意がそこから伝われば良いなと思って。
押さえる布の口の辺りから笑ったような気配がしたから嬉しくなった。

因みに今現在こうしてムダに私達を隔てるエルブンマントはこの子に聞かせないためじゃない。総長がそのためにと渡してきたように彼を隠すためでもない。前述のようにそんなまだまだ子供らしい彼が「なんでドアの前に立ってるの?ヴァンが言ってたお部屋、行かないの?」等と騒いでいたのを中の住民に聞かれないため。

その場での思いつきでしかない単純な作戦だったけれどもこれが思いの外上手くいったおかげで会話は私達の退室後私達が遠ざかったのを見計らったであろうタイミングで、解せない、といった感じのリグレット奏手の尤もな質問から始まり総長の答え、もとい企みまで一字一句聞き逃す事なく盗めた、今。


「引っ張り蛸だった、あー…もう結構前、3ヶ月くらい?になるのか――あの“戦い”がまさか、ここに来て蒸し返されるなんて、ね…」


冒頭での私に繋がるんだけども。

消すだの暗殺だの私の知らんところ(仮)で超こええ。ってな恐怖単語が飛び交ってはいたもののそれらは今はスルー単語にして良さそうだから忘れ…たら流石にヤバイだろうから頭の片隅にでも仕舞い込んでおく事にして、今、話を聞いてまず突っ込むとすれば、これだろう。

『ケセドニア北部戦』。

……いやマジでこれは頭を抱えるしかない。

何でかってそりゃ私がその戦いにこっそり紛れ込んでいたからさ。ただし最初からではなく途中参戦。一言で言うなら引っ張り蛸が答え。はしょりすぎだけど。
もう3ヶ月も前(ここでの月は約、倍なので自然ともうとかも、って表現になってしまう)になるだろうか。その時の私といえばイオンから全導師守護役閉め出しくらってた時期であるからして導師守護役業から遠のき手が空いてしまっていたのだ。過去の任務達成率やまさかの武勲(過ちと言ってもいい)により引っ張りオクトパスされてたアレですよ。そこで例えばのアッシュと遭遇したきっかけその物まさかの過去再び、って訳。

……戦争再び、って訳。

しかし何も全てが偶然という訳じゃない。外回りの任務を丁度入れられてたってのはそうだったけれども、いたのだ。少なくない数が。何がってその戦争のはっきり言ってマルクトの圧勝で勝ち目などなかったキムラスカ側についていた、神託の盾騎士団つまり私も属するその、中に。

私の音律士仲間だとか剣術仲間だとかが。ただの知り合いレベルなんてそれこそ神託の盾生活の長さからして数えきれない…いや、数えたくないくらいの。

そりゃ、自分の命は大事ですよしかも一番って即答するくらいには。どーしよーもない奴。それが私、名前という生前から続く生来の人間ですから。けれども、身近な人達が戦いに赴くとあらばちょっとは心配にもなると言いますか。
人間捨てても人情捨てた訳でもなし。

ってワケで、更に偶然戦場に程近いザオ砂漠(死ぬかと思った)付近で外回り中だった私は戦時中そこいらを任務でうろつくであろう旨を事前に特に親しくしていた仲間に伝えていたのだ。
ただこの時は何となくってだけで近くにいんのに黙ってんのもなあってくらいの気持ちでしかなかったのだけど。「まあ何かあったら伝令飛ばしてくれりゃ飛び入り治癒術師くらいは出来るからだから皆、死ぬなよ」と、最後に言い置いて。

そしてその仲間内に、またいたのだ。早々にキムラスカが、そちらさんに手を貸す神託の盾勢がいようがいまいが不利どころか敗北するであろう事を見越しまた見切っちゃうような、切れ者が。
これがまた本物の軍師みたいな奴でそいつがさっさと私に『キムラスカ軍劣勢、敗色濃厚。至急加勢されたし』といった内容を携えた伝令を寄越してきたから私はひっくり返るかと思った。驚きすぎて。軍人のクセにと言う事なかれこの時私は神託の盾騎士団が手伝うのだし優秀な仲間だっている事だからと勝手にそして安易な事に安心していて何よりまがりなりにも前述と同じく現代っ子の精神を残したままの事勿れ主義には二回目人生や今生で見慣れてるとは言ってもやはり人の死それも大量の殺戮なんてのは話だけにしても刺激が強すぎるのだ。まあ場所柄天敵の死地みたいな地獄の地、それがケセドニアだからあながち比喩でもなかったのだけれども。因みにこの時その街で任(激)務の息抜きって事でバザーで一般人向けのアクセサリータイプな響律符とか眺めてたから店番のおっちゃんに「おい嬢ちゃん大丈夫か!」なんて冷やかしとか関係ないのか親切にも心配された。なんかケセドニアが笑顔溢るる良い雰囲気なのが良くわかった瞬間だった(これであの暑ささえなければ…)。

…とまあそんな些細な感動に浸る間もなく、お礼の言葉もそこそこに人目つか人魂(ひとだましい)を忍んで現地へお得意にも飛んだ(物理的に)私はあまりのマルクトからキムラスカひいては神託の盾への一方的さに絶句するしかなくて。
結局、それこそ昔のアッシュをもそうしたように味方を助けられるだけ助けてそっと戦場を脱け出したってのが、私にとってのケセドニア北部戦だった。

――しかし耳に残るは、総長のまさかの爆弾発言。

『秘預言』。

私が頭を抱えた理由だ。因みにまさかの複数でありこれは二つ目。一つ目はリグレット奏手だったから。

総長は秘預言に神託の盾兵の全滅が詠まれていたと言う。
考えなしに動いたツケ。ここで、私の無計画な咄嗟の助太刀行為は仇になったのである。

だって、神託の盾兵、全員とは流石にいかずともけっこーな数の方々ああ、あと――回せる手に限りはあるから最低と罵られようとも身贔屓によって優先順位後回しの傾向にはあったもののいや勿論出来る限りの事はさせて頂いたつもりだけれども――キムラスカの兵士さん達もだな。生きてるし。たぶん今頃怪我の癒えた人達なんて書類捌くかもう軍人とかいやじゃーって人に至っては畑耕したりとかしてるよ超平和。


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