深淵 | ナノ


確かに今に続くからして当時の私も秘預言を知っている筈もなければいくら導師守護役の長に座ってみても許可が下りる事でもない。よってあるいはもしかしたら原作のどこかにはあったのかもしれないが、私が前以てした事といえばただの「やばかったら呼んでけろ」って適当もいいところなお粗末予防線のみ、この戦争に関して私の脳ミソは完璧忘却の方向なのが自分でもよくわかった。
けれどもかつて私からのイオン経由エベノス様による戦死……の、予定だった人達を私があの忌まわしい称号『戦場のフェ(略)』の原因となるくらいな幼女的見た目を発揮してた頃バリバリしてた私に出来ない事ではなかった。ただ、この時イオンとは断絶状態だったから私一人で頑張るしかなかったんだけど。
ついでに頼み込んだお方の脇にたまたまいたお姉さんメチャ怖かった。

私がやらかした事。それが秘預言と知らないまでも『これだけ凄惨な戦いだったのだ、もしかしたら詠まれていたのでは?』と予測する事で勢いで助けた人達を預言を徹そうとする上層部にバレないよう人知れず逃がした事。
実は自分一人じゃなく後ろにゾロゾロと引き連れながら、私はそっと戦場を後にしたのである。

累々たる死体死体死体、ってサマを想像してただろう戦闘後戦場を訪れたマルクト兵はその良い意味での殺風景さに呆気に取られてたかもだけどはっきり言ってそんな細かいところまで気にする余裕はなかった。これは今だから言えるだけ。マルクト側に気取られないよう落武者手前(にしてしまった)な方々を薄ーく引き延ばした幻覚で適当な景色にでも見えるよう隠しながら逃げるだけで精一杯だったから。理想は私が去った後の戦場も戦闘後に相応しい様相に幻術で仕立て上げる事だったけれども、同時に、しかも段々距離が出来離れゆくだけの地へ幻術かけ続けるなんてそんな器用な真似私にゃ出来ん。場所も場所だった。生き血でもがぼがぼ飲んでおけば違ったかもしれないがな。しかしそこいらにぶちまけられてるは古血に凝血最悪黒血。マズス。

そうしてかつての預け先。イオン曰く『常に左遷されてるお方』――詳しく言っておくと後に当時と代替わりする事になるのだけど――の所へいつか自分がここに来るかもしれないからと様子を見に来ていたらしいお方にアポなしで来た事を主にどやされながらしかし激しい性格ながら行き場のない人達を見捨てるような懐のショボイ御仁ではけしてなかったため、口では何やかんやと罵倒を飛ばしつつもまとめて引き受けてやるよう進言までしてくれたのである。男前姉御。あ、その脇の人さっきポロリした通り女の人なのね。隠れる人達も人達だから大っぴらに出来る場所ではないのだけれど、幼少時にやらかしていた際に連絡先をイオンに聞いておいて良かったとこの時程思った事はない。大勢を世間から隠せる土地なんて私にはそこくらいしか思いつかなかったからね。
そして面識という面識はなかったにも拘わらずすんなり事が運んだ辺りイオンからも私の名前は彼女に行ってたらしい。彼女の第一声が「ウワサは…こんな僻陬にも轟いてるみたいだよ」だったからね。イオンがなんてこの場の人達に伝えたのか激しく気になるトコロだったけど。

そして最後。「じゃあ皆さんを宜しくお願いします」と頭を下げる私に、彼女はといえば。


『今回の大敗の原因だが……ナマエ、マルクトを敵に回す時は「死霊使い(ネクロマンサー)」に注意する事だね』


と、ぶっきらぼうとはいえ温かいハズなのに薄ら寒くなるような一言を投下して下さり、私はダアトへの帰路についたのだった。

とりあえず、何も聞かなかった事にしようと思った。





「――それにしても、」


どうやらあの戦いがリグレット奏手にとって心の琴線を掻き鳴らされずにはいられない程重要な意味を持つらしい。あのいかにも気丈そうな彼女が感情を翻弄されていたのだから間違いない。
弱々しい彼女の声を聞く日が来ようとは…なんて、実際対面してみても何より原作時での様子を知る身としても予想だにしてなかったから勝手に驚いた。

冷たい声だった。私ただ一人が生き残った――事にされている『報告』に、抑え切れない、といった憎悪のようなモノを滲ませた。

理由はわからない。総長もリグレット奏手もお互いに含みすぎている。
ただ一つわかるのは、ケセドニア北部戦にリグレット奏手の精神を司る何かが関係していて、それによって私に逆恨みに近いような何かを向けてきた、という事。
や、マジ私何しちゃったんだろ……今回の戦いにおいて攻撃らしい攻撃といえば牽制程度の下級譜術(魔術)でマルクト兵を殺すなんざとんでもない。私はただ味方に治癒術投げつけまくっただけ……仮にも彼女は六神将の一人、簡単に言ってしまえば預言嫌い軍団の一部。預言を邪魔した私を肯定こそすれ悪感情を抱かれる要素はどこに…。
まあ…そんな六神将の彼女の事だ。原作に彼女にまつわるエピソードなり何なりあったのかもしれない。しかし戦いがそうであったのかを忘れている私に、それに与る知識はこの先思い出す事はないように思える。

ていうか今更だけども、総長とリグレット奏手……何かギスギスしてないか?あれ、二人ってそんな仲だったっけ……アレ?
原作前だから、か?よしそういう事にしとこう。つかホント、今は一体何年前なのやら。


「さて、理由も判明した事だし、長居は無用だよね。よし、じゃあそろそろ――」


緑君を総長に命じられた部屋に連れてかなあかんがな、と思った時だった。


《ああ、そうだリグレット。雑用で悪いが、あのレプリカが使っていた部屋の片付けを頼んでもいいか。何分事情を知らぬ部下を使う訳にもいかないからな》


息を呑んだりショックを受けたようだったり怒りに震えたり忙しいリグレット奏手を気遣ったのだろうか、話題を変えたらしい総長の新たな話し声が聞こえてきたのは。

何て事のなさそうな出だしだけれども、浮かせかけた片足をまた床につける。

野次馬万歳。ここまで来たらとことん盗んでやろうじゃないか。たぶん私に関係のある情報はこれ以上出ないと思うけど、


《…いえ、お気になさらず。そういえば、あの部屋はザレッホ火山から二人まとめて連れ出した人間がいたからこそ用意したんでしたね。使えもしないのに、助け出した者がいたからこそ》


……ん?


《まあそう言ってやるな。少なくとも惑星預言は詠める――しかし片方に至ってはその身体能力の秀逸さ故に有用だったがな。…まあ、かの人物は未だどこの手の者かすら判らず仕舞だが》

《致命傷を与えたのに消失したせいで、生きている可能性も否定出来ないという、あの…。――いっその事その彼にも捜させましょうか。あの子も最近任務…外勤として本部地下から外界へと出る事も増えているのでしょう?》


…なんか、ビミョーに私の話題、混ざってね?


《奴に関する任務なら目の色を変えるだろうしな。だが……まだ早いだろう。今は確実に実績を上げさせる方が先決だからな》

《かしこまりました》


てゆーか何だ新ワード“彼(+あの子)”て。あの子って言うからには20代な彼女から見てそう呼ぶに値するくらいに幼いカンジだろ?彼だから男の子で奴イコール私で拾得者に興味を持つ該当者と言えば当事者というか拾得物だった二人しかありえなくて片方は既に私の手許だからそれってつまり消去法で行くとあれだろ今はまだっぽいしかし現在進行形で着実に引き込みつつあるその内の六神将なんだろそうなんだろ?


「…なんか、リグレット奏手が可愛く思えてきたかも」


しかも何やら結構恨まれてる感じだよね総長の口振りからして。何だよ目の色変えるって。復讐か?
…まあ、全く予想してなかった訳じゃないけど改めて突きつけられるとなんかグッサリクるモノがあるぜベイビー。

はは…何で現実ってこんなに厳しいんだろうね。イオンのカオだーい好き(って言うと件の彼の元よりボロ糸の如くいつでもチョンパスタンバイ状態の堪忍袋の緒は確実にご臨終なさるだろう)で仕方ないオト面食い(オトメ+面食い)にこの仕打ち。
嗚呼ユリア様いやローレライ様?私そんなにムカつく感じですか?あれか不純物はさっさと秘奥義でも何でもくらってゲームオーバーでも何でも遂げよってコトですか。イオンも比較的、この緑君に至っては全体的に風当たり優しいのに二回目の姿をとる間だけとはいえ無条件にキミだけ目の敵なんだねよくわかった。
…考えんの、よそ。アッシュだって前に遠い目してたじゃないか。

噂をすれば影が差すと。


《そういえばそろそろ来る頃だな。ふむ、あれに掃除を頼んだらそれはそれで面白い反応が返ってきそうだな…》

《…閣下、何だか楽しんでます?》


影やばくね!?


「…うっ!」


だから影早ェーよ!

廊下の端になんか只今のお手許と同じ色した微無重力を感じさせる、ツンツンした何かが見えた気が――


「逃げろ!!」


これでも小声ですとかそんな報告どうでもいい。


「もっごォ…!」


緑君を私は泡食いながら比喩じゃなくまじで荷物の扱いで脇腹から何の手加減なしに抱えあげ、その場から全力で走り去ったのだった。…あれ、エルブンマント役に立ったんじゃね?
てか内臓出ちゃった可能性を否めないような呻き声とかごめん。…なんか今日の私緑君に謝ってばっかだな。

その後、総長に言われた部屋に(死に物狂いで)辿り着いた私は腹が青アザ寸前だった緑君に治癒術をかけ、元気に(緑君が)お勉強会に二人仲良く励み。
そして夜、また明日来るからと寂しがる緑君を(死に物狂いで二回目)宥めた私はそそくさとイオンの元に向かい、案の定昨夜の無断外泊(?)に対し彼のサンダーブレード(雷)をくらったのだった。…まあこれこそ比喩だけど。
(何でこうも私の周りはサンダーブレード持ち技にしてるヤツが多いのやら…)。

そして執務室前の床から変な効果音がした事に気づいてはいたもののその理由を知ったのは、イオンの隠れ家からしょぼんとマイ私室へ帰る途中その私の具合からして視界に入ったブーツに焦げたような痕を見つけてからだった。




「……何でヴァンの執務室の前から硝煙が上がってるのさ」


因みに結局どちらさんが緑君の元生息地を掃除するハメになったのかは、ご想像にお任せする。


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