深淵 | ナノ


想ってるのは、自分だけではなかったのに。



14.信念の先の、



「(…、あれからもう半月。何で帰ってこないの、ナマエ、)」


ナマエやアリエッタ、他の導師守護役達や割と普通に付き合えていた人間達(まあ預言気触れが軽度だからね、…と言うとナマエに「数少ないデレ部分到来の予・感!」とか叫ばれるんだけど…彼女の謎発言は今に始まったコトじゃないとはいえ全力で音素ぶつけたくなるのは何でだろう)を僕のレプリカ作製予定が、すなわち死期が近付いてきたからレプリカの事を悟られない為にそして、殊にナマエとアリエッタを傷付けない為に遠ざけてから早1ヶ月…、

…と、本来ならその時が訪れたら自然と、そうなる筈だった。

勿論まぎれもない確かな僕の意志には違いないのだけれど現在のこのタイミングでこうして身近な人間を遮断したのは所詮結果でしかなくて、この突然で極端な処置(命令)は実のところ僕の、油断によるナマエとの衝突が原因できっかけを招いてしまっただけに過ぎなかった。

しかも、最悪だったのが自身の死ぬ予定であり決定事項――秘預言より、早かった事。

今は確かにND2015年だから「僕が病により伏せ――死ぬ」と秘預言で詠まれた年としては、合っている。しかしながらその時期とは僅かではあるが、ずれていた。
よりによって前、繰り上げる形で。

我ながら呆れるしかなかった。
自分で寿命を縮めてどうするのさ、って。

因みにたかがズレと言えど預言の狂いには違いないからモースが慌ててたのが滑稽だった。かといってアイツは昔から預言狂信者を地で行くようなヤツだからムカつくだとかそんな憤りの感情は今更すぎて起きなかったけど。(預言通り)身体を蝕まれてて気力もなかったってのもあった。それに、人の死を何だと思ってるのかなんて邪魔な人間を片っ端から排除してきた自分が言えた事でもない。
ただ、何とか時(死)期を遅らせようと延命効果を期待してなのか名医だとかクソ不味い薬だとかをいくつも用意してきたのには、根治を願ってとかじゃなく根本的にずれた、完全に狂った理由から来るモノだから多少はムカついたけれど。そして当然というか、効果はあまりなかった。
治癒術で病をも滅するナマエじゃあ、あるまいし。

そもそも、レプリカって時点で預言からは逸脱した行為。かのユリアはその存在を、詠んでいない。
それなのに何でモースはヴァンのレプリカ作製案に協力したのやら。まあ奴等はお互い腹の探り合いってカンジだから、きっとヴァンに従ったフリでもしてるのかもね。
――僕みたいに。
それでゆくゆくはヴァンを出し抜こう、とか?こっちは、僕には出来そうにないけれど。

そんな(…確実に、)“ゆくゆく”にすら、届かない僕が愚かにも自分自身で削ぎ落とした、許された時間。

それが約ひと月、いや更に半月が経ってしまったのだから1ヶ月半前か。
あれはそんなとある日の事だった。





「(、ナマエ。休みの日だと…僕の近くに居ない時だと、どんなカンジなんだろ)」


その日、一部の導師守護役達は僕の休みに合わせて休日を与えられていた。

そしてその一部に含まれていたナマエを追って、彼女の実家があるというダアトの街中に僕がふらりと足を伸ばした時点で、色々と、間違っていたんだろう。

今思えば僕も自身の死を知って、どこかおかしくなってたんだと思う。

幼少期ならいざ知らず、12歳にもなって。
たかだかたった一日なのに、ナマエと離れてるのが――嫌だった。

だからつい、導師守護役を一人も付けず無防備にもふらふらと街にたった一人、向かってみたんだよね。自分で言うのも何だけど、僕がやろうと思えば彼女達を撒くのはとても容易い。僕の師は、気配を絶つのが上手いから。アレはもはや魔物並。
それこそ魔物をよすがとしてきた(つまり普通の人間に比べ五感が異常に発達している)アリエッタさえ「アリエッタもそうです、けど…アリエッタのお友達も本気を出されると気配は辿られないって、言ってます」らしいし。魔物の云わば動物的勘を超越するとか、ホント化け物級だとしか言い様がない(って揶揄して言うと遠い目になるか頭を抱えていた、彼女)。

まあ僕もダアト式譜術とかそんな師、ナマエに、相当鍛えられたから身を守る手段に自信がない訳ではないけれど、規則は規則だからバレれば面倒な事になるとわかりきっていたにも拘わらず、教会を脱け出すなんて愚を犯していたってワケ。


「(母親と出かけるとは、言ってたけど…)」


あらかじめ実家の場所を聞いたとか約束を交わしたとかじゃないんだから、どこにいるかまして会えるかなんて、わからないのに。

それでも僕は、何となく見てみたかったっていうのもあった――自分が、潰える前に。

いつもナマエの教団以外での生活は、話にしか聞いてなかったから。それに、ナマエが唯一その教団以外で大事に想っているという母親と一緒にいるところも見てみたかったし。彼女を語るナマエの目は、いつも優しいから。普段はその血色に見合うと言わんばかりに死んだ目なのにね。
それにしても、紅い眸なんて珍しいと思う。少なくとも、立場上様々なそれを昔から僕は見たり見られたりしながら生きてきたけど、今の所同じ虹彩を持った人間に会った事は、ない。
……髪に持つ奴はすっごく身近にいるけどね。ナマエの、傍に。アイツ、何でナマエを師になんか選んだんだよ、しかも彼女も二つ返事で弟子認定しちゃったらしいし。ムカつく。勿論紅い方。でもナマエに言うと調子に乗りそうだから、言わないけど(つまりどういう感情かは自分でも一応理解はしている)。

そして結局、運悪くダアトの街中で魔物騒動なんて起きたせいで、まあナマエには会えたからそういう意味では運が良かったのかもしれないけれど、彼女に会う事は叶った。

――ただし別人の、姿で。

でも、声だけはそのままってのもあったかもしれないけれど(それと後で確認を取った時の項垂れ具合…とか)、姿形は違えど中身はナマエ自身なのがよくわかった。
彼女の母親を見る目は、とても柔らかかったから。そして、笑顔も。長年一緒にいた僕へ、時たま見せてくれる温度を伴ったモノと、おんなじだった。
何というか普段のナマエは微笑むというよりニヤけるという表現が似合う顔付きを頻繁に呈してるせいで、そういうカオが殊更印象に残りやすいのだと思う。

確かにこの時はいつものナマエとは似ても似つかない顔立ちだった。しかしその――人形のように見目好く整った、ナマエ曰く「本当の姿」はきっともう、僕は見る事は叶わないんだろうけれど(彼女はその姿で在る事をどういう訳か忌諱している)、この時はわざわざ面倒事に発展する恐れを無視してダアトの街まで降りてきた甲斐があったと、そう思えたのだった。
まあでも、僕は記憶にすら残らない程に幼い頃から目にしてきたナマエの普段の容姿の方が、落ち着くけれど。

しかしだからこそ、やっぱりヴァンのレプリカ計画は間違ってるとも、自得すると同時に強く思った。
彼女の母親に何かを起こして、良いハズがない。たとえ僕自身見る事がないからといって、僕は壊れたナマエなんて、想像すらしたくないのだから。彼女は腕っぷしだけでなく内面も強靭だから(じゃなきゃともすれば殺戮に繋がる譜術を使いこなせはしないだろうしそれ以前に神託の盾騎士団なんて軍人の集まる一種の死地に入隊するワケがない)そうはならないかもしれないが、やはりどこかで泣き続けるだろうから。
こう言っては彼には悪いけど、エベノスで確認済みだ。

――そうしてこの、導師守護役のとある休日にて、僕の一応の目的は達成され、この日は幕を閉じたのである。

多大なナマエへの、疑問を残しながらも。




それらの事件をきっかけにナマエの教団外での様子と…秘密を、覗く事は出来た訳だけどこれが発端となり僕が迂闊にも口を滑らせ挙句頭に血なんか上らせたせいで誰にも、特に身近な人間には悟らせまいと秘預言で自身の死を知ってから(それを閲覧可能な一部の上層部はさておき)細心の注意を払ってきたのにも拘わらず、ナマエにだけは一瞬といえど見られてしまったので水泡に帰した事になり、結局導師守護役全員と身近な人間と断絶せざるを得なくなってしまっていた。

このタイミングが秘預言に拠るところの僕の死を、早めていたから。潮時だった。

秘預言もとい預言は、昔から気にくわない。
それは偏に僕を育てたナマエの思考に僕が染まってるから。一般的に、親の言う事をきちんと聞いていたら子供も同じ考えを持つ。一般の家族がどうかなんてのは僕は赤子の時から教団暮らしだから知識としてしか知らないけれど、それと同じ事だろう。
またそのナマエのおかげで、恐らくこのオールドラントという預言に支配された星において、最難関ではあれども最上の価値をも併せ持つ(と僕は思ってる)事実を僕はもう、知ってしまっていたから。

預言を、変えようと思えば変えられるという事を。

何と言っても事は星の記憶なんていう途方もない、というかまさにこの星の根底を揺るがす規模なのだから勿論、例の通りそう簡単に行くモノではないのだからナマエくらいの実力を以てしてやっとって次元の話、レベルなんだろうけれど。


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