深淵 | ナノ


母の想いとは。



11.強行+強攻+強硬



「ナマエママ!?何があった…です!?…それに、イオン様に会っちゃ、いけないって…」

「それは…」


イオンと一悶着あった夜が明け、翌朝。
結局一睡もできず、身体中の水分を全部氷に変えちゃうんじゃないかってくらい枕元に大量の涙山を精製した私は、さぞかし酷い顔のまましかし幻術とかで覆い隠す気力もなくそして波動で避ける気力もまた然りだったせいで、ライガママの所から帰宅していたアリエッタと教団の自室にて朝一にご対面してしまっていた。
因みに涙共は私から生み出されたクセにムカつくくらい煌めいてさながらクリスタル、昨晩の出来事によるぼんやりした頭で(一日の徹夜くらいだと残念ながら吸血鬼の底無し級体力故に殆ど身体に響かないので寝不足は関係なかった)何となく眺めてる内に言い様もなく怒りに近いようなそれでいて虚しさまでもが襲ってきたので握り潰そうとしたのだけど、彼女の帰還に間に合わずそれでも流石に見られてはマズいと咄嗟に第五音素とほぼ同等な火系魔術で一気に全て融解させた。そしてやはりこんな時でもそういった自身の秘匿主義に嫌気が差したのは言わずもがなだった。しかも枕がカバーだけでなく中身まで浸透しつくしてぐしょぐしょになってその上へなへなと力無げに潰れる様が、何だか私自身の心を体現したみたいだった。

そうして初めて見るだろう、私のただならぬ様子にアリエッタはいつも抱えてるお友達(お人形。デザイン=アリエッタ、製作=私)を取り落としていた。ポトッ…という寂しげな音が嫌に部屋に響いた。

けれども一瞬呆然とした彼女だったが直ぐ様「ナマエママを苛めた人…誰です…!?」と怒りを露にしてくれた…がしかし、桃髪が不穏な動きで逆立つ幻覚が見えそうだったという。
そう、昨夜の姫似波動キャッチャー状態だった私のクソ長ドーリィロングヘアーの如くまあこちら、アリエッタのソレはいつだったかようやっと美容室に連れていけるようになり程好く腰辺りまでのロングヘアーに落ち着いた長さなんだけどそれらがゆらゆらと立ち上りそして、背後に某かのおどろおどろしさまでも背負ってたワケで…だけどその様子を目の当たりにしたおかげでですね、彼女には申し訳ないんだけど逆にちょいと気分が浮上したというかですね…や、つまりさオバアッ…オカーサンは嬉しくなっちゃったんすよ何て良いコに育ったんだろうって原作in敵側だとかちょっとどうでも良くなったというか…!だがしかしあああキャワユイマイチャイルドには果てしなく似合わなかった…!(そしてイオンが見たらある意味ショックを受けそうな凄まじさがあった)。
しかしその直後、ちょっぴり浮かれた私は物の見事にバチが当たったかの如く、即座にまたもや心持ちをドン底に叩き落とされるハメになった。

――タイミングの悪い(私の顔面的に)事に私達導師守護役は全員、当面の間イオンの体調不良による面会禁止を言い渡されたからである。
…余談になるが、知らせに来た教団員は私の顔を見て何か言いたげだったけれど、結局用件以上の事は口にせず立ち去っていった。

まさか本当の事をアリエッタに言える筈もなく、だけど体調が悪いとはいえ矢場にこの仕打ちはちょっとないんじゃないのと立場上規律違反とわかってはいるけども直談判!と、私達の部屋から飛べるイオンの私室行きの譜陣へ私とアリエッタ二人で飛び乗った。

…のだが。


「…アリエッタ達のお部屋のまま、です…」

「あ、ん、にゃ、ろォ…!譜陣消しやがったな!」


当然といえば当然だったのか、イオンは抜かりなく譜陣の機能を停止させていた。しかも、ただ止めるだけなら私が無機物へも対応する治癒術で在るべき姿へ戻してしまう(つまりこの場合復旧)事からだろう、根元ごと絶たれてしまっていた。
…元から無かったコトにされては、流石に手も足も出ない。

そしてこの後、公務や大事な会議を立て続けにこなしたとかできっとイオンも疲れが出たんじゃないかなと半泣き状態になってしまったアリエッタに言い聞かせ、私は私で昨日の休みで久しぶりに会ったお母さんとケンカしちゃってさーと有りもしない大嘘をでっち上げ、心配してくれる彼女を納得させるしかなかった(いやむしろ、ケンカ相手はまさかのイオンと言えよう)。

彼女とお母さん双方に対し呵責で私の良心はいっそレイズデッドが必要なくらいにズタボロだったが、昨日の事件で頭が回らなかった私には、他にそれっぽい言い訳が思い付かなかったのである。


***


刻一刻。

今の最悪な状態を表すのに、これ以上的確な言葉はないのではなかろうか。

時の流れは早いもので、どうするべきか憂苦に満ちた日々を何の手立ても無く過ごす事早1ヶ月。

私達導師守護役が完全シャットアウトされてからは仕方なく全員訓練等――私はそれこそ昔のような音律士生活に戻りつつあった、そしてグミとライフボトルまでもが言わずもがなな量に戻りつつあった…つらい。イオンの事もあるからまじで尚更っていう――は続けてはいたものの、本来なら導師をお守りするのが仕事なのに体調不良とはいえ詳しい話もされずいきなり訳もわからず(まあ私は…無論わかってしまってるのだけど)そんなお達しを受けてしまった導師守護役の子達は、みな心焉に在らず。

特にアリエッタの落ち込み様は、当たり前だが酷かった。

私の部屋にてイオンを抜いた三人で寂しく食事を取るようになってからというもの、何とアッシュが彼女を気にかける図が毎回見られるようになってしまったくらいである。
そのアッシュも、私達への締め出し宣言は既に耳に入ってたらしく私から言うまでもなく知っていたけど、具合が悪い以外の理由は流石に聞いてないらしかった。

そして私はと言えば、イオンへの純粋な心配から不安や恐怖も相まって段々ムカついてきていたりする。

多分、私達を悲しませないようにとかそんなイオンなりの配慮なんだろうよ、しかしながら彼には悪いがそういうのってされた側にとっちゃ余計辛いんだってコト、全然これっぽっちもわかってないと思われる。
…ホント、どこで育て方を間違えたと言うのか…こんなトコまでツンツンさを前面に押し出さないでおくれよデレようよである。ンまー確実ムリだろうけども(アホをぶっここうとも私は彼のタチを理解はしてるつもりだ)。

…そりゃさ、今までも散々その上結局あんなダアト街中事件があったにも拘わらず真実を言わずに来ちゃった私が言えた義理でもないんだろうよ(言う暇も奪われたワケだが)、それでも黙っていられるというのはやっぱり辛いし、悲しいもの。
そんなんだから、波動で確認したからまだ大丈夫とわかってはいても時間はなくなっていくばかりなのだ、それが進むにつれむかむかムカムカしてきたっていう。
自分勝手かもだけど、感情の動きには逆らえんがな。

そしてこの1ヶ月の間。ずっと、考えてた事。
――入れ替わるのはきっと、このタイミング。

ああもう、そろそろ居ても立ってもいられなくなってきた。
このまま私達が大人しくしてると思ってるなら(や、アリエッタは従うか)大間違いだし。これくらいの仕打ちで私が黙って引き下がるとも思ってるなら、ものすっごく…ナメてくれちゃってる。

厳罰結構。
預言云々やらで上層部の精鋭が私を消そうとしてきたとしても、返り討ちにしてやる。
原作?知らん。今はそんなんどうでもええわ。

我がコを助けて、何が悪い。





「お邪魔しまー…。……」


…うん、寝てました。そらそうだ。
……具合が、悪いから。

(予想の域は出ないけど)入れ替わりに薄々勘づいてたのだ、私は本日ついに決意を固めイオンの私室へ悪魔御用達空間移動術にて侵入者よろしく強行突破を図っていた。
勿論、彼一人しか部屋にいない事を波動で確かめた上でだが。そして姫似顔つまり、忍術駆使による変化はもうバレてるのだ(あー、あと天使の翻訳的能力とかもか)、ここまで来たらこのトンデモ移動術の事もそうなっても仕方ないと結構覚悟もした上でだった。

…イオンは幸い就寝中だったのでその決心は結局ムダになったが。や、助かったけども。

それに見張り倒すとかもとっても面倒だもの。譜歌モドキに呪術仕込んで眠らせて侵入とかそれってどこのクール美女様ですかだもの。それは彼女の特権だもの(何となくだけどどっかでそんなシーンがあったのを覚えてたっていう)。

時に、私の部屋は通常の導師守護役専用部屋ではなく隔離された教団内でも特殊な位置に置かれており(あからさまにイオンの権力を感じますねー)、そしてイオンの私室にも程近いのである。一応侵入者対策としてか、ワープを介さないとお互い行き来は出来ないんだけども(攻略用に迷わせるため、か?いやいやそんなまさか私の部屋に宝箱はありゃせんよそもそもここは現地云々部屋。だがしかしコス故な魔の巣窟クローゼットなら鎮座しとるがな…)。そしてソレをイオンはシャットダウンへと巧みに利用しやがったというな。ケッ。
だからこそ、距離的に波動を調べるなんてのは造作もなかった訳だ。

…うん、何とゆか、相当な人外の血と言えど悪魔御用達スキル万歳ウヘヘとしか言えないわな。
最近悪魔系利用してばっかじゃんかまさに困った時の(クソ)神頼みじゃねうっわ頼りたくねーそれならこの世界ならユリア様の方がよっぽどご利益ありそーとかかなりどうでも良い事をフと思い浮かべながらも、少し前と比べて心なしか窶れた彼の寝顔を見つめた。

コソコソやるならやっぱり夜が相場と決まってる、だけど深夜じゃ遅すぎるかと思い夕飯後に行動に移した(アリエッタにはちょっと用事があってと伝えてある)ものの、彼は体調が芳しくないのか既にベッドで静かに寝息を立てていたのだ。
まあ波動を探った際一ヶ所に留まったまま微動だにしないからそうかなとも思ったんだけど、思い立ったら何とやらで突撃してしまったワケで。

本当はさ、ちょー色々たっくさん…!話したかったけど仕方ないつーか、そんなの後回しで構わん。…それより、寝てるんだから好都合というもの。
前回みたいに治癒術をかけようとしてダアト式譜術がブッ飛んでくるなんて心配もナシ。
今度こそ邪魔されず、さくっと完治させてみせるっての。

ホント…さっさと元気になってよ。イオンが私をお姉さんどころかお母さん認定したんだから、心配かけさせないでってんだ。

そんな歳で、私が疾うに喪った『人間』にしたって――そんな、あまりにも短すぎる生涯で親不孝なんて、絶対まじありえない認めない。


(1/3)
[back] [top]
- 23/122 -
×