深淵 | ナノ


「…行くよ」


起きないでよねー…、と戦々恐々続けながら、利き手を持ち上げる。
ま、ちゃんと配慮するがな。イオンってかなり気配に敏いから。

ちょい話は逸れるけど、だってずっと一緒だったんだしねーダアト式譜術の駆使具合とかそれ以外だろうが諸々の実力は知り尽くしてる。そして彼は流石の導師とも言うべきか天稟に恵まれた戦闘センス持ちでもあった、その上ましてや、指導者は曲がりなりにも果てしない血みどろ人生を文字通り死に続けしかし結果的にいつの間にか甲羅を経まくるハメに陥っていた私。だからこそ彼を自分で言うのもアレだけど、出来る限り鍛え上げてきたつもりなのだから。

そーっと彼の身体へ手をかざし、どこが危ないのか診ながらの治癒術と、起こさないように催眠効果のある状態変化を引き起こす術略して状態変化術(ビバ、ハーフエルフあーんど天使の血!うぐぐ、もう感謝するしかないんですけど!)…この場合麻酔?治癒術だから痛みなんて与えないし与えるつもりもないけど――手から溢れる術発動時の特徴、術式による紋様そして光彩、ゲーム的に言うなればエフェクトもその眩しさで気付かれないよう極力抑えながら――それらを並行して慎重に術をかける。


「ッ重、症…」


しかも治り遅いこの症状。今までこんな身体でやってこられた事の方が不思議だった。……私も、何で気付かなかったんだか。まあ、それだけイオンが上手く隠してたって事なんだろう。…でも、こんなトコまで有能じゃなくていいと思うよホント。


「…う、ん…」

「!」


ギャ!イオン呻いてるまずいバレる。


「いかんいかん、集中集中…!って、ん?…ゲッ、この波動って――」


集中しながらでも魂の気配感知は怠らないでいた。だから、気付いた。
私室のすぐ外の廊下にたまーに会う機会があった、預言狂信者筆頭のモノ、あらわる。

ノック音が響く。


《導師イオン…例の件でお話が…》

「ギャアア何でこのタイミング!……あ」

「…ん…うるさいな」


独り言達は勿論小声だっただからそれはいいだがしかし一瞬廊下に気を移した瞬間、催眠効果が薄れたらしい。お約束とでも言おうか、イオンが目を覚ましてしまった。
……うわお流石イオン何て術の効きの悪さってか抵抗力そして防御力…。って誉めてる場合じゃ、ね、え!

エ、ちょ、どこに隠れ、


《ふむ…もう寝てしまわれたのか…?》

「…あの声は、モース?何?入っていい…」


目が合った。


「失礼しますぞ、導師」


跳んだ。

とりあえず天井の端、ベッドルームと執務室を隔てる壁の丁度入り口の上へ。

ベッドルームは私室の奥、多少の距離がある私室のドアから登場する大詠師モースの、死角になるように。

ベッドに横たえていた身体を起こしたイオン。彼からは無論丸見えなので、せめて張り付いているように見えるよう、天井と垂直に続く壁にぴったりくっつき90°、浮遊し続けた。腕とか脚がぷるぷるしますな演技である。
幻覚で誤魔化したいけど、今更目前で消えようものなら(預言野郎に見つからないためにはそうするしかない)また人外認定に拍車がかかってしまう。そしてもれなく幻術の説明も余儀なくされる。

…今は、会話もままならないけれど。


「例の件…レプリカについてですが…おや、どうかしましたかな?」

「…、」


イヤアアイオンこっちってかナナメ上ガン見しないでバレちゃうよ売らないでェェ!
寝込み襲った(?)事は謝…らないけど!

口に人差し指を当てしーッと喋っちゃイヤン的ジェスチャーを試みる、オマケでウインクもプレゼンツ!キラッ!…、ヤメとこうねただでさえキモスなのにイオンに余計なダメージ与えてどないするよ。
って…やべ、考えたらこの世界で通じるっけこの動作。いやいや、かつて日本式お辞儀はイオンに移ったんだったきっと伝わる!ハズ!これぞ愛のパワーネ!……。

…音素が飛んでこない事に寂しさを感じるとか…。


「?後ろに何か…」

「い、いや何でもないよ、それよりレプリカがどうしたって?」


ッイオンありがとォ!流石、信じてた!


「段取りが整いましたので、何体作るか希望をお聞きしたく…」

「…、」


私から目を逸らしてくれたイオンは、眩しい“何か”を見たかのような、そこに自嘲を混ぜたような…およそ子供に似つかわしくない気色を浮かべている。


「…導師?」

「…」


1ヶ月前、この空間にてバトりかけた時も大概だったけど今のそのカオもおよそ、初めて見るモノ。…ホント、似合わないって。
やっぱさ(今更もう不本意とは言わんて)親として我がコには…なるべくなら笑っててほしいってもんだろう。たとえツンケンしてようが、素直に。百歩譲ってニヒルな笑みーとかでも可。…だって、ぶっちゃけカワユイもん(で、いつもならこんな風に邪な妄想とかする度にさ、音素が飛んできたのにね)。

…それにしてもさっきから預言命なヤツから聞き捨てならない単語が話題に上ってる。…アタリ、か。

しっかし、レプリカって被験者に少なからず悪影響とかありそうだよな、細かい記憶はもう皆無に等しいからそれ故に響き的+意味的(複製品とか模造品だった…ハズ)にそう判断したくなる、と言うよりそうするしか手段もない訳だが。
けれどそれってつまりはだ、今のイオンの体力では危険って事になりゃしないのか?だってまだ…少ししか、回復できてない。や、レプリカが被験者に与える被害レベル、そもそもあんのかないのかさえ決まった訳でもなく、私の一方的な想像なんだけども。

だけどここで乱入してレプリカ断固反対駄目ゼッタイ!なんて叫ぼうものなら私自身の危機(現在進行形で命令に背きまくっている)もあるが、それよりも。
もし、もしも意見が通ってしまったら。

『未来の』、イオンにまつわる人間を……私が、消す事態になりかねない。
……そんな原作改変は、御免被る。

何人。原作で何人いた?
比べるのは気が進まないけどえっと、今の彼とは真逆な基本敬語で優しすぎたイオン、性格が似てたような仮面…あー名前は…六神将・台風の……何か違くね?まあ今は置いとくしかない寸暇が惜しい(会わないと言えど何か…すげーごめん…)、あとまだだ、まだいた気がする――


「導師、気分が優れませぬか?何でしたら出直しますが…」

「…?」


おま、んなキャラかよってな程殊勝なヤツの申し出に、イオンは不思議そうな顔をしている。
……恐らく、多少なりとも身体が楽になっている事に、気付いた。


「…いや、何か今は調子がいいから、平気。――そうだね、何人がいいかな…」


ていうかあああもう一人いたようないなかったような…カムブァーック記憶ッ!


「じゃあ七人くらい…」


ちょ、ちょっと多いよ!ええいもう三人だ最低でも最高でも三人だ多くしたら更に負担かかるだろーが!多分!
イオンこっち見て!3、3だよ3!!

レプリカ組の人数に頭を悩ませ結論を出せないまま、何を基準にしたかは謎だがイオンの口から七人とか飛び出したため片手の、人差し・中・薬指とをびしっと伸ばし3に構えつつ、手前に突き出し彼の気を引こうとその手と残りの片手も合わせて両の手バタバタ口パクパク。


「…?あー…いや、やっぱり三人がいい」

「少なすぎるのでは…」

「決めたから」

「、承知しました。レプリカ情報を抜くのは明日になるかと…では私はこれで」


……あ、そういや天井に引っ付いてる設定…もういい知るかァ!私ゃ忍者ばりに脚だけでぶら下がってるんだってばよしかも実際筋力的にと第三音素似・風系魔術で押し上げる形を取って補うだとかすれば出来なくもないんだってばよ!……。

しかしその甲斐あってか、三人と即座に言い換えてくれたイオンはぴしゃりと預言野郎に言い放ち、そうしてヤツはすごすごと退出していったのだった。
…そうかヤツもまたイオンの…と若干、ほんのちょびーっと仲間意識が湧いたのはここだけの話である。


◆◆◆


いくら僕でも毎日毎日少しずつ内側から侵食してくるような身体のだるさには当たり前だが勝てる訳がない。
そこで早めにベッドに入ったは良いものの、それは起きた。

…というか、やって来た。

何故か私室の天井にへばりつく(…へば…、は?)ナマエが。ああ、あとモース。


「段取りが整いましたので、何体作るか希望をお聞きしたく…」

「…、」


モースの話はレプリカについてだったけどそれは正直どうでも良かった。
今は、天井にどんな腕力してるんだよと突っ込みたくなる身の晦ませ方をしているナマエの存在の方が、僕にとっては大事だったから。

今の僕は面会謝絶中なのだから当然ナマエとて見付かればタダでは済まない。僕はまだしもモースは五月蝿いだろう。
ヤツには黙っててくれと確かナマエが僕が小さかった頃やってた気がするようなしないような…しーッとかいうポーズに謎のウインクまで飛ばしてきたりと多分黙っててくれと訴えているらしい彼女だったけれど、命令違反に対する怒りだとかそんな必死すぎるナマエの姿からにじみ出るおかしみよりも、今は久しぶりに会った彼女の存在が眩しく思えて仕方がなかった。
たかがひと月されどひと月。こんなに離ればなれになった事は、今まで一度としてなかったから。ナマエは中身はさておき優秀で、任務を長引かせない。
しかも訴えを聞き入れ見逃した時の目といったらなかった。キラキラしてる、と柄にもなく思った。

何をバカな事を、と内心直ぐ様嘲笑が漏れた。

遠ざけたのは一体誰だと思ってる。


「…導師?」

「…」

「導師、気分が優れませぬか?何でしたら出直しますが…」


振り向いて見上げない限り死角となり続けるナマエの存在に気付かないモースにしてみれば、虚空を見つめたままにしか見えない僕はまあ、そう見えるだろう。


「…?…いや、何か今は調子がいいから、平気。――そうだね、何人がいいかな…」


けれども、その時さっきまでの身体の重たさがいつの間にか消えている事に僕は気が付いた。だから僅かな疑問はひとまず置いておく事にし、そのまま話を進める事にした。
ナマエがいるけどやっぱり追い出す気にもなれなくて、そのまま。


(2/3)
[back] [top]
- 24/122 -
×