いつかはきたる。彼はそれが、早かっただけ。私には、中々訪れないだけ。 10.母子の逢着。そして距離、現実 “――アンタ、誰?” ダアトの街のド真ん中で私の放った秘奥義級の魔術の余韻で吹き荒れた大気に、その身に付けた頭に深く被っていたフードが煽られ正体の判明した子供。私の中で嫌な方向での予想通りだった、イオン。 私も彼を抱えた体勢のまま地面に膝をついてるせいで今やその地べたに拡がりべったり砂利にまみれてしまってる姫似の癖毛が同じように暴れに暴れて顔をひっきりなしに叩き付けてくるものだから、きっと化粧が特に口紅とか髪がくっついて引き伸ばされさぞや悲惨な事になっていた事だろう。けれども私に払い除ける余裕はなかった。 そしてイオンの、本当に心の底から信頼でもしてない限りみなに対し公の場以外で繰り出される平生での素っ気なさ、しかも助けられたとはいえ遠慮無く身体に触れられ彼本来の警戒心の高さと冷たい色をその深緑の眸と声色にありありと滲ませた――赤の他人に対するその態度に。 背筋が、凍った。 そうだ、今の私は。 この、先程から乱れっぱなしな人形じみた髪が表す意味は。 いや、待て焦るな冷静になれ自分ッまだだまだ誤魔化せる私も導師と同日のつまり導師守護役故のお休みだったからこそだとかそんなカンジの事ぽろっと口走っちゃったけど何とか――! …私一人なら多分、イケたんだろうね。 「ハアッ…嗚呼吃驚したわ…ナマエ!流石導師守護役に抜擢されただけあるわね!最初は不安だったけどこれなら本当にもう安心――」 「…ッお母さん!!」 「…ナマエ?導師守護役?ああ、そういえば声が…それに今の術…って、いや……は?」 終わった。 *** 「まあまあイオン様!初めまして、いつも娘がお世話になっております。私、ナマエの母でございます」 「初めまして、ローレライ教団導師イオンです。…ナマエはとても優秀で、僕もいつも凄く助けられているんですよ。そう、丁度先程のように。 ……で、ナマエ。僕に言うコトは?」 「イオンを姫抱きにしちゃった事への謝罪かナァー」 「怒るよ」 「ゴメンナサイ」 「別にそんなの気にしてないし」と私のおカオを穴が空く程そしてジト目で見つめてくるイオンに耐え兼ねというか今更誤魔化せるハズもなく、私の本当の姿はコレなのだと正直に話した。むしろ話させられた。いつになく強力な第五音素攻撃はさながらフレアトーネード。その昔、入隊時音素素養チェックで散々やらかした私が言えたコトでもないけどFOF変化とかガン無視レベル――因みに私はそこら辺の何の術がどう変化するかまでの原作知識は残念ながらやっぱり譜石帯の彼方なので、この比喩は教団内で学んだ教団アレコレ的事項“戦闘編”抜粋だったりする――だ。…そしてやっぱりと言うかソレらがぶっ飛んできたのは、母がイオン様にお茶をお出ししなくちゃ!とキッチンへ引っ込んだ瞬間だった。 それと言うのも、とりあえず街中では目立つってんで(思いっきりイオンの名前叫んだし)事後処理は後から駆け付けた神託の盾兵に任せて、場所を私の自宅に移して今に至っているからだ。 だからこそ、母のセンスの良さが光る前の自宅、私が幼少期を過ごしたキムラスカ時代のオークランド邸から持ってきたというロココ調風キムラスカ調的デザインな家具で揃えられた居間にて(そしてそのセンス…というか趣味は私のコスにも漏れなく反映…)、イオンによる第五音素無双と彼にバレない程度に身体を雪女故第四音素的に冷気で覆ってるせいで、それらがぶつかり合って室内のオシャレ家具が微妙にガタガタ振動してるというね。 (焦げたり凍り付いたらごめんママン…)。 ――だけど、だ。 まさか彼に呪術をかけて記憶を書き換え、要するに改竄させるなんて非道な手段を取れる筈もない。もう諦めるしかなかった。 ただ、ソレ…顔付きの事実しかバラしてないので忍術の仕組みとかはまだ何も触れていない。それを言うには変化の理由も併せて説明する事になる。それは母の前では、マズい。 ナタリア姫の関連を悟られないようにするためだからって、実の娘が顔をカムフラージュして変装紛いでしかも11年も過ごしていただなんて、無駄にショックを与えるだけ。 私はそんな事、母にしたくない。 自分の娘が一卵性故に堂々としていられる立場ではないとか、ハッキリ言うとそこまで母は考えつかなかった(そもそも母は成長したナタリア姫の容貌を知らない)からこそ送り出したんだろうけどだからといって、わざわざ気付かせるってのも酷だと思う。 やるからにはずっと隠し通すつもりでいくべきだろう。 それにダアト式譜術とか駆使するイオンならともかく、母には変化できちゃうって事自体、理解の範疇を越えてしまうのではなかろうか。…母の性格上褒められるだけで終わりそうな気もするが、まあそこは置いておく。 本当の姿、の部分で母は頭に?を浮かべてたけど、元来彼女は仕事にはあまり口出ししない人なので特に口を挟んではこなかった。 …というか、教団内情報は機密事項として黙りを決め込まざるを得ない場合が多いので言えない事が殆ど。要はそういう方向に話を持ってかないようにすべきって事だ。 とにかく話すならこの自宅ではなく、教団のイオンの私室に戻ってから。あそこなら特定の人物しか来ないし。 今現在の時刻は幸い、まだ夕方。10代の子供二人だけで出歩いても何ら問題ナシ。…私は厳密にはちゃうやろって?うんソダネ…。 「お母さんごめん、私今日はもう教団に戻らなくちゃ。早くイオンを送らないと不味いし」 「あら気にしなくていいわよそんな。そのフリフリを着て見せてくれただけでお母さん今日はとっても楽しかったし。ちゃんと護衛してさし上げないと大変ですものね。 だけどナマエ、あなた随分とイオン様と砕けた話し方をするのね、大丈夫なの?」 「(…)あー…、」 「その事でしたら僕がお願いしているんです。ナマエは一番身近な子なので、敬語とかキモ…僕自身が嫌だったので」 「まあそうだったんですか。ふふ、イオン様と仲良しだなんて、ナマエったら幸福者ね」 イオン外交的猫被りモードとお母さんフィルターに突っ込みどころは多かったが、あの私服で教団に戻る勇気はなかった私は(それでなくとも教団内で私服は目立つ)教団服に大急ぎで着替え、イオンと我がオークランド家を後にしたのだった。 …今日は本当なら買い物の後、外食の予定だったからお母さんの夕飯ではなく、無駄にせずに済んだのが唯一の救いだと思った。 *** 「……本当に、ナマエなんだよね?」 「いつの間にかお世話役に任命されてていつの間にか師匠まがいに弟子を取る流れでいつの間にか導師守護役とかにまで抜擢されちゃっていつの間にかもう一人教え子どころかマイチャイルドができたりなんかしてた、ナマエとは紛れも無く私のコトでございます」 「うわ、本物だ。…まあ声は同じだし、しかも目の前で変わられちゃ信じるも信じないもないんだけど」 「…ね、もう戻していい?教団内でこの姿でいると落ち着かない」 「ダメ」 「……」 自宅を出てから人目に付かない場所でいつもの“名前”の顔に戻すと、物凄く何か言いたげなイオンをせめて教団に戻ってからにして誰かに聞かれたら色々ヤバイと説得し――預言絡んでるしキムラスカの王女出生問題とかまでこの原作前時点で発展とか目も当てられんぞ…――足早にイオンの私室を目指した。 本来イオンは休日だったハズなので、最近導師守護役へと努力の甲斐あって就いたアリエッタ(あとイオン直々…私と同じパターンね…)も久し振りにライガママの所に泊まるからと不在なので、彼女には悪いが助かったと思う。 よって、今は私とイオンの二人っきり。人払いも勿論済んでるし、万が一のため波動キャッチも神経を研ぎ澄ましまくってアンテナばりばり抜かりナシ。万全である。まああくまで比喩だけど、実際このドーリィなウェービーヘアーが逆立とうモンならさぞかしホラーだろう。人形もいいカンジに付き物だし(むしろ憑き物か?)。 目の前で顔立ちを変えたのだから姫似のあのカオは私だと信じざるを得ないだろうけど、それでも確認のためか好奇心かはたまた別の感情かは謎だが、何回も名前、姫似、名前…とイオンに命令されるがまま繰り返し現在、姫似状態を保つよう強要されてる最中なのである。ムレムレだ(髪が)。 イオン以外誰もいないとわかっていても、教団内では慣れないのとどこから情報が漏れるかとで、彼にも言ったように非常に落ち着かず居心地は最悪だ。 え、ちょ、新手のイジメかいイオン君?ある意味こうかはばつぐんだ!よ?こおり(雪女)<ほのお(暑さ)的に。 因みにイオンが街をぶらりんこしてたのは、ただの息抜きだったらしい。ちょ、最高指導者それでいいのか。 フードを被ってたのは勿論導師とバレないようにするためだったそうだ。そして現在の彼は、休みだけどいつもの法衣を身に付けている。着なれすぎてラクだから、らしい。 うむ、私もこのぴんくっくーな導師守護役用教団服も、不本意ながらそれには同意する(何たって私ゃ導師守護役以前から一貫してこの色が基調だからね…)。 「…とりあえず、ナマエが姿を変える…えーと何だっけ、忍術?が使えるっていうのはわかった。だけど、それを使う必要性はどこにあったのさ?その……、左右で違う瞳の色を隠すため?それにしては大がかり過ぎでしょ。 それに、今までのナマエの顔はこのオールドラントにおいてまず見ない顔立ちだった。…想像で、そこまでできるもの?」 どういった術かは、姿を変化させたりできるのだとだけは、話した。まあ他にも多種多様な使い道はあるけど今は必要としない説明だし、自分から余計な事も言うべきではない。やっぱりなるべくなら私の異常は伏せておきたいから。 たとえイオン相手でも、今までそうだったのだから今もこれからもその精神は変わらないと思う。 だけど…何故そうせざるを得なかったかつまり、忍術を用いた理由はまだ。 彼なりに気を遣ってくれてるのだろう、若干言いにくそうに眉を寄せ私のオッドアイが原因かと訊きながらも年齢に似合わない聡明さで(現在私は16歳、彼は最近12歳になっている)それでは辻褄が合わないと、しかもその顔立ちの特異さ――元は日本というか地球産な私なのだからオールドラント視点だとそう見えるんだろうね――と、結構痛い所を突いてくる。 |