深淵 | ナノ


邪念、疑念、信念それぞれ。



7.各自、思惑



私のレプリカ計画に、導師イオンを取り込む事は必須だった。


「あれが次代・導師イオンと彼の家庭教師代わりの…」


しかし、なるべく幼い内に手懐けようと接触を試みようとしたが、上層部の噂で聞いていた世話役の少女に完全に負…出遅れた事を悟った。

…未来の導師は、少女から片時も離れようとしなかったからである。もはやあれでは親子ではないか。

しかしたかが少女如きに自身の計画が覆される事もあるまい。

私は導師の事は後回しにした。ある程度彼が成長し事の大きさ素晴らしさが解るであろう頃、もう一度。
今はあの親代わりの少女より影響力を持つ人物はいないのだろう、まだ彼は幼くとも、自分が何を言ったところで靡かないに違いない。

教団の一部の人間にしか知られていない中庭を、見下ろせる廊下を後にし、かねてより出入りを許されているバチカルのファブレ公爵家へ私は向かったのだった。




公爵家の一人息子、ローレライの力を継ぐ『ルーク』も計画には欠かせないのだから、まずはこちらを完璧に抱き込もう。


◆◆◆


それは、俺が神託の盾騎士団にて生きていかざるを得なくなって、そして『彼女』に出逢って3年程の月日が流れた頃。


「え、アッシュ、キムラスカの王女様を見に行くって…謡将も一緒なんだしもしや運良く会えちゃったり?うっわうらやまっ」


神託の盾騎士団で生を全うするしかないのだと、居場所に家族、プロポーズまでした相手と、ありとあらゆるモノを奪われ絶望しきった俺が少しはここに居てもいいかもしれないと思えるまでになったのは、戦場にて俺とそう年の変わらないむしろ顔つきからして年下であろう(後にまさかの2コ上と判明したのだが)神託の盾兵の少女が、必死にひた走っているのを目撃し尚且つ絶体絶命だった俺が彼女に助けられた事がきっかけだった。

俺より小さい子供(しかも少女)がこんな一生懸命になっているというのに、俺はこのまま死んでもいいのかもしれないと正直諦めかけていた。どうせ俺がいなくなったって泣く奴なんざもういない。ヴァンは計画が狂ったと多少は困るだろうが、それはそれで良い気味というもの。
まあ、今のそんな腑抜けた俺をあいつが見たら「目を覚まして下さいませ、ルーク!」と叱咤激励するんだろうが。…その名さえ、もう俺のモノではなくなってしまったが。

そいつは譜術で俺を囲んでいた敵を一撃で葬り去るとチラとこちらを一瞥しただけで、そのまま音律士(だったか?)とかいう役職なのか場に似合わない譜歌(こっちも当時はそこまでは知らなかったので自信はなかった)を詠いながら去っていった。

さながら嵐のよう、術の威力、歌声共に、あんな子供のどこにそんな実力がと目を疑いたくなる光景で、俺とした事がその後暫く呆然としてしまったのだが。
(幸いこの後に敵兵は来なかったが、押し寄せていたらまた窮地に立たされるところだった)。

まあそれも、その時の少女の深紅の両目(珍しい色だと思った)も年齢と戦場には似つかわしくない程しっかりしていて、「こんな所で終わるなんて勿体ない」と言われた気がしたから拍車をかけていたのだろう。
丁度あいつを思い出していたから、余計に身が引き締まる思いだった。

――もし、神託の盾騎士団で再び会えたなら、まずは礼と。
そして、年下だろうが教団では実力主義だとヴァンに聞いている、出来れば師事したいと、この時生き延びる事が出来た俺はそう思ったのだった。

そして、間が好い事に向こうから俺を見つけてもらえた、というわけだ。
まあ、彼女――ナマエは俺の事は覚えてなかったがな。それだけ必死に戦場にて一人でも多くの味方を救おうと、駆けずり回っていたという事だろう。

しかも年齢はあいつと同じときたもんだ。…見事に予想は外れ、微妙に悔しい気持ちになったのは俺の中の秘密だったりする。
後に、誕生日も彼女とあいつでたったの5日違いと判明したのだが。…偶然ってあるのかと何となく思った。

そうしてナマエに教えを請い、共に鍛練を重ね始めて早3年。
私生活も結構見てきたが、たった2コ上なだけでナマエは相当なしっかり者だとわかった。

他の兵士達に信頼され(妬む奴も多かったみたいだが)、炊事洗濯だって全部一人でこなす。流石、幼くして導師付きになっただけある。まあそれだけではないんだろうが。
実を言うと、料理はかなり彼女に助けられた。初めなんて、まさか自分が劇物モドキを精製するとは夢にも思わなかった。…あいつは今でも俺とは違って生粋の姫だ、大丈夫なんだろうかとふと心配になってしまった。

しかも、彼女の味付けは、キムラスカ人の味だった。

出生の話は、俺がまさかバチカル生まれの元貴族だなんぞ話せるハズもないから自分が答えられないくせに質問するのもどうかと思って、この時は何も言わなかった。別に母親がキムラスカ出身とか(母の味とか聞いた事があるし)そんなところだろう。
あ、いや、美味いとは言ったが。

しかしその時珍しくナマエの――暖かいと表現すれば良いのだろうか、目が優しく細められた――笑顔を、目撃する事になった。「これ、お母さんに教わったんだ」と。
ああやはりそうかと思うと同時に、いつもあの戦場での目は何だったのだと言いたくなる程覇気のないカオをしているから、そしてこんな表情をするコトもあるのかと、余計に彼女のソレが脳裏に焼き付いてしまったのだった。

しかし、俺の勝手なその何気ない想像が、思わぬところで彼女自身の口から怒濤の勢いで飛び出してくるとは、この時の俺は予想だにしていなかった。

それはヴァンがもう一度、ナタリア姫をもう一度だけ、その姿を見たくはないかと話を持ち掛けてきた時の事だ。
勿論俺は、直ぐ様了承した。神託の盾騎士団での任務は危険が付き物、もしかしたら最後になる可能性だってあるのだから。

――ただ、頭に何故かナマエの、それも稀な笑顔が同時に浮かんだのだけれど。

俺は自分の脳内に疑問を持ちつつも、今度の休みにヴァンとバチカルへ向かう旨を、何の気なしにナマエへ話した。

導師イオンの私室にてナマエが俺を導師へ紹介してからというもの、普段食堂で隠れるようにして食事を取っていた俺は、彼女の部屋で食べる事が増えていたから。そんなある日の昼食時の事だった(この日は会議で別々だからと不在だったが導師が一緒の時は必ずと言っていい程彼の冷ややかな視線が刺さりまくる。何でだ)。

彼女も他意はなかっただろう、「たまにはってカンジで観光とか?」と訊いてきたので、俺はつい「王女を目にするチャンスなんでな」と答えた。
しかしそれが口を滑らせた、という表現に切り替わったのは直ぐ後だった。

そして、冒頭へと繋がる。


「…私も、会ってみたいナーせめて一目だけでも。まあ所詮モブキャラAには叶わぬ夢だけども」

「(モブ…?)…そういうものか?」

「そういうもんよー。だって私キムラスカ出身だけどナタリア王女殿下とかまじ雲の上の存在!小さい時すぐこっち来ちゃったし今でも任務で行く時くらいしか機会がないから叶わないで終わっちゃってるんだけど、バチカルに行ったら行ったで民間人から彼女の噂がまあ飛ぶわ飛ぶわ…あっ勿論良い方ね、とにかく遍く轟いてるんだって!
ホント、目にするだけでもご利益あるってモンよ」

「…やっぱりな」

「え、何が?もしや私のがめつさ?」

「(そこかよ)…いや、こっちの話だ」


(1/3)
[back] [top]
- 14/122 -
×