“それ”の近づく足音がする。 48.就任と可能性 「ガハッ」 結果的に、ソイツはまだ生きていた。既の所で急所をずらされたらしい。刺し貫いたはずの腕は、心の臓から僅か左に逸れていた。 腐っても師団長といったところか。 「…ハァ。これ、まだ覚えたてなんだけど…」 浮かぶのはあの電波とか呼ばれる女の顔。 癪だけど、入院中結局第四音素を瞬時に蒸発させるまではいかなかったものの新たな譜術の習得にいちいち一役買っているのは事実だった。あんなのに出来てボクに出来ないなんて、なんていう“ムカツキ”が原動力になっていたから。おかげさまで随分と譜術のレパートリーも増えたように思う。 特に第四音素と第五音素系。 自分に治癒術の心得はないが、仮に使えたとしてもこの怪我だ。だってそういう攻撃をした。加えてこの気候だ。放っておけば確実に死ぬだろう。 それとも、あの…人間もどきの美女の譜術なら、このような死の淵であっても呼び戻せてしまえるのだろうか。 ともあれ、来るところまで来てしまった以上トドメを刺すしかない。下手に生き残られても後々面倒なだけだ。計画に支障も出るかもしれない。 こいつがあえて人の神経を逆撫でするような事を言ったのが悪い。だからボクはこのまま神託の盾に帰ったら、ありのままを告げるだけ。 つまり証拠隠滅なんて考えはない。 けれど、遺体は跡形もなく消してしまった方が後腐れもないだろうとふと思ったのも事実だった。以前仇討ちを果たした神託の盾兵が最後の最後で情けで遺体を持ち帰ってしまい結局後悔したと言っていたから。遺族にその仇敵が生前入りたがっていたという墓に手厚く埋葬され、簡単に言ってしまえばモヤモヤが、つまりは結局遺恨が残ったのだとか。 仕方ない、最後の処理は魔物に任せるか。 ムカつくけど、この吹雪の中、第四音素の大嵐ともいえるそれらに打ち勝ち遺体を消し炭にする程の譜術はまだ自分には出来ないから。 せいぜい燃やして息の根を止めるくらい。 ただ、あの電波ならそれも出来てしまうのかと思うとこれまた癪だった。何故か第五音素が弱点らしいが(人間なのに)(特定の属性の弱点があるって何だよ)、別にそれが譜術の得手不得手に関係してくるわけではない。 帰ったらまた訓練しよう。 「バイバイ」 「――」 最後の術がその身に落ちる直前、僅か聞こえた名前らしきモノ。 それに大した興味も覚えず、やがてただの肉塊となったソレを振り返る事もなく、ボクはその場を後にした。 ◆◆◆ 師団長失踪。 …まあ、何だかんだで師団長Aの事が気になった私だったから、昔からの日課である訓練と最近の日課となりそうなお茶汲み嬢を終えた後、以前アッシュにねだった事さえあるあの憧れの大地を踏み締めていた。まさかのお山の方だけども。対策無しに来ようものなら(という言い方でないと主人公達も助からない事になってしまう)お陀仏は免れられないだろう、かの雪山。多分も何もなく、私じゃなければ今頃遭難は必至だろう。何だか今日は特に猛吹雪のようだから。まあ場所が場所というコトもあるが。 というのも街……そう、ケテルブルクにはいなかったのだ。 そういえば友人Zの(一方的な)恐ろしい想像の罰〜大掃除編〜の地がここだったなとどうでもいいコトを思い出す。 そんなこんにちだが、一応神託の盾には有って無いような花金ここで言うなら花ローレライだったりする。要するに、帰りが気持ち早いから(っつってもほんとのホントにかすかですけどもね!)寄り道する時間があったのだ。まあ地球よりは狭いとはいえ島レベルでの移動なため、寄り道どころかコレ海外旅行じゃね?なんだけども。麓をスタート地点にしたとしても遠足くらいはあるだろうか。山なシチュエーションは良くとも先程言った通り天候のせいで繰り返すようだが普通なら遭難の確率100パーだが。 因みに島移動やそんな雪山の麓へと大活躍なお馴染み・どこでもdoorも真っ青なかの便利移動術はどうしたかって、真っ先に目撃者になる人物その1アリエッタは目を盗み抜き足差し足むしろ気配消しでやり過ごし、そんな人物達その2であるそこいらの道案内役教団員や教会の見張りも同じく抜き足以下略でやり過ごした。 ――そしてシルヴァーナ国ロニール県のド真ん中で額を押さえ、結論。 「…いない」 絶対におらんであろう豪雪地帯も私ならでは。さっき言った場所が場所、ってのの由縁だ。 確かこの場所はあのそらをとぶ的なのを使わないと来られなかったハズ。つまり現実的に言えばよほどの音機関でもない限り無理だろう。 雪道どころか吹雪に守られ続ける山頂を一応難なく突破し、付近の何かヤバめなオーラをかもし出すかまくら…じゃなくてまことに怪しげな洞窟をも無視して何ヶ所かポイントを絞って飛んで捜索してみたのだが、しかし結果は芳しくなかった。 このロニール雪山のどこをうろついても波動を感じ取れなかったのだ。 ここにいないという事はつまり、大陸と大陸とでは距離があるからとんぼ返りは無理でも、でもせめて伝書鳩くらいは飛ばせていても良いはずなのである。あ、鳩が猛吹雪に撃墜された可能性はナシの方向で。 …一体ヤツはどこまで行ったんだか。 *** そして相談は数日と経たない内に、きちんとした形で舞い込んでくる事になる。 そのはずだった。 「ナマエママ、おはよう…です」 「あれ、アリエッタ?」 まあ配属が変わっても紙山がご乱心するコトには変わらない。むしろリーダーが化学者的なせいで他師団より多いのではないだろうか。あれ、OLってこんな胃を痛める仕事だったっけ? そんな遠い目をしつつ今日も今日とて生きてる人達と書類の氾濫を抑えていると、遺体ひしめく(今言った人達以外つまり徹夜明けの方々)事務室のドアからひょっこり顔を覗かせたのは、(原作云々で)既知な私以外はまだ見慣れないであろう真黒な軍服に身を包んだアリエッタ。 …黒いのも可愛いな、アリエッタ。まァわかってたコトだけど。 ここは第二師団のお部屋なのだからして今言った通り化学室的なスペースも必要なわけで。で、その隣は何ともはや実験室(場)だったりする。 おかげで何やら怪しげな薬品をしこたま抱えた団員が突如現れたアリエッタ(=六神将)に「おわあっ!?」と飛び退いていた。因みに某金髪を思い出した。あ、薬瓶落ちた。あ、床の人にかかった。あ、髪アリエッタになった(※ピンク)(before:ただの黒) 「おはよう、アリエッタ。あー…もしかして、アリエッタのお友達でも追えなかった?」 仲間にしてみれば成り立てとはいえ師団長。そんな御仁の突然のご来訪に生き残った男の子達(だから某魔法学校ではない)(ちなみに女の子もいるよ!)の空気は途端に緊張を帯びたものに変わった。 とはいえ私にしてみればいかんせんといったところなので、気楽に応対した。まあ階級的にも(響手<謡手)セーフっちゃセーフなんだけども。 何より、アリエッタがここに持ってきた用件について心当たりがあったから。 私は数日前から既に、アリエッタ本人の口から火急の任務が来たと聞いていた。 無論、かの師団長Aの事である。第三師団は魔物も含まれるというその特性上どの部隊よりも捜索に長ける。彼女に白羽の矢が立つのは必然だった。 「…はい、です。だから、ナマエママなら何とか出来るかなって…」 「はは…」 その期待はありがたいんだけどイオンさんや、私アリエッタにどんだけ超人だと思われてしまってるのかねホトトギス。 え?何で突然のイオンかって?アリエッタに何かを吹き込む時はほぼ彼の仕業だと決まってるからだよホトトギス。 階級的には未だ私が上でも六神将直々の協力要請を断るのは、こう言っちゃ嫌なヤツだが体裁は非常に宜しくない。てか無理である。 「失礼します!アリエッタ響手はこちらにいらっしゃいますか!?」 だからまさか、私は方々の島々を巡る旅に出る羽目にでもなるのかと戦々恐々としていたのだけれども、それは慌てた様子の教団兵がアリエッタを呼びに来た事により打ち消された。 そして師団長が行方不明――どころか、神託の盾へと戻ってこなかった理由が判明するのだ。 第五師団師団長更迭の御触令が出たのは、それからすぐの事。 新しく就いたのは、やはりというべきか、 シンク。 *** あれから数日もしない内だった。二回目人生やらここでの年月やらで流石に人死に慣れてしまってたはずの私でもちょっと、いや大分びっくりしている。曖昧ながらも先を知ってたはずの私も訳がわからなかったし、てか誰も意味わかんないと思う。 交代の予定はないはずなのに(あったとしても数年後のはずで、)こんなにも簡単に――私の知るように――事が起こった理由は、一つしかない。 師団長が亡くなったのだ。 そして何より、私が驚いたのは偏に殉職じゃなかったから。 ――そして、神託の盾内で割と事件になってしまったのも。 「しっかしまさかあの人がやられるなんてな…しかも後任が当の本人ときたもんだ。六神将になる人間は大抵一つや二つ逸話を持ってるモンだけど、今回は別格じゃねェか?仮面してっから顔はわかんねえけど、多分アリエッタ響手とそう変わんねェだろうし。下手したら俺の弟より下かもしれん」 「弟さんって今14だっけ?――まあ、シンク奏長が凄いのは認めるよ。…ただまあ、第五師団の人達は陰で“仲間殺しのシンク”とか言って、表面上は従ってても心じゃ認めてないみたいだけど」 「そらそうだろ。あいつ等はみなあの人を慕ってたんだ。…俺らにはあんまカンケーねえとはいえ……第五師団はどうなっちまうんだか」 「ね。ほんと、大丈夫なのかな…」 「なんか明らか違う二つ名付いてね?」なんて遠い目をしながら私はまたしてもざくざくと白銀の大地を踏み締めて…いられたら良かったんだけれどもそうは問屋がおろさない。暑い死ぬ。砂漠とか滅べばいいと思う。つまりのザオ砂漠である。任地。次の。上、私が苦手なの知ってて任務入れてない?気のせい? 今はそばのオアシスで一休みといったところだ。私は永遠に休みたいが。ただクーラーはない。ここで言うと音素式冷暖房譜業器ィィ。 …駄目だ頭沸いてきた。 それはともかく、 一緒に任務に来た第二師団の人達もヒソヒソ話してるように、犯人は――、 |