深淵 | ナノ


飾りを置くという事。



44.神託の盾にだってある



敵を騙すにはまず味方から、とはよく言ったものだ。
まあ、リグレットは未だ心底から私に降っている訳ではないようだが。

レプリカイオンの面倒をナマエ謡手に見させると決めたあの日。リグレットには尤もらしい事を言って話は終わらせたが……。


「やはりナマエ謡手は何か知っていると考えた方が利口だな…」


私の保留の言葉に何の抵抗も見せなかった、親代わり。
ナマエ謡手はもっと取り乱すべきだったのだ。

まして今現在も猶文句も言わず、レプリカイオンの面倒を甲斐甲斐しく見ていると言うではないか。これでは逆に“そういう”モノを知っていると肯定しているようなもの。

レプリカと、いうモノを。


「レプリカルークのように『記憶喪失』と説明された訳でもあるまいに…」


「今は何も言えぬ」としか言っていないのに、ナマエ謡手は納得しすぎた。

さて考えられる出所は導師イオン……被験者だが、しかしそれなら何故私に引き込む旨を報告しない。いやしなかった。
中途半端に知らせたところで余程の役者でもなければ要らぬ疑いがかかるだけ。今この瞬間のように。

そして敵に捕まった間者の末路などいつの時代も悲惨なもの。
まあその場合敵とは私達の事でもあるのだが、


「今回は導師の線は薄い、か」


あの導師がナマエ謡手を危険に晒すとは考えにくい。
しかしそうなるとアッシュ辺りが有力な訳だが、それも同じ理由によりまた然りである。
むしろ……。

何故ならアッシュはたまに、彼女と親しいからこその導師のそれとは違う目遣いで、ナマエ謡手を追っている事があるからである。

本人は気づいていない。
だが……何もこれは今に始まった事ではなく、数年前からそういう事は既にままあった。あれは確か、ナタリア王女を見せに二人で行かせた日以来だったか。今思えばナマエ謡手を連れていったのは失敗だったのかもしれない。
それでなくとも外殻の人間をどうこうするとなればアッシュはうるさいだろうに。

――が、しかし今の問題はそこではない。ただそう考えるとアッシュの線はまずないだろう、というだけである。
そしてアリエッタに至っては論外。レプリカ作製、それはつまり導師の早世……どうして言えようか。


「そういえば…まだ見つからないのだったか」


そう。導師といえば、彼の人は未だ行方を眩ませたままなのである。
……いや、そもそも生きているのかすら、定かではない。

大詠師モースは今でも躍起になって捜している。大方預言通りにしなければ気が済まないからだろう。
だが……見つからないのならばそれはそれで良いのではないかと、私は思っている。

仮にも我が同志だった。そしてあまりに短命。
折角預言を否定してくれる――それも導師でありながら――こんな世で、さぞかし貴重であろう人格を持ちながら。
……きっと私は手厚く葬っていたであろう。

だからそんな、墓など、そんな物を用意しなくて済むのなら。それに越した事はないのだろう。

しかし導師か。


「いっそナマエ謡手に真実を告げるか否か?」


予想外だったのはいつの間にか(いや殆ど最初からか?)レプリカイオンがあまりにナマエ謡手に懐いてしまった事。そしてこれとは別のレプリカ、レプリカイオンを導師に据えるという事は即ち、ナマエ謡手から引き離すという事――

暴れに暴れるだろう。
計画に変更もなければ支障になり得る筈もないが、


「些か面倒だな…」


丁度執務室に入ってきたリグレットも何を指すのかわかったのと同時に当時の惨状を思い出しでもしたのか、微妙な顔をしていた。


◆◆◆


あれから実は帰りに何とかしといたディストさんへの配達も済まし。

時折アッシュの物言いたげな顔に戦慄し。

やってきました13月下旬。

行く年来る年、(多分今まででBest of 濃度な)ND2015年が終わり、ND2016年(そして原作前で言うと今は一体どこなんだ…)がやってくる。私もあと1ヶ月もすれば17だ。いやあ若いね中身年齢考えると鬱になってくるけど。
まあつまりは年末である。

そして私は今、完全武装をしていた。


『えーじゃあ今年もこの日がやってきた訳ですが、例年通り隅々まで完璧にお願いしまーす。特に教会入口は勿論礼拝堂や図書室は一般の方も出入りしますから信者さん達に気持ちよく使って頂くためにもそこ担当の方は入念に!ホコリ一つ見逃さないくらいのつもりで当たって下さいね!』

『勿論ですナマエ隊長!』


…とか何とか毎年導師守護役ズやら兵士さん達とやってた訳だけど、今年はそれもない。

実はこの時期恒例な何とローレライ教団+神託の盾にもあった大掃除。

…ってのは表向きの話で、更なる実話はイオンのちっさい頃、私が誤って年末に「もうすぐ大掃除の季節だねー」とか口走っちまったからだ。
いや何、「綺麗にして新年迎えよう!」…日本の習慣でつい。んで鶴の一声イオンの一声「じゃあやろう」…。それからというものローレライ教団総出でこの季節にやるようになったとかいう。いやま、教団総出は元からなんだけど水がぬるむだとか効率を考えてもちっとあったかい時にやってたんだけどねいやはや組織全体を動かすだけの力を持った御仁の傍で口は滑らすもんじゃないね。因みに私は指先が凍っちゃいそうなくらいの水とかが大歓迎なんだけどね!そして今日はなんだかお外ってば雪降っちゃってるぜいえー。
あとぶっちゃけそーゆーのって記録に残るもんだったりするんだけども『大掃除の時期ずらした人』とかそうとうに微妙だと思うんだけどしかしどこかには刻まれてるのであろうそんな教団史。どんな歴史?

しかしいつも思うけど音機関出動(主導:ディスト)どころか上手く制御出来る人は譜術まで使っていて(例えばスチーム的な感じでこびりついた汚れを落としたりとか…)何のイベントかと思う。いつものコトだけど。
因みに私はちょっとしたミステイクから毎年教会の入口(の橋)担当なため現在色々片手いや両手に、あの仰げば尊しみたいな渡り廊下で胸中は通常気味でも結局は……、

ぼんやり、していた。


「デザインは五線譜なライン入りって感じ?いやヴァイオリンだったか?今は中身だけだから無いけどさ」


いつもみたいに騒ぐ事もなく。


「ま――変な笑いが出てくるのからは脱却出来たわけだけ、ど」


頭飾りを取っ払い三角斤。片手に雑巾片手にバケツ。そこまでは去年と変わらない。

軍服は軍服でも上着は取っ払っちゃってるから今はわかりにくいとはいえ、全体的な色合い。
もう、ピンクじゃない。

私はついに、事実上導師守護役を降ろされたわけである。

今期最後の任務が終わると同時、私達導師守護役30人一人の例外とて無い。
キリよくって事なのか一年の締め括りな今月、ローレライデーカン半ばの事だった。


「ナマエママ…あの、えっと、アリエッタ今年も、少しでもナマエママのお仕事が減るようお友達と一緒に高いとこの柱とか音素灯とか、頑張って綺麗にする、です!それにお外ではナマエママの大好きな雪も降ってるし、後のミサの飾り付けもお掃除と同じで頑張るし、だから、だから……」


同じように武装したアリエッタが今日ばかりは高所、というか高所の汚れに対応するため解禁なフレスベルグ君に乗りながら必死に言う。言ってくれている。

因みにアリエッタの言に注釈を付けるなら『ここでの世界基準どうなってんの?ひとっ跳びで木とか塀とか何ソレ忍者だってばよ?』だったりするから(ついでに逆も可しかも無傷)割とごく普通なのに、しかし長年死地だの比喩じゃない地獄だのでピョンピョンしてた私へ必然的にそういった仕事が地味に回されんのは道理であって。
雪うんたらーがバレてんのは、母に冷たいモノ好きがバレてんのと同じようにそれなりに長く一緒にいれば筒もぶっこ抜けようっていう。
で、ミサに関してはまあここダアトで教会だし。

そして階下でアニスとイオン様が歩いているのが見えたのだけれども、まあ何というか、そちらはチラリと見ただけでそれ以上は目もくれず。睨む事すらない。果たしてこれは優先してもらえているという事実に感動すれば良いのかとんでもない原作逸脱に嘆くべきなのか。今更だけど。

きっと原作では一生分は泣いて長い事荒れた事だろうと思われるアリエッタが、こうして見てわかる通り意外にもそこまで落ち込んでないのが救いかもしれない。
彼女にとってのイオンはたとえ今は遠くても、

……今でも、ちゃんと生きているから。

今まで大事にしてきた使命を、表立って『導師守護役』だと胸を張れる事がなくなる事への喪失感に泣く事はあっても、この世の終わりとまでは思ってないのだろう。

それでもやはり、解任後数日は静かに泣いていたけれど。貸してほしい胸は私のだけでは満足しなかっただろうけど、任務でもないのにあまり神託の盾を空けると怪しまれるからまだ彼女は彼の所には行ってなかったりする。

今という時期もそうだし、何より――

落ち込んでると思ってるのだろう。
基本内気だし何より自分だって悲しいだろうに一生懸命励ましてくれるアリエッタに努めて明るく応えた。

本音を悟られないように。


「ありがとう、アリエッタ。――よーし、ぼんやりタイム終了はいおしまい。じゃ、いっちょやっちゃいましょーか!」

「ナマエママ…!…っはい、です!」


導師守護役から離れられたという事は台風の目、つまり原作の渦中から逃れられたという事。まあ台風の目っつっても主人公がいるわけでもあるまいしド真ん中とまでは言わんのだろうが、しかしそれなりにいや多分に関わってくる事は明々白々だろう。だってイオン様だしアニスだし。ここでの登場人物。


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