深淵 | ナノ


人はそれを「根に持つ」という。

普通は。



39.六神将、お前もか



「相席してもよろしいですか?」とまあそれ以外もないだろう所望を以て声をかけてきた仲間(で良いよね、うん)をまさか断る訳にもいかず数十分。

この何やら口調の丁寧そうな男性、しかしてまあ私も彼の立場的に知らない訳にもいかなかったのだけれども、まさか私から話しかけるハズもなく。一瞬にして第五音素なり何なりでマーボカレーを溶かした私は、彼には悪いがムダに視線を合わせないためにも下を向きひたすらそれをつついていた。ごめんマーボカレー。冷凍だの解凍だの普通に食べ物に対する冒涜以外の何物でもないよね。

しかも、私の本日の『一人でなんちゃってティータイム(どっちかというとランチ気味)』計画を何人たりとも邪魔立てさせぬわ!ってな勝手な事情以外にも非常に話しかけづらい要因があるためマーボカレーを食べるスピードも落ちるコト落ちるコト。早く食べ終わ(ってトンズラ)んないかなーって魂胆だ。
しかし何故こういう時に限って男なのに何でそんなに優雅な(おしょい…)の。もっと豪快に行こうよシンクだってもちっと元気に食べてたぞ生まれてまだあまり経たないからか食わず嫌いは相当なもんでさりげなくブツが皿の端に寄せられる度問答無用で口に突っ込んでたけど(お残しは許しまへんでー!)。


「…あの。私の顔に何か付いてます?」


しかしそんなカレーなる努力(虐待)も虚しく、なんかメッチャ見られてる、と私はついに耐えきれずってゆかそれ以前に皿の上のモノが全滅してしまったため、ごちそうさまと同時に当たり障りない文句っちゃコレでしょうとか思いながら声をかけちゃったりしてみたのだけれども。因みに寒いのは冷房のせいである。

彼はフォークを置き、怪しむように言った。
(因みに彼は何故かメニューにあったエンゲーブ風パスタだ)。


「貴女、その格好からして導師守護役の長のナマエ謡手…ですよね?昔どこかでお会いしませんでしたか。…ああ、勿論任務以外で、ですよ」


元々「じー…」ってなカンジに見られてはいた。そして見方によってはそのカオは綺麗に見えなくもない。んが、どちらかと言えば不気味さが目立つため要らん迫力が増した。うお、生ホラー…(失礼)。

周りの人間がこぞって耳栓を付けたのが見えた。…ハイ?


「まあ、そうですけれども…そういうあなたは失礼ですが、どちら様でしょうか…?あと私達、任務以外になんて…平時にそんな、お会いした事なんてありましたっけ…」


知ってる知ってる超知ってる!でも聞きたくない。
だってこの人……実は頭から煙出てたんだもん全身なんかコゲてたんですよ!
さっきっから話しかけたくなかった所以!

…だけど、それ以前に。


「なっ!?神託の盾にいながらこの美しーい私を知らないですとッ!?」

「…ヒッ!?」


ナルシスト+情緒不安定。突然叫んだ彼に五感の異常な私は鼓膜がズタボロ。
みなの耳栓の意味がわかった。チクショウ誰か教えろよ!


「う、嘘です嘘ですええっと…そうですあれですよ!」


コゲコゲおコゲで気づきませんでした。

…とは言えない自分(の職場)が憎い。


「…とゆか、一方的には存じ上げ…じゃなくて。あー…」


全くもって美しい事とここ神託の盾での常識の相互関係は不明なワケだけれども、そんなコトより(酷い)確か、今の私にとっては観賞用というよりはまさかの食料的な。

これ以上鼓膜がレイズデッドを必要とする事態になるのは避けたかったため、私は早々に白旗を掲げた。


「…すみません、いつもと様子が(だいぶ)違われたので。――六神将が一人、ディスト響士…ですよね。二つ名は、えっと…『黒薔薇』?」


なんかコゲてたから揶揄ってみた。

ここでウッカリ『焼き薔薇!』とか言わなかった自分偉い。

…そしてああそうだよ彼こそ六神将が一人、薔薇こと死神と名高い(と言えばもれなく鼓膜は臨終を迎えるだろう)ディスト様だったんだよおお…!もう彼もリグレット奏手みたいに今や六神将だもん直接的な面識は無くとも名前と顔くらいは……いや、厳密に言や彼はどうかは知らんが無くもないんだけども。
だけどさっきの様子だと…いやまさか。まさかだよね。まだ詳しいコト聞けてないけど別の某かだよね、うん。

因みに薔薇なのだが、本気でこの3週間シンクの目を盗みモシャるのに全力を要したという。アイツいつの間にかしっかり私の弱点が第五音素(火)だって見抜きやがってさ、それからというものそればっかり要求してきたんだぜ…?意味のわからぬ無茶ぶりで気温の上昇する病室、ムダに削られるHP&だだ上がりするTP。どれだけ私が目の前の御馳走…ゲフンゲフン、いっそソレらを丸焼きにしてくっちまおうかと何度涙(と涎)を呑んだか。


「ちょっと違いますがまあいいでしょう」


いいのかよ。


「では本題に戻りますが」

「はあ…」

「貴女のその目の色…」

「!?」


ビックー。
あ、紅ですけど何!?まさか、紅はアカンとかですか!?(さぶいしかも二回目や!)。


「見覚えがあるんですよ。貴女、確か……私の超ウルトラスーパーハイグレードなスペシャル人形を跡形もなく蹴散らしてくれた……“アノ”音律士じゃないですか?」

「…へ?」


アノってなんやアノって。無駄に強調とか何それコワ。
そしてやたらキラキラしたツッコミどころ過多・褒めちぎりぶっちぎりな人形とか何に使うんだよ譜業かよ譜業なんだろうけどさ。
…等々思うも、てっきりアッチを訊かれると思っていた私は思わず素っ頓狂な声を上げた。それもその筈、私はもっと別のコトを質されると思ってたから。

だってこの人だった。神託の盾騎士団入隊からかつて書類の山から私を救い出してくれた『私的スーパーマン』。
もう10年になるだろうか。

笑って話せる内容ではあるけれど、あの時私が助かったのは事実だし、懐かしくないとは言わない。恩義があるからね。ああでも何だっけ、記憶を便器…ではなく、流しに流してなかったコトとかまじでごめんだったわ今この瞬間水泡ならぬ水流に帰したけど。
まさか、こんなとこで再会するとは思わなかった。

…ランチ、明日にすりゃ良かった…。


「人形…ですか」

「そうです。あ、勿論譜業人形ですよ」


やっぱりかァ!とは思ったものの、しかし彼は私の記憶と違う事を言う。暫し思考はしてみるものの、イマイチ心当たりのない私に勿論意味はわからない。

彼は私から視線を外し、昔でも懐かしむかのように遠くを見ながら言った。
…ん?懐かしい?


「まあお陰で更に強度が必要ですとか改良の余地あり等々研究材料が得られたのですからそれはそれで良かったんですがね。ですがまさか入隊したての、それも当時5歳だった子供に木っ端微塵にされるとは思いませんでしたよ」

「!」


げ。


「…まさか」


たった今この瞬間心当たり出来ちゃったんですけど。

叩けば埃通り越して辺り一面ゴミだらけになりそうだとか思った。一つだけあったのだ。
ここに来てそう来るか!と予想のナナメ上どころか垂直を行くフラグ臭に、失礼とか一瞬にしてぶっ飛んだ私は考える余裕もなく思わず指を差してしまっていた。しかし彼が声を上げる前に私はアルコール切れた人も真っ青なレベルで指どころか全身ガクブルさせて先の彼に負けじと叫んだ。


「あ、あああの時の!?修練場にあった、新兵の音素の素養や譜術の実力を見定めるために設置されてたとかいう布製の……アレ!?」

「…ハァ、やっと思い出しましたか」


なんかため息つかれた。…ナマエさんプチショック!


「ええそうですよ。あの後、貴女の担当だったという団員に聞いたんですがね――」


…!あんのノリノリ野郎めが!(ヤローてめーぶっ殺ーす!)。


「当時入隊したばかりだった貴女の実力を調べる際、犠牲となった哀れな人形ですよ…」


コイツの作品だったのかよ!


「マジかよ!?…あー…じゃなくて。マジですか」

「マジですよ」


マジとか言いおった!
…しかし油断(?)は出来ない。


「ま、まさか…それを恨みに思ってこの10年、密かに復讐の機会を窺ってたとか…!?そしてそれが今日!?」

「…話聞いてましたか。別にそれは良いと言ったでしょう。そうじゃありませんよ」

「え…」


呆れたように突っ込んだかと思いきや次の瞬間、彼の眼鏡が光った。気がする。
…元から光り気味ってか謎の反射をかます丸×2(割れ気味)だったというのに、中身は覗いにくかったのが余計にモザイク状態になってしまった。ラーメンの器に顔突っ込んだ人みたいだ。

あ、今更だけどディストだからね、メガネなのね。いやディストだからってのも変だけどね。

…何事!?


「貴女!…いいえナマエ!」

「…ひいッ!?」


呼び捨て!?(階級飛んでった!)。
…いや階級的に(彼のが上)逆らえないしこうやって非公式の場だけなら日本じゃあるまいし外国寄りのこの世界、基本呼び捨て!みたいなトコあるから別に割と普通なんで今のこの状態に比べれば至極どうでもいいんだけど。

見た目は大人頭脳は変人な彼の行動は速かった。
がしぃ!と気づけば私の両手は彼のそれに握られていた。彼と違い食べ終わっていたのが裏目に出た。基本体温の低い私。「ほげぇ!?無いっつったばっかだったのにまさかのメルヘンゲットォォ!?」と内心パニクりながらも咄嗟に第五音素を纏ったのだけれども、それらはいつぞやのアッシュへのデブ裁きみたいに何かがぶっ飛んでいたらしかった(温度)。


「ぎゃあ!熱い!?」


とか叫んだ彼によってベチッと一瞬にして離されたけど。ごめん。

しかし彼はそんな仕打ちにも何故だかどうして怯まなかった。


「やっぱり貴女じゃないですか!何で他人のフリなんかしてたんです!?」


他人!?


「は、はいい!?一体何の事ですか!?」

「忘れたとは言わせませんよ!初めてだったんですからね、私を邪険に扱わず、何より…――今は優雅なひとときを過ごすために手許にはありませんが、あの超ウルトラスーパーハイグレードな椅子を褒めて下さった方は!…しかも女の子!!」

「…」


…もう、どこから突っ込めばいいのやら…。
ポカーンとはまさに今の私の状態のコトを言うのだと思う。

優雅?(まあジャマでしょう)(てかひとときて)。
初て(過去の私カムブァーック!こんな展開になるくらいならコイツぶん殴ってこい!)。
超ウルトリャ…グレード(略)?え、ちょ、二回目だよねソレもしかして毎回付けんの…?私既に噛みかけたんだけど。
…そして最後。切なすぎる…。

――んで、とりあえず言えるコト。

まさかだった。


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