深淵 | ナノ


前方不注意ならぬ後方不注意。



34.残すところ2−1…。



実は私、既にけっこう最悪な形で『彼』に出会ってしまっている訳でして。




時はアッシュとのデート(と心の中でくらい言わせて下さいお願いします)から3週間程遡り、修練場。

この時の私は一言でいえばケセドニアの日よりは確実にイオンの傷が癒えていなかった。アッシュが見かねる程の判断時間は経過していた、つまりはケセドニア観光はイオンが去った半月後くらい(つまり地球時間でひと月)に当たっていた。しかしそれから遡るので1週間程しか経ってなかったという事になる。
まだまださよならから日は浅かったのだ。

そこで私は身体を動かしていればあまり余計な事も考えずに済むとその日も訓練にしては些か度の過ぎた血に塗れていた、訳なんだけど。


「…ナマエ、一体どうしたんだろうな」

「な。いつもなら訓練最低限しかしたがらないってーのに、ここ数日ずーっとあんな調子だよなあ…」


だってほんとは強さ維持するくらいなら家で引きこもりも辞さない勢いでゲームしてたいような子ですから。この世にはないけど。
頑張っちゃってるの偏にこの世界が危ないからだしてゆかしかも就職先も就職先だし。仕事は仕事だが任務と呼ぶ事が多いような会社(神託の盾)で自堕落なんて怖すぎる。


「…そういえば、おなか空いてきたかも」


私が「手合わせ付き合って下さいナマエ謡手!」と軽く頭を下げる新入りからベテランさんの「おうナマエ、いっちょやらんか!」的なお誘いまで片っ端から首をタテに振り続けかれこれ数時間。
修練場って地下にあるから日は差さないしあんま辛くもないやと結構朝早くから来てるから、多分もうすぐお昼時か何かだろうとぼんやり思っていた。
何となく観ているらしい二人の兵士以外に人は少ない。

…いや違うな、立ってる人が少ないだけ。
私の周りにはのびた神託の盾兵の山。死屍累々とはまさにこの事、しかも果たしてこれ全部犯人は私っていう。

ぼんやりしつつも相手の攻撃を私はよける。

一対一で剣士と戦っている最中なのだ。
補足しておくと私は素手、譜術の使用は可。


「あいつで今んとこ最後だろうな……あっナマエのバックステップからの双旋牙決まった」

「いんや、ナマエちゃん曰くただの渾身のビンタらしいぞ」

「お前昔から何気にナマエの事詳しいよな…まさかストー…」

「いやそこは格闘家だからって言ってくれよ!何でみんなそう言うんだよ!」


実況中継ありがとう剣士のお兄さんと格闘家のお兄さん。なんか変な単語混ざってたけど。
(てゆかみんなって誰や、みんなって)。

因みに前者はかつてここからキムラスカ領にまでホーマーしたあの兵士さんです超ごめん。んで後者はここでは数少ない格闘家仲間って事で割と仲良しさんだったりする。
剣士設定?未だにカッコ仮だよチクショウ。

余談だが、あれ以来第七音譜術士とだけは戦いたくないYO!…と、ワガママを言い続けている。聞き入れて貰えるハズもないけども。

ま、今日の相手にはいなかったからそこらへんはセーフだ。
相変わらず第七音譜術士は少ない。

確かに私は幼き日から私を知る今や観客と化してる兵士さん達の言うように、いつもはそうした受け身での修業が圧倒的に多い。アッシュとかアリエッタとか身近な子はそうでもないんだけど。声かけやすいしね。

しかし、ここ連日私は私の平時から自分から進んで外れていたのだ。私から、地下で手の空いている兵士達に片っ端から声をかけ続けていた。
皆絶対的な強さを求めてここにいるから基本誰かに誘われて否やを返す人間は少ない。てかいない。


「ガッ!」


それがどういう結果を生み出すのかに気づきもせず、私は周りに立つ人間の根絶状態からして本日最後の神託の盾兵を壁に叩きつけた。


「あーちくしょー、負けたあー…」

「…ありがとうございました」

「おー…」

「ねえ」


ポン、と肩に手が乗ったのと、突っ伏しつつヒラヒラ手を振る兵士さんにお辞儀を返し壁際の荷物を漁って立ったのは、ほぼ同時だった。


「あっはい、何でしょ――」


その子のそれは知っていた筈なのに。悪いけど聞こえなかったフリでもして逃げちゃえば良かっただろうに、かけられた声抑揚があまりに似すぎていて咄嗟に振り返ってしまった私は愚かだったのだ。
一瞬涙腺を刺激されたのはきっと錯覚じゃない。

だって、私はその顔でそういう喋り方をする人間を二人しか知らないから。


「アンタが“ナマエチャン”?」

「ブッ!」


…頼んだってちゃんとか全く付けてくれそうにないこの御仁は今何と言った?
ちょっと萌えたとか永遠に隠し通したいんですけど。負けた気がするんで。

壁際に置いといた運動には欠かせないよね!と昔から持参していた飲みもんお辞儀後真っ先に手に取って水分補給ーと飲み口口に当てたワケだけど、もろもろ吹き出した。すげー嫌な顔(口しか見えないけど)されたけど。
……でも、丁度良かったかもね。目尻に浮かんだモノは噎せた事にして適当に誤魔化せたのだから。

それにしてもワタシャアいつの間に地獄への片道切符手に入れちゃったんだろか。これが貴重品なら是非とも『とある格闘家への片道切符を捨てます。よろしいですか?』表示出来るただのアイテムにランク下げてほしいんだけど切実に。

考えられるのは……。


「…いっねェし!」


そもそもちゃんと言えば割とお気楽なやつくらいしか呼ばないなってもしやお前かいつの間にだよアアン!?ってな勢いで丁度ギャラリー化してたよなな壁際をギッと睨むも既にそこはもぬけの壁(殻)。てか、床で死んでる人以外はみんな食堂に向かったらしかった。
…そういやそんな時間ぽい事自分で言ったばかりだったな。

つまり、今このひっろい空間に立って話せるのは私とこの子の二人しかいないようなもの。
屍さん方はまさかの自業自得でアテにならない。


「ぐぎぎぎィ…!」

「ちょっと、何逃げようとしてるのさ。逃がさないよ」


ですよねー!
せめて屍さん方を踏まないようにジリジリ距離を取ろうとするも肩に食い込む片手に言うまでもなく阻まれているため全く意味を成さずに終わる。救いは導師守護役の軍服が分厚いのと格闘家に多い己の武器を保護する手套を彼も身に付けているからそれらが僅かばかりとはいえクッション代わりで痛みは軽減してるコトくらいかな!骨ミシミシ言ってるけど。
この歳にしてこの握力。流石。そして末恐ろしすぎる。

っていうか、何なの何でそんなにご乱心なの!?私キミにまだ何もしてないよね(この顔では)!?
しいて言うなら妄想くらいしか!


「…ハッ!もしやそれがダメな感じか!?」

「はあ?」


物凄く冷たい疑問符を返された。おっとどっこい。うっかり最後だけが声に出てたらしい。
とりあえず、訊いてみよう。


「で、……少年。キミは一体何にお怒りなんだい?」


ミシミシからミ"シミ"シになったんだけど痛い痛いってば痛ェよゴラでもごめんマジで本気でわからない。
考えられるのは……まさか、私がブッ飛ばした中に大事な人がいらっしゃいましたか!?違うでしょアナタ言っちゃ何だけど血縁者ゼロでしょ。

友達とか作るガラでもないでしょうに。


「アンタが、」


そんな事もわかんないワケ?と言わんばかりに口をへの字に歪めつつ、彼は言った。
このコの表情はそこから読み取るしかないからちょっとわかりにくい。

…ただわかるのは、とにかくチョー機嫌悪そー!ってコト。殺気ビシバシ飛んでくんだけど。


「ここの奴ら全員のしたせいで、誰も相手がいないんだけど」


あ、あー…つまり折角訓練に来たのにどっかの誰かさんがよりによってキミの来る今日『全滅した』状態にしちゃったせいで、なんも出来んと。




だからと言って、コレはないと思う。


「一人だと限界があるんだよね。だからさぁ……ちょっと付き合ってもらうよ」


それがカモン春!な方向だったらそこはかとなく命の危険を感じつつも喜んで飛び付くんだけどね!話にも本人にもね!!

まさかの屍を挟み(いやどけられるだけどけさせて頂いたんだけどね、いかんせん数がね)対峙する。
少年――さっきから口しか見えねー!的なコト私呟きっぱ、つまりはお顔に何らかが被さってらっしゃるワケで――恐らくの…。


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