深淵 | ナノ


安穏としていられればいい。もっと言ってしまえば自分さえ良ければそれでいい。
そんな腕だけではなく性根も貧しい人間であった筈なのに、何か見えないモノに抉り取られたような気がしてならなかった。

散ったのは感情あるいは心臓そのものか。



30.別れ



ダアトから、逃げて。

そう懇願した私にイオンは一瞬悔しそうな顔をしたけれども、その提案に対して“は”、目を伏せた。




あれから。
腹が減っては軍は出来ぬというのはまさに真理である。これからコトを起こすにあたって空腹とあってはどうにも苦しいので、朝食はイオンどころか私までよりによって自分で駄目にしてしまったため私は差し迫った現状そしてなるべくイオンを一人にしないためにも大急ぎで(空間移動術使用)購買で二人分の調理パンを買ってきた。二人揃ってテキトーに腹に詰め込んだ(私はこっそり薔薇ももしゃった)。

そうして私達は教会の雑草伸び放題とかいう手入れの行き届いてなさから普段誰も来ない事間違いナシのほぼ廃地な裏庭にいた。
…極めて目立たず、また開けた場所じゃないと身動きが取れないから。

重要事項その一。
イオンにいかにこの地に留まる事が危険かを私が諄々と説くまでもなく今回の事もあってか彼も薄々感じてはいたみたいで、前述の様子の通り何と穏便に割とすぐ首肯してくれたのである。プライドの高いイオンの事、尻尾を巻いて逃げるも良いトコなのだ納得ずくでもないだろうけど私はそれでもやるしかなくて、そしてやり通して裏庭に至っていた。
完治するまで私がイオンの騎士(男の子だけど)をする訳にはいかないのも彼だってよくわかっている筈だ。だからこそ是がこうも早かったのだろう。日々任務に埋もれる私をイオンもよく知っているのだから。だって外でもない導師だし。
…もうすぐ元、になるのだけど。

だけれども、アリエッタに良く言…えるかは微妙なところだがとりあえず良く言えばグルになってもらうそして悪く言えば巻き込む方の提案には猛烈な反対に遭った。何せそれはアリエッタに総てを話すも同義だからだ。

逃亡への理由、秘預言つまり本来の死期の事やその原因つまり病気の事。そして延いてはレプリカ、イオンの消えた筈の教団に何故まだイオンらしき人物がいるのか等色々とアリエッタの中で辻褄が合わなくなる事からイオンの後に残るイオン様の事もひっくるめなければならなかったから。

だけど折角ここまで来ておいてめげる訳にはいかなかった。私はここから誰にも見つからないような遠い地へと一人きりしかも以前の彼ならまだしも今のその身体で逃げ切るなんて絶対に無理だと今度こそ諄々と説き聞かせた。

何故なら私は私でイオンが毒を呷らずとも――死んだのだと、その証拠となる遺体を誰でも良いからその死を望む者に見せれば初めからイオンの追っ手を根絶させられるだろうとしかるべき人物へ向けたカムフラージュイコールイオンがいなくなった後の病室にでも幻術を駆使した現場を描き出す必要があって(前にも言った気がするが私は生き血もなしに離れた土地に幻術かけ続けられる程器用ではない)…とも考えた。
…のだけど、その手で行くと現場に誰がその人物を引っ張ってくるって問題にぶつかる訳で、最悪な事に手引きする誰かしらがイオンの死を知ってる事になってしまうつまり運が悪ければ口封じに消される可能性も否めない。

そこでまた別の手を考えた私なのだが、こちらも私が直接コトに当たる必要があり…とゆかこっちはこっちで些か私の死亡フラグがあらぶる怒濤のウナギ登りみたいになりそうなのでやっぱり却下だった。
その名も『二回目見た目再び・その姿でラスボスと再会、その場からマジックよろしく消えちゃう私からしてイオンは誘拐させて頂きましたつーワケで諦めやがれ。』大作戦。…うん、もちっと砕かないと意味プーなワケだけども、いや何思い切ってラスボスの前に二回目人生の異常顔曝した私が躍り出て「イオンは私が隠しましただから捜してもムダです諦めて下さい」とどちらかと言うと前者の割合が殆どな虚実をぶっここうかと…。
だって一度私の空間移動術見せてんだしね、ヤツには私一人にしか適用出来ないなんて仕様はわからないんだからイオンをも連れ去って消えた事にすればそれをモースにイオンに差し向ける追っ手の全てが徒労に終わるって事をさりげなく進言すんじゃないかなーとね、考えてもみたりしたワケよ。「追い詰めたトコで接近に気づかれたら逃げられるのがオチだから被験者イオンは二度と捕まらないつまりもはや打つ手とかない」って腐ってもラスボスなんだからまあわかるだろうよ。それでもなんか捜してはいるみたいだけどねーえ、誰を?って誰だろうねー。でも一人でもこうして無駄なんだから二人に増えたらうわ面倒クセーって放棄すれば良いと思うよー。そんな思考回路。そして願望。
…いやだって、私がこの姿を取る限り見つかりっこないんだし。

――と幾つか理屈をこねてみた私ですが。
しかし考えてもみたら私がイオンについてったトコでまさかイオンを抱っこして空飛ぶ訳にはいかんし(イオンにバレる云々の前にくせもの!とか認定されてのち、撃ち落とされる)。

杖でニケツとかここアビスがエルフアリの世界なら話は別だけどいないからどこの魔法使いってツッコむしかないし(とゆか杖が手許にない)。

かといって陸よりは人目につきにくい海を人魚フォルム(下半身だけ衣装チェンジ的な)でイオン抱えて行くとか勿論論外だし。

ならここはもうイオンおぶって人間が追いつけない速さで走り続けるとかこれはこの世界風に例えるに縦長なバチカル並のプライドなイオンが嫌がりそうだし(フルマラソンもメじゃない自分が鬱)。

…要するに正直言って私護衛くらいしか役割がない。つまり意外に役立たない事実にぶち当たった。
…あ、自分で言ったコトだけどなんか悲しいな。

結局のところ普通の手しか残されないただの人間でいるしかないそうでいたい私に、とりあえずの楽土まで平坦なまま送り届けられそうにはなかったのである。
仮に私がついていったとしたら勿論バレないように逃げただろうけれども、しかし見つかったら最後。ダアトを離れる初っぱなから追っ手と戦いながら逃げ惑うハメになりそうだ。
私はまだしも本調子じゃないイオンにそれはいくら何でも酷というものだろう。

だからそれなら初めから秘境へぶっ飛ばして追っ手もクソもなくある程度ダアトから一気に遠ざかる事の出来る、さながら目的地へボタン一つで飛べるジーエイエムイーのよう…ってのは流石にムリでも数十日あればオールドラント一周も夢じゃないんじゃね?ってなリアル飛行機、魔物の足を借りられるアリエッタに私は託すべきだと考えたのだ。

因みにアリエッタはここへ来る途中イオンには適当な場所に隠れといてもらってこれまた大急ぎで修練場で確保した(波動感知併用)。
近くに何でだか総長が突っ立ってたけど勿論見なかった事にした。

そもそも前以て上に申請書を提出しておくのならまだしも尤もらしい理由もなしに突然の長期休暇を取れる程ローレライ教団や神託の盾騎士団は甘くない。…ていうか、繰り返すようだけどぶっちゃけ単に私に回される仕事の量(山)的に許されないってだけなんだけどな。

だって休暇がどうって言うならアリエッタも然りだもんな。最近の彼女の様子を聞くに導師守護役としての訓練以外そこそこ忙しくはしてるらしいがそれでも「目が死んじゃうナマエママ程じゃないと思うから、大丈夫…」らしいし。…そういやいつだったかもそんなちょい忙しい的な話を聞いた気がするワケだが。そしてそこそこがメッチャ気になるトコだったがひとまず置いておこうちょっとロクでもない気がするので。あと目が死んじゃうてさりげなく見てらっしゃいますねアリエッタさん。


「イオン、忘れ物ない?今なら病室でも私室からでも取ってこられるけど…」

「僕を何だと思ってるのナマエ、子供扱いしないでよね。…最低限のモノはたとえ急いでたからって部屋を脱け出す時にちゃんと持ってきたさ」

「それならいいんだけどでもね、確かに導師ってだけあって大人びてる事はよーく知ってるけど12歳って言ったらまだ子供だからね。お子様ランチだって許されちゃう最後の歳でもあるんだから」

「お子さ…?何ソレ」

「あ、いや、何でもないデス」


…ていうかあまりの頭脳で忘れがちだけど今言った通りイオンアナタまだ12歳だからね。一人旅にはちょい早いからね。お母さん(もどき)そんなの許さないからね物語じゃあるまいし。何でかわゆいカワユイイオンに獅子の子落としせにゃならんのか。器なんか試さんでも知っとるわ。
でもダメ。


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