深淵 | ナノ


逃亡を願った私と諾ったイオン。
荷物は一気になんて勿論無理だから今は薬に衣食住に困らないよう軍人で助かったというべきか私も常備してたレーションを押しつける等して急遽揃えた必要最低限、あとは折を見て順次私がイオンの許へと送る寸法だ。

私達の考えていた――正確には私はあらかじめ、イオンはこの逃亡劇が始まってから丁度いいと思いついたと言う――隠れ家は同じだった。
ここダアトのあるパダミヤ大陸から遠く離れた身を隠すのには絶好のともすると人里離れたとまで言えるとっぱずれの地。空間移動術を用いでもしない限り私のアホみたいな足でも辿り着くのに一体何日かかるのやらとマジな意味で遠い目をするしかない最果ての地。


「短い休暇の中で馬車や船じゃアレだし…」

「何か言った?ナマエ」

「ううん、何でもないよ」


それでもそうした反則技を駆使してでも私は会いにゆくんだけどねとわかりきった未来を想う。
出来ればそう遠くないものであってほしい。


「…じゃあ、いいこだから…凄く遠いけど、そこまでアリエッタとイオン様を、運んでね」


これからそこまで足となってくれる旅路の長さによる過酷さを考慮してだろうアリエッタのお友達の中でもまず捕まらない空を通り道に出来、且つ一等体力と速さのある一言で言えば選ばれたフレスベルグ君(オス)。
彼の逞しい羽根を優しい手つきで撫でるつい先程まで「イオン様、どうしてアリエッタに教えてくれなかった…です…?」と桃色に沢山の涙を溜めて詰め寄ってたアリエッタも、今はこうして落ち着いている。

言わずもがな私も同じ顔と同じ態度を向けられる事と相成った訳だが全くもって反論の余地なしの同罪であるため、イオンとともに平身低頭心から謝り続けるのと同時に責められるがままになっていた。
私はまだしもイオンの裏の顔を知る人物が仮にも小さな女の子アリエッタにぐうの音も出ないそんなイオンの図を見ていたら爆笑したに違いなかったが生憎この場にそんな猛者は存在しなかった。だって今ここ三人しかいないし。いたらそれはそれで問題だし。
因みにその他にいない訳ではなかったが残念ながらそのお方は人間ではなかった(フレスベルグ君)。

重要事項その二。
つまるところ、私達というのはイオンの他にアリエッタも含まれていた。
……つまるところ、イオンはアリエッタに総てを明かしたのである。

アリエッタに話すよう押してダメならいっそ引いてもみたりと、私言い換えてのアホなりにけっこう頑張ってはみたものの何を言っても「完治してから」と暖簾に腕押しだと思われたイオン。けれども暫く押し問答を続けた時だった――「もし自分が同じ事されたらヤじゃね?」と何気なく呟いた一言がどういう訳か心境の変化か、絶大な効果を誇った。そしてこれが切り札となった。

ていうかソレ、子育ての基本っていう分別のない小さい子をたしなめる常套句な訳で。多分私のなけなしの常識として耳に残りでもしてたんだろうから使いどころという名の状況が合ってたがために大して意識もしないままにポロンと口から転がり落ちただけだったのに。まさに拍子抜け、なんかHPらへんを一気に削られた気がしてならなかった。てか確実に。私の数時間前の必死さを返せよチクショー。
そして、結論。

アリエッタに全部バレました。

…いやまあここでのバレたは繰り返すようだけどイオン関連の諸々のみを指すのであって、私の何らかまでもが敢えなくそうなった訳ではなく……人間捨てたヤバめの設定とかここでのそれ、マイポジションも実は中々にヤバイとか。

つか、バレたー言うよりバラしたんだからアリエッタがグルになったのは勿論の事なんだけど、そこでダアトから遠く離れるイオンに当然ついていきたがったアリエッタ…かと思いきや。
嬉しい事に私はあらかじめイオンにもアリエッタにも母の事があるからダアトから離れる意志のない事を伝えてあったから二者択一を迫られた彼女は私のいる、というか残るダアトに留まるか迷ってくれたのである。多分、里人になってしまう私に寂しさを感じてくれた事に加えて、前に私が大怪我した事への心配もあるのだろう。アニスへの剥き出しの敵意等嫌いな子に対しての例外はあれど、基本的には優しい子だ。

そこで私はもう一押し最低な言い方をするなら一計を案じ“ようとし”た。
アリエッタが私の、癒しの意味もないとは言わないけれどもそれよりもイオンだけでも大分ズレが起こってきているのはわかっていたから。だから、これ以上の齟齬をきたせばどうなるか考えたくなくてもし逸れかけているなら本流に押し戻すべく、ひいては私の精神衛生にも繋がる汚い行動に出…ようとする前にイオンがとある言葉、柔らかく言えばお願い、厳しく言うなら命令をしたのである。

結局未然に終わった私の謀だが因みに私はこう出るつもりだった。「アリエッタ、行かないで」と。…つまり、取り縋るつもりだった。アリエッタを私の手からというよりは、ここダアト、神託の盾騎士団から放さないために。
いつか『六神将』になってもらうために。

だから、いずれにしてもアリエッタはそう日を置かずしてダアトに戻る。
だから、……このまま行けばアリエッタは流れから、


「いい?アリエッタ。再三言うようだけど…」

「はい…イオン様。“あっち”のイオン様がイオン様じゃないってアリエッタが知ってる事、イオン様とナマエママ以外に絶対にバレないようにする事、誰かに何かを訊かれても知ら…知らぬ存ぜ、ぬ?…です?ナマエママ…」


ダアトにいるという意味では、逸れない。

……けれども、うん、それ以外は中々大変なコトになったと思う。なんだこの会話。
イオンが既に釘を刺しアリエッタもきちんと彼の言いつけを守る事何よりそれは大好きなひとの命を守る事にも繋がるそれを表明しようとして、だけども彼女には難しい言い回しだったのか自信なさげに私に確認を取りながら言いさした『知らぬ存ぜぬを通す事』。
そう、こんな会話が成立している時点でもう手遅れだった。

こうなるようイオンに苦言を呈し仕向けたのは私だけど。


「そう、それで合ってるよ…アリエッタ…」

「ナマエママ…」

「!あ……ごめん。そうだよね、アリエッタだって辛いの我慢してるんだもん、私が落ち込んでちゃダメだよね」

「っ…そんな、の!イオン様がいなくなるんだもん、アリエッタより長く一緒にいたナマエママが悲しくない訳…ううん、アリエッタよりずっと、ずっと…悲しいに決まってる…です…」

「…ありがとう」


アリエッタが悲しくない筈がない。
それなのに、彼女にはまだ一仕事残っているからかイオンを説得し終えもうやる事と言ったらさよならを告げるくらいしか残ってない私より随分と気丈だ。ああこれが子の成長ってやつだろかなんて現実逃避する元気もない。
おかげでいくらそうして成長したとはいえ魔物社会に生きてきたアリエッタの最も苦手とする『人間らしく振る舞うここでだと人間らしい感情を操ってみせる』。他人を慮れなければまず無理な私の気持ちを最大限汲んでくれたとしか思えない励ましまでくれるという始末。見た目でもたとえ歳行ってたとしても絶対に知られる事のない奈落よりも遠いような年下の子に慰められる私は何なんだホント。
実質ここにいる誰よりも年長なのに。人間の寿命を遙かにぶち抜いた。


「あとアリエッタ、ナマエは守られるようなタマじゃまず…ていうか絶対にないワケだけど。でもナマエの事、よろしく頼んだよ。特にヴァンやモース、ああ六神将も微妙かな――ソイツらの言葉は勿論齎される情報もまず疑ってかかった方がいい。けして、鵜呑みにしないように」

「はい、イオン様…!アリエッタ頑張る…あと、気をつける…です!」

「オーイ気持ちはありがたいけどイオンオメ、今までそんな風に私の事思ってたのかゴラ」

「だって結局今まで一度も修行で勝てなかったからね、僕より強いんだからか弱いなんて認めないよ」

「…」


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