(突発)短編 | ナノ


『キメツ?での彼女』


ここは、どこだろう。
確かあの糞野郎と戦っていて、それで――。


『あっ、今お腹蹴ったわよー』

『ほんと!?おかあさん、わたしもさわりたい!わたしのてもけってくれないかなあ?』


ここはアイツの体内かもしれない。
そう思って思いきり蹴飛ばしたけれど、聞こえてきたのはおよそ死闘とは程遠いもの。先刻の殺伐としていた私達からすれば、気の抜けてしまうようなあたたかな会話。幸せな会話。
幸せな親子。

いいなあ。
私もずっとそうでありたかった。


『名前、あかちゃんおかあさんのおなかけったって!名前もいっしょにさわろ?』

『えっ本当?カナエ』


息を飲む程に驚いた。
その揺れが伝わったのか、また楽しそうな声が聞こえる。

そういえば、覚えているのより幾分か高いけれど、この声……。やけに響いて聞こえる女性の声も、そういえば聞き覚えがある。
この分厚い壁を隔てた向こうに、二人はいるというの?

でも、そこには既にもう一人子供がいるのよね?
知らない名前と声がひとつ。


『まだ4ヶ月入ったばっかだよね…動くの早くない?』

『赤ちゃんがいつ頃から動くか知ってるの?名前は物知りねえ』

『えっ!いや、ハハ…』


知らない子供の誤魔化すような乾いた笑い、それに覚えのある二つの声がクスクス笑う。
まさか、私と姉さんの他にもう一人子供がいるという事なのか。

――いいえ、それでも関係ない。
たとえ一人知らない子がいたとしても、カナエ姉さん、それにお母さん。二人に再び会えるのなら何だっていい。
今はいないようだけど、お父さんももしいるなら会いたいな。

カナヲの事は気がかりだけど……。
でも、ここにいないという事は、きっと彼女は上手くやれたという事でしょうから。

だからお願い。
今から私もそっちに行くから、カナエ姉さん、お母さん、お父さん。もうどこにも行かないで。少しでいいの、ほんの少しだけでいいから待っていて。私を一人にしないで。
もう一人は嫌なの。

神様。
もしいるのなら、最期くらい私の願いを聞いてくれませんか?


***


『おとこのこかなあ、それともおんなのこ?』

『楽しみねえ』

『んー……女の子じゃない?』


ドキリとした。この子供は、時折鋭い事を言う。
まるで初めから知っていたみたいに。

この子だけは、胡蝶家の事を知らないはずなのに。

あの後、私はすぐに大暴れしたけど出られなかった。
それもそのはず。私はあの鬼に吸収……閉じ込められたのではなく、いえ吸収されたのは事実なのだけれど、再び目覚めた時には胎児に――そう、殺されたはずのお母さんの元に、再び赤ん坊として生まれ変わっていたのだ。
新たな家族の元に、新たな生を受けて。

そうは言っても、もう一人の姉になるのだろう“名前姉さん”以外は、私にとって以前と変わらない家族なのだけれど。

あれから数ヶ月。この母娘達、もとい新たな私の家族である胡蝶家のやりとりを聞いているけれど、どうも私はアイツにやられた後、天国だとか地獄だとかそういった次元を通り越し、ここにいるらしかった。
いわゆる輪廻転生とかいうやつだ。まさか本当に起こるとは……それも自分の身に。

性別だけど、これに関しては実際生まれてみないとわからないけれど。でも、あれから数ヶ月が経って大分体つきもはっきりしてきたから、恐らく名前姉さんの言う通りになるんだろう。
だってついてないもの。

名前姉さんは面白い人だ。どうやらカナエ姉さんとは違う意味で頭の中がふわふわしているようだけれど、たまにこちらがドキリとするような事を言う。
今みたいに。

会話からして姉さんも――これじゃあ名前姉さんもいてややこしいからこれからは必ず名前をつけた方が良さそうね――カナエ姉さんも、お母さんも、以前の事は私と違い何も覚えていないようだった。それなのに、あの世界にいなかったはずの名前姉さんだけが、色々な事において当たっている事を言う。
性別だったり、名前だったり。

私の名を何にするか話題になった時、「しのぶとかどう?」と真っ先に案を出したのもこの子だった。
理由を問われた本人は、しっかり間を空けた後『男でも女でもいけそうな名前を考えたらコレだった』そうだけど。男……まあ、確かにそうかもしれないけど。全く、もう。

その名を耳にしても、カナエ姉さんもお母さんも何かに気づいたそぶりは見せなかった。むしろそわそわしているのは、何も知らないはずの名前姉さんだけ。ここは真暗だが音だけでもけっこうな事がわかる。
とはいえ前世、命がけで鍛えた賜物はどこかに行ってしまったけれど。これは生まれ変わっている以上仕方がない。

私も生まれたら、この記憶全てが消えて無くなるのだろうか。

本当にこのまま行ってカナエ姉さん達に会えるのなら、それでもいいけれど。


***


生まれる日を聞いていた。流石にそこまでは、前世と日時は違ったけれど、私はその日を待ちきれず、でも何かあったら事だから、その日になったらしい事の確認が取れると、その瞬間に再び行動を起こした。

思いきり暴れた。あの頃より更に弱い力だけど、事が起きるには事足りる。

やがて母胎にいた頃より確かに聞こえてきた複数の声に、誕生による本能と違う意味でも涙が零れた。


「(ああ……カナエ姉さん、お母さん、お父さん……)っ、うあああんっ」

「生まれましたよ胡蝶さん!元気な女の子です!」

「やった、やった…!流石、僕の奥さんだ!」

「わあ、うまれた、うまれたっ!わたしのいもうと!ふたりめ!」

「はあ、はあ…。ふふ、こんにちは、しのぶちゃん」

「ホントにしのぶになっちゃったよ。……やっべ」


ちょっと名前姉さん、聞こえてるわよ。やっべ、って……どういう意味でやばいなのよ。
適当に言った名前になってしまった事?

それとも……やっぱり、当たってしまった事?

……なんてね。名前姉さんはあの場にいなかったのだから、こんな事考えるだけ無駄なんでしょうけどね。
すごい偶然だとは思うけど。

それにしても、名前姉さん。前からちょくちょく思っていたけれど、名前姉さんの言葉遣いって何だか男の子みたいよ。生まれたばかりでまだよく見えないから何とも言えないけれど、せっかくの顔が台無しなんじゃないかしら。だってカナエ姉さんと『そっくり』なんでしょう?お腹の中で聞いていて知ってるんだから。
まあ、“今の”世では、割と普通みたいだけど。むしろマシな方かもしれないよね。道行く人や、てれびやらじおとやらから聞こえた女の子の声で学んだからわかる。ぎゃると呼ばれる子達の言葉とか、ちょっと何を言っているかわからなかったもの。

某月某日。
私、二度目の胡蝶しのぶは、カナエ姉さんとお母さん、そしてこちらも変わらなかったお父さんと再会と相成ったのだった。


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