『友人ならこれが誰かわかったのだろうか』 飛ばされた異世界の舞台が普通に日本だなんてある意味ついてないんじゃないかと思う。いや、それだと異世界とは言わないのか。 ファンタジーならば、勝手な想像だが、戸籍とか適当でも良さそうだし(違ったらごめん)、その辺を徘徊してもお巡りさんに突き出されないだろうに(違ったら…)。 かれこれここに来て1時間は経っただろうか。気づけば知らない住宅街の中にひとり。今が夏だったならいつの頃からかしきりに騒がれるようになった熱中症となり、最悪命の危機かもしれない。体が小さいから余計に。そしてそれは、単純に生まれつき背が低いからという意味ではない。 これでもれっきとした大人だったのだ。――そう、1時間前までは。 これは、いわゆる退行……というものなのだろうか。そういう意味では子供特典という事で警察直葬(変換はあえてのコレである)は免れられるのか。いや、不審者の疑いはセーフでも逆に迷子として送られるかもしれない(いや待て、どうしよう)。 「(表札があんな所に)」 視点が随分低いから幼児辺りだろうか、かなり若返っているようだ。(こういう現象、何て言うんだっけ…名探偵コナン?違うか…)。 声も一瞬別人かと思ったくらい高く、触れた髪は子供特有に柔らかい。ついでに太陽との付き合いが短かった頃だからか肌がきれい。あと白い。 車に驚いた記憶はないから死んだわけではないだろう。つまり生まれ変わったり、はたまた誰かに乗り移っているのではない、……と思う。 そして重要なのが、そんな元大人な私は先程仕事から帰ってきた所だったのだ。つまり家のどこかにいた。それが気づけば外それも知らない場所。何のイジメだろうかと思う。靴ははいていたのがせめてもの救いか。爪先に乗った大きなリボンが可愛い。私の小さい頃にはこういったファンシーな物はあまりはいてなかったけど。その頃から趣味が枯れていたから。 友達に漫画好きな子もいた私は今の状態がどういったモノか気づく事は出来たけれど、それだけだった。ここから先どうしたらいいのかまるでわからない。確かそういったものの行き先といえばファンタジーものが大半ではなかったか。いや、それはそれで困るのだけれども。 …こんな事なら友達のオススメに少しは耳を傾けておけば良かったかもしれない。いや、偏見ではなく単に時間がなかったからなのだが。 (少しはヒントが転がってたかもしれないのに)。 (アニメといえばもっぱらヅブリやディズ二ーだった私)。 「随分進んだんだね、日本…車も見た事ないようなのが止まってるし…これとかもう燃料ガソリンじゃないんだろうな」 異世界(と呼んでいいのかわからない)だと気づいた理由、ニつ目。一つ目は家にいたはずの私が外にいた時点で終わっている。 ただの住宅街なら良かったのだ。それが、私の知る日本より進んだといえば良いのか、町並が全体的に見慣れないデザインに変わっていた事。 ついでに言えば家々の庭に止められている車も随分と様変わりしており、中にはともすると車に見えないような物まであった。 見上げた先には、よくわからない小型の機械が飛んでゆくのも見えた。 少し歩いた先にいた高校生くらいの女の子は、私の知るスマートフォンとは大分違う形状のものをいじっていた。誰かと話していたから電話的な何かではあるのだろうが……空中に画面が浮いて出たりしていた。あんなのCGの世界だけだと思っていたのに、ついに実現してしまったのか。 それらからわかる事。 私は来てしまったのだ。 ――恐らくの、未来に。 町に見覚えなんてあるわけがなかったのだ。あってもこんなに様変わりされていてはわかろうはずもなかった。 一応近くの電柱に貼られた住所を見てみたが、聞いた事のない地名だった。 「こんにちは名前ちゃん」 三つ目。――これは正確には異世界うんぬんとは少し、違うのだけれど。 それが、冒頭のミニマム化だった。 私の本当の身長はさておき、しかし先程すれ違った大型犬の顔があんなに近いわけがなかったから。つまりの目の前。先程まではどんなに大きな子でも私の腰下辺りに頭があったはずだ。吠えられる距離がいつもより近く――正確に言えば戻ったという事になるのだろうけれど、しばらく大きな犬種には近づきたくないと思った。あとちょっと凹んだ。何もしてないのだがあんまりにも吠えてきたから。子供が苦手な犬だったのだろうか。 すれ違ったといえば、今目の前にいるお姉さんだ。彼女は私を知っているらしいが、私の方は言わずもがなだろう。 しかし彼女が指す記号は紛れもなく私の物。 「……こんにちは」 思わず間が空いてしまったけれど、お姉さんはこれといって気にした風もなく、「今日もほんとに可愛いわねえ」なんて笑いながら去っていった。 挨拶がたどたどしくてもそれが普通。今の私はそのくらいの年齢という事だろうか。予想は当たっているらしい。 というか、可愛いって……何? 私は、残念ながら誇れるような美人ではない。むしろ――。 小さくなろうがそこは変化しないのが現実だ。 「っ、すみません!」 「あら名前ちゃん、どうしたの?」 とはいえ、貴重な私を知っている人に出会ったのは僥倖だ。ただでさえ不運(というには生温い)続きなのだ。 私はこの人を案内役に最終的に自宅らしき家へと辿り着く事が出来た。出会った時、お姉さんの態度は普通であった。という事は、この辺りにいてもおかしくない子…要するに自宅とやらはスタート地点と目と鼻の先だったわけだが、お姉さんは何ら不思議がるでもなく親切に私を送り届けてくれたのだった。普通なら「こんなに近いのに迷子…?」と怪訝な顔をされていたに違いない。 ここだけは小さい事が幸いした。 *** さて案内された家の表札からして私の苗字と相違ない事は判明した。 ――と、言いたい所なのだが。 「お姉さん、間違えてないよね…?」 自分の苗字を忘れるわけがない。下の名前は覚えているのだから。 けれど、 「……そんな、ばかな」 思い出そうとして、出来なかったのだ。 幼児らしくもなく、何十分も頭を抱えて唸って粘って、結局わかったのは、忘れたという事実と、『名前』という名前にこの苗字は違う、何か上手く説明出来ないのだけれどもとにかく違う、そんな得体の知れない違和感だけだった。 けれどもその苗字が間違っていない事は、好奇心で叩いてみた扉により証明された(インターフォンは届かなかった)。 「あら名前、おかえりなさい」 *** 口上からして“私”は遊びにでも出ていた事になっていたらしい。つまり日はまだ高かったから父親らしき人間はおらず、今は先程この家から出てきた母親らしき人物、そして弟がこの家には居るようだ。 ……私、弟いたっけ?駄目だこれも思い出せない。 そんな調子である。当然、両親がこんな顔だったのかも覚えていない。家族写真が飾られていたため父も確認出来たのだ。 そして父母どちらの祖父母も記憶にない。 ただ、誰も私の顔には似ていなかったから、多分違うのだろうとは思う。先程から一人もくもくと仕事をしている違和感だけは相変わらずだったから、まあそういう事だろう。 しかしおやつの時間だからと座らせられた机の脇にあった鏡を見た瞬間、違和感も、むしろ異世界に来てしまったという絶望さえも、この時ばかりは吹き飛んだ。 「誰!?」 「名前何言ってるの!?」 出されたココアが気管に入った。 日本人、いや、人間ではありえない、紺色のつややかな髪。切れ長の額に守られた中心で輝くのは、同じくありえない、髪と同じ紺と金の入った独特の色合いのせいで、女の私でも見つめられたらドキドキしちゃいそうな瞳。そして、極め付きはその顔の極上さ。 自分?で言うのも何だが、よく今まで誘拐されずに済んで……などと、ちょっといけない事を思ってしまった。 口許をぬぐう、そんなしまらない動作をしていても尚美しい女の子が、此方を見返していたのだった。 三日月――そう、表札にあった苗字だ――名前ちゃん。 生まれ変わりや乗り移ったのではないと思ったのに、 貴女は《私は》一体何者ですか? |