『あれ?これって……、』 ※7でしか通用しないかもしれない話 今だ、と思った。 「朱然だって、あの髪飾りってか耳飾りってーの?いつも思ってたんだけど、あれカッコいいよね。よく似合ってる」 背中を預けたいと思っても火の傍に連れていくとどうにも死にそうな顔をする名前をそれならば、と思いきって市井に誘ってみたのが数日前。鍛練中だったらしく休憩していた名前に今ならいいかと声をかけ雑談している内に、話は自然とその時の話題へと移っていた。そういう店も見て回ったからだ。そして今の俺は名前と違い普段着だったから、名前は今は左耳にないそれに目が行った訳である。 だけど「やっぱこういうのはカワイイ女の子が付けるべきだよねえ」なんて、よくわからないというか、自分は全くその一部ではないと思っているらしい名前は冷やかすだけで終わってしまっていた。確かに名前は動きやすさを取るのかそういった物を身につけているのは戦では勿論、普段ですら見た事がない。 そんな事。思った事はすぐ口に出てしまう自分なのに、こればっかりは言えなかった。 だけど折角ここまで来たのだからと、名前の目を盗んで行動にだけは移していた。そんなのやってみなきゃわからないだろ、と。 しかしながら、俺は未だにきっかけを掴めずにいた。 けれど。 「名前、ちょっと手、前に出してみろよ」 「ん?こう?」 「…いや、掌は上で」 それじゃ落ちる。 不思議そうに利き腕を、しかしこの後何が起こるか知る由のない名前は手を爪でも見せるかのように本当にただ前に出してきただけだったため、何気ない風を装いつつもやっぱり緊張なんかしてぼそぼそと言う。 ……ちゃんと、乗るように。 「、これ…」 ハッとして俺と己の掌、正しくは俺が渡した女物――花飾りを交互に見やる名前。多分どこで買ったかわかった筈だ。 本当は付けてやりたい気もしないでもなかったけれど、生憎自分のは出来ても女物でも上手くいくとは限らないし、何よりいきなりそこまでしたら嫌がられるかもしれない。…本末転倒にも程がある。 手合わせに誘った事は何回かあったけれどそれだけで、 「う、わあ…綺麗…」 名前は恐らく、何にも気づいていないから。 今だって、ここまでしたら余程鈍感かずれてでもいない限り自分にと気づきそうなものだが、しかしいずれであったとしても、俺からしてみれば細工に負けないくらいきらきらした目をして見とれているだけ、 「お前、見てるばっかで全然買おうとしないんだもんな。だからそれ、やるよ」 「いいの!?ヒエエ、こんっな高そうなの…なんかめちゃくちゃキラキラしてるし…」 自分宛とわかったところで、しげしげと程よい重さのそれを目の前で翳しながら「なんの花かなあ…私バラくらいだもんな、まあまあ種類知ってんの…あはは」とか呟きながら頬をかいているだけなのだから。そしてそこは赤くなるでも何でもない。 何故俺が名前へなのか、その意味まではまるで気づいていないと雄弁に語る何よりもの証拠だった。 「…でも、ありがとう朱然……大事にする」 だけど今はそれでいいんだ。俺はこれを贈った時の名前を見たかっただけ。喜んでほしかっただけだ。 (…言って駄目だったら本気でその時は灰になりそうだし、俺)。 そして名前は笑っている。普段へらへらして何考えているんだか妙な笑い方をしている事の多い名前だけど、こうやって笑う姿はただひたすらに嬉しそうなだけで普通の子と変わらない。むしろ笑ったり泣いたり、よくわからないが悶絶していたり、そして戦ではちきん?だとかで及び腰な割に本気になった時の目はそれこそ火のように真っ赤で(何故か火の傍でもないのに本当にそう見えた事があった)、ああ、ああいう目も悪くないよな…なんて思ったりして…って俺何恥ずかしい事言ってるんだ!? あー…とにかく、ころころ変わる表情は女官とか、おしとやかな女の子の多いこの世の中では些か、勿論ここではいい意味なのだが目立つ訳で。少なくとも俺の目にはそう映った。 まさか俺が火をつけられる側に回るとは、夢にも思わなかったけれど…。 ……だからこそ、そりゃ勿論、気づいて且つ意識してくれれば言う事なしなんだけどな。 だからとりあえずは明るい方に考えよう。良い事を聞いた。次はそのばらとやらを贈ってみようか。柄じゃない事なんて現時点で既に犯している。気にしていても仕方ない。だけどばらってどんな花だ? そしてここで細工よりもずっとお前の目の方が…笑顔だってその、花なんかよりも…、等と言えない自分はけして涙目になどなっていない。 「…てゆか朱然、なんか買わせたみたいでゴメンネ…。あの、お礼はいつか絶対するか…」 「何言ってんだよ、俺が勝手にした事なんだから名前は受け取るだけで良いんだって」 名前は男の俺に飾りが似合うと言う。だけど、名前だって付けてみればきっと似合う筈だ。店先で一目これを見てそう思った。 その存在を邪魔しないように、しかし引き立てるために全ての位置を計算しつくされたかのような玉(ぎょく)が方々に落とされた、金属で出来た花。 孫呉に相応しい、紅蓮をその身に宿したかのような紅の花。何より笑顔の多い名前に、と。 白い玉はさながら雪のようで、俺とは対照的に氷雪の技が得意らしい名前を思わず連想したものだ。 「これ…」 「…もしかして、こういうのあんま好きじゃなかったか?」 「や、違う違う!そうじゃなくて…」 「あれだ、呉の象徴みたいだろ?だからこれからも同じ呉としてお互い頑張ろうぜ!」なんて、最後に付け加えていきなりの贈り物に不自然さが滲まないようにして、笑顔も見れた事だし今回はこれで終わり―― だった筈、なんだけど。 「ジャーン!朱然とお揃いー!なんて…」 「…へ?」 ポカンとした俺にしまったという顔をした名前はすべったと思ったらしい。意図に気づいた俺は慌てて言った。 「…あ、ああ!位置が、って事か」 左耳の上に付ける真似をする名前を見てそう合点が行ったんだけれども。 「…ん?まあ、それもそうなんだけど……紅い、から」 「え?…ああ、」 俺達呉の色だって、名前も言いたいんだろうなとそう思った、のに。 「だってこれ、朱然と同じ色でしょう?烈火の赤、まさに火!ってね」 ……名前じゃなくて、俺の顔が熱くなったのは言うまでもない。 しかし「そう取ったか…!」なんて、普段の自分思い出してみろよそう思われて当然だろ!って少し考えればわかるだろう迂闊さ盲点さに、頭を抱える暇はなかった。 「え、…え?あっあの、朱然…?」 俺のその顔を見た名前の顔が今度はみるみると、それこそ花飾りに負けないくらい……。 ……あ、あれ? |