(突発)短編 | ナノ


『●さんちのイーブイさん』


「名前! この時間はココが来るって前から何度も――」


イヌピーだ。まさかの。
名前の後ろから足取り荒く近づいてくる。

……今のオレ達は敵同士だ。幸いイヌピーの他には誰もいないようだが……今のオレは関東卍會(トーマン)にいるんだ、いつか必ずぶつかるだろうがそれは今じゃない。
大体ここは仮にも墓場いや道徳なんざとっくの昔に捨てたけどそんなことよりここには赤音さんがいるんだそしてどこからどー見ても争いは言うまでもなく今時髪の一つも染めてねぇピアスも勿論見当たらねぇつまりは不良のふの字も知らなそうな名前もいて――、

イヌピーと目が合った。

瞬間限界まで見開かれた普段はなんとなく眠そうな目をしている(気がする)イヌピーの真意はオレには生憎とわからなかった。

ただ、先の一喝からしてこの従姉妹をオレに会わせたくなかったのだという事だけはわかった。


「イヌピー……」

「ハァーーーー」


めちゃくちゃデケェため息つかれた。こんなイヌピーレアじゃね? つか初めて? 見れた新しい一面に今の立場も忘れて一瞬浮かれたオレはやっぱり一生赤音さんが好きなのだと思った。いや弟だけど何せこの顔だから。

とか何とか思っていたらため息の矛先はオレではなくいつの間にかオレを盾にしてる名前の方だった。気づかなかった。忘れ物の配達をさせられんのはしょっちゅうなのかイヌピーから押しつけられるようにして受け取ったオレですら少しはやったことがあるあの有名すぎるゲームの柄(一面の多分一番知られてる黄色いやつ)の傘を差してたのは視界に入って知ってたけど。
そういや名前、気配が出会った頃より希薄なような……もしかして戦い慣れしてる? いやまさか。
ただ、いつからかは明白だった。

つまりはイヌピーの登場からで――実の従兄弟より出会ったばかりのオレを取るとはどんだけイヌピーは普段から名前に説教をかましてるのか。

しかも原因はオレっぽいのに。


「おい名前。会っちまったからもう仕方ねぇがあれ程言っておいただろココは絶ッ対ェ赤音に会うのはやめねぇんだからせめて時間はずらせって。しかも入れなくていいって言ったカラコンもまた入れやがって別にオレに親父おふくろもオマエがどんな色の目や髪で墓参りに来ようが気にしねーし大体赤音は逆に褒めてただろ。ケンカはアホみてぇに強ぇのに目に異物入れんのクッッッソ苦手なくせに」


……なんか不良要素聞こえた。なんだケンカって。カラコンも、頭髪がどうだピアスがどうだと言ったそばから……先程からどうやら折り目正しいのはわかる名前からは想像しづらすぎる。いやこれは偏見か……?
そしてイヌピー曰く名前の瞳は疎か髪も本来の色ではないらしい。

というか、こんな元気なイヌピーも初めて見たような……。


「ご、ごめんね青くん。借りてた本の返却日が迫ってたのすっかり忘れてて。それで近くまで来たから、つい」

「黒奈さんが図書館だっつーから行ってみたけどいねぇし、まさかと思って来たら……」

「、」


聞き覚えはないはずなのにハッとした名前。
――色が入っている。


「オマエこないだもオレに因縁つけてたヤツらに絡まれてただろいい加減自覚してくれその顔の持つ意味」


昔聞いたことのある乾姉弟の親御さんの名前は、確か……、


「青くんが気に入らない男の子達まるごとぶちのめしてきたからでしょ! だから私もマスク学校以外では基本するようにしたし……あっそうだ。あの人達なら全員熨斗つけて返しといたから大丈夫だよ!」

「確かになんか最近静かだなとは思ってたけどそういう問題じゃねーだろ……!」

「……イヌピー。色々訊きたいことはあるけどよ。例えば、昔聞いた親御さん……特におふくろさんの名前とか」

「あーもーめんどくせぇから言っとくけど、ココ! コイツ、乾名前。イトコ。歳は2コ下」

「あー……うん。従妹ってのはさっき名前から聞いた。オレが訊きたいのは、今オマエが言った『黒奈さん』と、そもそも名前について――なぁ、イヌピー。オマエなんかオレに隠してんだろ」

「……」


さっきまで勢いを得ていたイヌピーがぐっと押し黙った。

オレらの様子を見て見兼ねたのか口を開いたのは名前だった。


「青くん。はじ……九井君だけど、今でも定期的に赤音ちゃんに会いに来るくらいなんだもん別に知らせたって大丈夫じゃないかなぁ、むしろだからこそ逆になんとも思わないって。そう思わない?」


その声で普通の呼び方をされることに一瞬口を開きそうになったが、閉じた。
それでいいのだと思うから。


「名前、ココにどれだけ残酷なコトしようとしてんのかわかってんのか……?」

「だってもう無理だよ。私達は既に出会っちゃったんだから。――てなわけで、九井君」

「は、はい」


ガラにもなく緊張した。一体オレは何を明かされるのか。
「やだ九井君、今青くんも言ったけど私が年下だよ? タメ口で大丈夫だって」名前がマスクの下でおかしそうに笑ったのがわかったから生返事を返しておいたものの気を抜くと戻っちまいそうだ。何せ声が赤音さん。
性格は当たり前だろうけど大分違うのはわかったけど。何せケンカ。もしかして彼女もこんなナリして(清純そう)チームに……いやまさか。


「もう“コレ”は九井君の前では要らないよね。――まず質問の『黒奈さん』だけど、私のお母さんで、それで青くん達のお母さん……こっちはさっきの反応からして知ってるかもだけど、何と『白奈さん』と一卵性の双子です! でこれまたびっくりなことにお父さん同士も双子で。こっちは二卵性ね。
だからね私達が超似るのは必然というか何というか。イヤァ、縁は異なもの味なものとはよく言ったものだよね〜……って、九井君? おーい?」


答えは聞いてはいるものの殆どと言って良い程頭に入ってこなかった。
視界の端であのイヌピーが額を抑えて本気で頭抱えてそうなのが印象的だった。

揺らぐことは、ない。
けれどこれからのオレ、きっとイヌピーも、確実に何かが変わっていくだろうことをオレは本気で心配し始めた名前の声を遠くに聞きながらぼんやりと感じていた。





マスクの下の名前の顔は――顔も、赤音さんと同じだった。


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