(突発)短編 | ナノ


『オタクだが鬼滅を知らない主が並行世界の自分の大罪の責任を取らされている。』


不安もそこそこに自室への扉をそろりと開く。幸か不幸か、仕事の都合上先程も言ったが私はこの家で一人暮らしなのだ。
どこにでもあるアパート、その一角。

家族への説明の手間が省けたのは助かったと言えただろう。
けれども、


「ひっ…」


まさか、自分の部屋に血まみれの男の人が倒れてるとは思わないでしょ…!

(なんて人を連れてきてるんだ、どこかの私は!)


***


いやでも確かに言ってたよね彼。そんな感じの事。
瀕死がどうとか――


「は、早く、救急車!」


幸いまだ息はある。恐らくはたち前後といった感じの男の子。見た事もないような特徴的な髪型と服装が気にかかった。

けれど今考える事ではないため、何でか口内にたまる生唾を飲み込みながら、私は震える手で3ケタの番号を押した。


***


揺られる車内で私は自身に起きた変化について思った。

……嗅覚、だけじゃない。あんなに重かった身体が今は嘘のように軽いし、五感もおかしなくらい研ぎ澄まされていたのだ。おかげで聞いてはいけないと思うのに人様の会話が盗み聞き状態だった。あわただしい中どこで聞いたのかといえば、救急車が来るまでの間おとなりさんご近所さん方のものが私に筒抜けになってしまっていたのだ。かけていた眼鏡も急に視界に違和感を覚え、外してしまった。度の合わない、まるで人の眼鏡をかけている気分になったからだ。そして私的にいっとう驚いたのが、外しても辺りがクリアだった事。場違いにも少し感動してしまったのはここだけの話である。ゲーム漬けイラスト漬けというオタクの生態故に私も例にもれずかけて久しかったというのに。ありえない程に遠くの景色が見えるなど何年ぶりの事か。いや、そもそも幼い頃とてこんなに見えた事はあっただろうか。

――そして、救急隊員の人達も、人命優先、言葉にこそ出さなかったものの、じっと私の方を見ていたのだ。

それもそのはず。何も変化は黙っていれば隠せる類いのモノだけにとどまってくれる事はなかったからだ。何故なら彼の見た目が“そう”だったのだから。少し考えればわかる事だった。

救急車が来るまでにちらと見た家の鏡での私といえば、耳はよく漫画とかで見るキャラのように尖り、瞳も真紅とか深紅なんて表現がぴったりなほどに真っ赤だった。肌もいっそ顔色が悪く見える程に白くなっている。まるで漂白されたかのように。
…目とか、日本人ならではの色だったはずなんですがね…。詳しくはご想像にお任せになるんだけど、まあ茶目とか黒目とかそのへん。(という事にしておく)
耳は気合いで隠しちゃうけど。

確かに、コスプレも昔よりはメジャーになってきてはいる。
が、それとこれとは話が別である。
…おかげで説明には困らなかったけれど。

そういえば、この事についても彼は言っていた。 
これが私以外の私の要素が流れ込むという事なのだろう。

――私も『吸血鬼』の仲間入りを果たしたという事。

だから家での私は既におかしかったわけだ。嗅覚がまるで犬のように鋭くなっていた事から始まり、五感、そして今思えば自室でのあれは青年の流す血に反応していた。
だって最後のは食料だから。

そして現在、病院の廊下。


「失礼ですが、あなたは山田さんの…」

「えっと……友人、です」


廊下というのは男の子の手術室の目の前。
そこで先程されたやり取りがこれ。

せめて名前は教えておいて欲しかった…!と思った私は悪くないと思う。免許証とか保険証が彼から見つかれば話はたやすかったのだが、何故か彼の懐にはそういったモノが何一つ入っていなかった。

…いや、正確には多少それらしき物が発見されたはされていたのだ。しかしあの怪我である。身分証明書のようなものだったのかもしれないが、全身あえなくおびただしい一色に染まっており、一文字も解読できなかった。

そこで他に手がかりとなりそうなものなのだが……、

それが、彼が手にしていた、どうも日本刀っぽい一振りの刀、である。

――正確には、刀身は折れ、柄と……まるで、炎のような形をした鍔が残るのみの、それもかなり使い込まれた形跡のある――。
まさか、と思ったのは私だけではないはずだ。

しかし当然それだけで身元がわかるはずもなく、咄嗟に出せた名前があれだったのだ。しかも私も私で気が動転していたから尚の事ありふれたモノしか無理だった。

……ごめんなさい、山田太郎さん(仮名)


***


ずっとついているわけにもいかないから私はあの後一度帰宅する事にした。つまり私はまたここに来る。これが看病というやつだろうか。私の両親は普通に元気であるからして経験なんてまだあるわけがない。ないけれど、こうなっては逃げられないのだろうし、私のなけなしの良心も咎めた。
彼は今一人ぼっちなのだ。何があったかはわからないが、あんな大怪我までして。聞けば骨折どころか内臓に穴が開いた痕跡、左目には普通なら失明してもおかしくない程の傷跡があったという。
ただ、出血量は酷かったものの、今言った通りつまりは塞がりかけていたようで、先生方は首をかしげていた。

因みに、運悪く輸血用の血が足りず、私から採った。


「ううっ、私も輸血してほしい……」


献血とはここまでふらつくものなのかと思ったが、恐らくそれは私が吸血鬼になったからだろうと得たばかりの体質(?)だがすぐ思い直した。貧血に極端に弱いイメージ。

採り終わったから起き上がろうとした私が一瞬にして目を回し、寝かされていた寝台に再びバックする事になったのは笑える話だ。実際は私まで先生や看護師さんに心配される事となり全く笑えなかったが。
献血してすぐ輸血とか面白すぎない?してもらえるわけなかったけど。

そんなこんなで些か多めにいただいた栄養補給のためのドリンクやお菓子。タダでいただいていいのかという気分だが献血とはそういうものらしい。元気に帰ってもらわないと駄目なんだよ、とは先生の言である。
プラス、しばらく休ませてもらう事優に1時間以上。おかげさまで何とか立って歩けるくらいには回復はしたものの、このままではまたすぐに私は行動不能に陥るのだろう。だって当たり前だけど血なんてどうやって手に入れればいいの…?明日の光が見えない。

明日といえば、そういえば明日の仕事はもう無理かもしれない。そもそもしばらく無理なのだろう。いくら彼がすんなり入院できたからして私の手が今すぐ塞がるわけではなくなったにしても、私がまさかのこんな状態では。

そもそも、だ。
どうやら私は命の危機にあるみたいだし、もう仕事を天秤にかけている場合ではないのだろう。皿に乗せるもう一方はまさかの自分の命。流石にまだ人生を諦めたくはない。

――ああでも、流石吸血鬼って事なんだろう。何って、血液型とは無縁のようだったから。自然界の法則を完璧無視しちゃってる。だって、こうもあっさり他人に使えて助けてしまえるなんて。我が血ながら……と言ってもいかんせんそうなったばかりだからイマイチ実感がわかないけれど、でも少しばかり自分が恐ろしくなった。

…人体実験とかされたら有意義な事になりそうだよね、研究員の方達にとっては。こんな私だが今なら人類発展への貢献も夢ではないかもしれない。あんまり嬉しくない。

そして何故そんなまことに怪しい血の使用があっさり認められたのかといえば、病院の人達には一般に皆に提供できるO型に見えていたからだ。無駄に良くなってしまった耳が壁の向こうの看護師さん達の血に関してのやり取りを拾ったから間違いない。
まあ、血に関しては万能という事なのかもしれない。吸血鬼だし。

しかし輸血もだが、そもそも傷が塞がってなければ――その、諦めていたと医者は言っていた。こちらに連れてこようとするくらいだ、ただの想像だけど向こうの私が何かしたんじゃないだろうか。したんだろうな。でなければ穴が塞がるとかありえなくない……?

それとも吸血鬼がいるくらいだ、まさかの魔法使いとかもいる世界なのだろうか。…いや、それなら普通に置いてくるだろう。向こうでどうとでも出来るだろうから。治癒魔法とか。ならばやはり私(仮)が関わっているのでは。
血でも使ったか。

何故なら――そう、青年はもう既に回復に向かってると言うのだ。
そう遠くない未来に面会出来るという。
……これが吸血鬼の血の力でなくて何?

家にいた彼、もとい同胞の話をまとめると別世界の人間だという。

不安だろう。普通のOLに見えて(見えてるかは謎)(ほんとにOLかどうかも謎)(想像に…)夢女子でもある私はトリップものもよく読んでいたから、どれだけ心細いかはわかるつもりだ。知らない世界にただ一人。そして筋違いではあるが、元はといえば私(分身)のせいでもあるらしい。

どうせ仕事は長期休みが決定したようなもの、出来る範囲で力になれればと思う。何なら寂しい独り身ですので。実はまだ大学を出て数年。まあ言うまでもないだろうが、この年で結婚してない人なんて今時珍しくも何ともないわけだし。いや負け犬の遠吠えとかではなく…。

しかし逆トリも読んだが、まさか自分の身に起こるとは。なんだかマッチポンプ気味だけど。惜しむらくは知らない人な事だろうか。せっかくの漫画知識も結局は役に立たないものらしい。今知った。

どこの人だろうか。…もしかして、漫画やゲームとかではなく現代科学で証明しきれていない実は実際にある遠い遠い星の住人、とかだったりする?あ、自分で考えた可能性だけどそれなら髪色の派手さも説明できそう。最初はかつらかとも思ったのだが、彼のそれは根元から綺麗な炎色をしておりどう見ても地毛だった。
それにしては服装がアレンジされてはいるものの、日本風なのが気になったけれども。

そんな事を考えながら乗ったタクシーから降りた後(私も救急車に同乗したからして帰りはこうするしかなかったバスはなかった)(あるわけがない)(時間)、自宅そして居間へと戻ってきて、

机でミラクルが発生していた。


「何この通帳……と、何これ。身分証明書……?」


彼は煉獄杏寿郎くんと言うらしい。

…ごめんなさい、平凡な名前使わせて。
(そして全国の山田さん太郎さんすみません、ディスじゃないです)。


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