『だっていつも探してますから』 いきなり高くなった視点。やめてよアナタキャラじゃないでしょ。昔から、つまり生前からあんたの事私少しは知ってんだぞ。 …あああもう何なのこのラブコメ的展開!…いや、夢的か? 「賈充様!?ちょ、何してんの…じゃなくて、何してるんですか!」 「見ての通りだが」 見ての通りだが、じゃねーよ!何でアンタそんな優しいんだよぜってー裏あんだろ!でなけりゃこの状況に説明がつかん…ああそうだよアンタの言う通り、見ての通りだったよ! 賈充の右手は私の背に、左手は膝の裏に。……つまりは姫抱き、お姫様だっこで。 まあこの時代はそうは言わんだろうけど。実際何て言うかは知らん。俵担ぎとか小脇にぶらーんて抱えられたりするよりかは怪我人に対する配慮としてはそりゃ常識的に入るのかもしれんが…。 しかし流石武将。…いや関係あるのか? ひょい、なんて効果音が書かれそうな程に鮮やかな手際で私は捕獲されていた。ついでに私が放り出した相棒までもいつの間にか回収されている。すげえ。 じゃなくて。 ……何て事だ。こいつ一番ありえない選択肢取りやがった。 「あ、ありえない…だって見るからに…」 「その顔と発言だと信じられないようだな」 「!あ、いや…」 言う必要のない事だ。だから悟られるような真似だけはしてはならない。 ……自分の事が実は筒抜けで、だから賈充がこんな酔狂な事をするのが、信じられる筈もないのだという事を。 間近に賈充の人形のような彫刻のような、青白くも計算しつくされたとしか思えない顔がある。その顔色の抜かれた様も、彼だと背筋の凍る程に似合って見えるのだから不思議だ。 私は完全に面食いだ。しかもこの誰もが一度は夢見そうな完璧なシチュエーション。しかも理由は女の子の怪我。 賈充の事を何も知らなかったから目は完全にハートだったに違いない。…遠くで眺める分には既にそうなるというのは置いといて。 しかし今、かつて“向こう”で一目惚れした好みドストライクの本物が間近も間近に在るのは違いなくて。上手く温度調節しないと本気で頬がどうにかなってしまいそうだ。だって私雪女。 …溶けちゃうってば。 「うああ、うあああ…」 頭を抱えたり足は片方が動かす訳にはいかないので両手を無意味にわたわたさせたりしていた。……だって悲しいコトに私、画面の彼ばっかだから免疫ないんだもの…。ああ悲しきかな年齢イコール彼氏いない歴。 「暴れるな。落とされたいのか」 「なら何で抱えたし!」 「…くく、完全に素になっているぞ、名前。やれば出来るじゃないか」 「…何その先生発言!」 しかしそこはやはり賈充。鬼である。 行動で運搬人になる宣言をしておきながら荷物が反抗的なら捨てるって。 …だけど意味のわからん事に、口ではそんな何がしたいのか真逆な事を言う割に道中私を抱える手はそれはそれはしっかりしたものだった。落とす真似すらなかった。 …むしろ、賈充なりに女の子扱いでもしてくれたのか、抱かれ心地はかなり良かった。 …なんだ。いいとこあるじゃん。 *** 一方的に知っていたから決めつけていたんだと思う。 『彼がこんな親切な訳がない』とか、もしくは『何か裏があったに決まっている。何故なら彼に何のメリットもない』とか。 だけどいつまでもゲームの先入観を通して人を見るのもどうかと今回の一件でちょっと真剣に考えてみるべきなんじゃないのと思った私は、お見舞いに来てくれた元姫が退屈しないようにと持ってきてくれた世間話に、場合によってはとんでもない裏となるであろう真実が隠されていた事に気づいてしまった。 だって、自然と彼の言動の理由を掘り下げて考えてしまったから。 …有り体に言えば、意識した上で考えたからだ。 「名前、それなりに付き合いのある私ですら隠れて修業していたなんて知らなかった。しかもあんな誰も行かないような場所…いつも決まった時間に賈充殿がいなくなるのが不思議だったけど、そういう事だったのね」 「偶然にしては…」 「出来すぎていると思うけど」 「…や、ほんとのホントにたまたま通りかかっただけかもしれないし…ってそういや本人そう言ってたじゃん何で忘れてた私!あれウソかよ!…もしかするならだけど!」 「…私がさっき言った今日の彼をよく考えてみる事ね。あと、何故私が知らなくて賈充殿が名前の努力を知っていたのかを。賈充殿は名前より更に昔から見てきたけれど、無意味な事は絶対にしない人よ」 「…」 「それじゃあ私、そろそろ行くわね。足、お大事に」 「…あ、うん…。今日はありがとう、元姫…」 あの衝撃の事件から早半日。元姫が出ていった事により一人になった自分の室で私はうなだれた。だって考え直したばかりなのだ、ありえないと決めつける訳にはいかないだろう。 ましてこうもヒントを転がされては。 ただの保身、努力なんてそんな立派なもんじゃないよ。 そう訂正する余裕はなかった。 私今までそんな事考えた事ないままに世界規模で放浪してきたけど、それは言わずもがなその機会に恵まれもしない内に飛ばされてきたからであるし、何よりまさか“そういった事”の渦中に置かれるなど夢にも思わなかったからだ。 …あくまで私は眺める側の人間だった、筈だ。そうでしょう…? 考えれば考える程ド壺にはまるのであろう元姫の本日の彼観察日記。あんまりにもガン見してなかったといいけど。司馬昭が可哀想だ。 ……退屈どころではない。冗談じゃない、とんでもない爆弾だった。 『今日の賈充殿、普段まず外さない舞投刃……的から外したの。だけど名前が怪我をしたって聞いて、納得した』 そう言えば彼は言っていなかったか。たまたま、に引き続き思い出した。 人というのは何気ない一言にこそ本音だとか、事件で言うなら証拠となりそうなヒントを落とす。 そう、たとえ偶然は装えたとしても常日頃見ていなければ、または人にわざわざ訊くでもしない限り発言しようのない普段からどう動いていたかを裏付ける、決定的な証拠を……。 「珍しい」と、彼は言ったのだ。 |