君のいる屋上へと2


「いつからいたの?」
「ん?俺かい?」
「貴方以外に誰がいんのよ」
「君が入ってくる前。先約は俺。だからどうこう言われる筋合いはないよ」
「……」

別に言おうとも思わなかった。だけど何だかいらだつ。
―普段はあまりイラつかない方なのに。何でだろう。

「それよりさ」

声の主は急かすように言った。


「歌ってよ。遠慮せず、さっきみたいに」
「無理」
「いいから、そう言わないで」
「違う」

おだてはじめた相手にピシャリと言い放ち、

「遠慮なんかしない、遠慮なんて無理。勝手に歌う」

また大きく息を吸う。
そして相手が何か喋る前に、歌いだした。

何か、どうでもいい。
どうせ知らない人だし、どう思われようが構わない。
急かされたからじゃない。歌いたいから。私が歌いたいから、歌うんだ。

―今だけは、我儘な人間でいさせて。
存在しない誰かに許しを請いながら、私は歌った。歌い続けた。


給水タンクの人は何も言わなかった。
物音も立てず、動くこともせず、感嘆することもなく。
ただ静かに、聞いていた。








満足するまで歌い終わると、私は何も言わずに屋上を出て行こうとした。
―が、流石にそれは許してくれないらしい。声をかけられた。

「ちょっと待って」
「…何ですか、タンクさん」
「…タンクさんって何さ。…ああ、給水タンクのタンクね…」

自問自答しながら、どうやらタンクさんは降りてくるようだった。
…最後まで知らない人のままがよかったな。
そう思ったが既に遅く、同じ制服を着た男の子が『よっと』と軽い身のこなしで屋上へ舞い降りた。
…といっても、ただタンクのとこから落ちてきただけだけど。

「素敵な歌声をありがとう。
…とか言っても、全然嬉しくないって感じの性格してそうだよねぇ、君」
「…何がいいたいの」
「おっと、まだその台詞は早いよ。早々に俺を敵視してるみたいだけど、そんなに警戒しなくても良いじゃない」

近づいてくる顔に僅かな違和感を感じたが、それより気になることがあった。
その制服の色…。

「…年下じゃん。新入生?」
「ああ、そうだね」
「そうだね、じゃないでしょ…。先輩に凄い上から目線だね?」
「だって君に敬意を示す所は何もないからね。利用価値もないし。どっちかというと感謝して欲しいくらいだけど…それはいいや。つまりまあ、君に恨まれようが、どうでもいいし」

本人目の前にして、よくもまぁそんなことがいけしゃあしゃあといえるものだ。
無駄に整った顔の黒髪タンクを殴りたい衝動に駆られたが、一応自重する。万全じゃないしね。今度会ったら殴る。

「…で、帰っていい?てか帰る」
「ダメ。名前くらい教えてくれたっていいんじゃないですか、先輩?」
「…心底教えたくないんだけど」
「酷いなぁ。入りたてで右も左も解らない僕に色々教えてくださいよ、先輩」
「あんたならスグに私の知らない事まで知りそうな気がするけど?あとわざとらしい敬語と先輩っての強調すんのやめて。うざい」
「クククッ。予想以上に面白い子だ。全部つっこんでくれるとはね。もしかしてお笑い好きなの?」
「答える義理はない」

年下でこの憎まれ口は大したものだ。先輩に対する敬意を学べこの野郎。
そのほかにも色々思ったけど言うのはやめた。
めんどくさい。この意味不明なタンクにそんな労力を使いたくもない。
ていうか名前聞くなら先に名乗れよ。いや名乗っても覚える気ないけど。

「自己完結が好きなタイプなようだね?」
「お前軽く人の心読むなよ」
「読心術にハマっていてね。それでなくても全部表情に出てるけど」
「もっと友達増えそうな趣味持て。だからぼっちなんだ」
「俺の交友関係も知らない癖に」
「何となくわかる。絶対友達いないでしょ」
「いるよ?それも沢山」
「どうせ一方的な友情だろ」

へっと言い捨ててやると、タンクは僅かに頬をひくつかせた。
そういえば、初めて表情を動かしたかもしれない。ずっと張り付いた笑みを浮かべていた。
なんとなく、本当になんとなくだけど、
私はこいつが気に入らないようだ。反りが合わない。

普段の私はもっといい子だ。
成績優秀、教師からの評判も良い。授業態度・提出課題も問題なし。
いまどき稀に見る優等生だ。自分で言うのも何だけど。
まぁもともと口は悪い方だけど、タンクと話すときは更に減らず口がぽんぽんと出るらしい。
でもその分疲れる。早く教室に戻りたい。

いい加減話してると帰れそうにないので無視して踵を返した。
タンクは何も言わず…でもちょっと笑った気がする。知らない知らない。



「…くくっ、あはははっ!…あんな面白い子、初めてだ!自分に酔った可哀想なヒロインかと思って助けてみたら、他人に興味のない憎まれっ子の歌姫か。
…どうやらこの高校は当たりみたいだねぇ。暇潰しに屋上で寝てたら、あの子に会えるとは。これだから、俺は人間が好きでたまらないんだ」

……私に聞こえるように言ってるのかもしれないけど、それにしたって独り言長すぎでしょ、と、思った。

それから――普通は私の眼帯について触れてくるはずなのに、どうして何も言わなかったんだろう、とやっと思い至る。
何だかタンクは意味ありげな事を言ってたような気もするが…、皮肉を返すのに精一杯で、よく覚えていない。

…まぁ、いっか。暫く屋上には近づかないでおこう。


そして私は、その事実に最後まで気付かないまま――



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