君のいる屋上へと1
教室のドアを開けると、一瞬でざわっとしたのが解った。 変な沈黙が流れ、すぐに取り繕うような会話がポツリポツリと始まる。
原因は解っていた。私の眼帯だ。
昨日まで何も無かった顔に、今日は無数の傷痕がついている。 教室にいる誰もがその訳を尋ねたかったが、結構な怪我の為逆に聞き辛い空気を出していた。 また、私も誰に話しかけることもなく、一人席につく。 だが、すぐに息詰まり、溜め息を一つ零した後―少し迷ってから屋上に行くことにした。
―「あれってさ、元彼がやったんでしょ?」 ―「なんかだいぶ前に別れたらしいけど、ずっと付きまとわれてて、昨日キッパリ断ったら殴られたって…あたし友達に聞いた」 ―「何それ怖っ。大丈夫なの?」 ―「ああ、何か近くに居た人に助けられたらしいけど…」
そんな会話を聞きながら。
屋上には誰もいなかった。 よかった。いつもいないけど、今日に限っていたらどうしようかと思った。 真っ直ぐ突き進み、ドアのちょうど反対側にあるフェンスに寄り掛かる。 それから暫く外の景色を眺めていた。
時間の無駄のような、でも何処か満たされるような、そんな時間の過ごし方が私は好きだった。 外の世界を見下ろすのは飽きない。 あれは確か物理の先生の車だったはず。 可愛いピンクの軽自動車で、ここからは見えないが、車内にはディズニーのグッズが 所狭しと並んでいるはずだ。いつも帰りに見る。
「ふう………」
いつもと変わらない景色に安堵しつつ、今度は空を眺めた。 可愛い雲。 ゆっくりと、やけにゆっくりと流れていく。 大きいなぁ、と思った。世界は広い。 私はこういう時、無性に泣きたくなる。 だけどまぁ、場所が場所だし。口元を緩めるだけに留めておいた。
歌いたいな。そんな気分になった。 何も気にせず、大声で、好きな所から、好きなように。
「―――♪―」
間奏を頭に流し、目を閉じて解り易く自分に酔う。 そうして再び口を開こうとすると――
「意外と上手いね。歌」
「―――ッッ!?」
――完全なる不意討ちの形で、声をかけられた。勢い良く振り返り、その声の主を探す。 ―しかし、見渡しても誰もいない。
「だっ、誰―!?」 「誰でも良いじゃない。もっと歌いなよ」 「は…?」 「面倒臭いから恥ずかしがらなくて良いよ。ほら、さんはい」
よく耳を澄ますと、どうやら上から聞こえるようだ。
―給水タンク。
真っ先にそれが思い浮かぶ。確かにはしごはあるにはあるが、上ったとして… 果たしてそこに人が立てる広さがあっただろうか? いくら屋上が心地よいといえど、給水タンクにまで愛着はわかないし興味もない。 そこへ行こうという発想さえなかった。
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