スギナの木陰と果実 中編


「退兄ちゃん、お腹空いた」
「……」

思わず無言で見つめてしまった。こうも脈絡無く話を始めるところは流石女というか流石妹というか。
お腹空いた、だけを繰り返す妹に、仕方がないので携帯しているあんぱんに手を伸ばす。

「またあんぱん?」
「…悪いかよ」
「よく飽きないよね」
「要らないの」
「要るけど。でもあんぱんばっかじゃなくて他の買いなよ。焼きそばパンとか似合うじゃん」
「どういう意味だよ。てか文句あるなら食わない」
「食べるってば。ちょーだい」

はぁ、と溜息をついて食料を渡す。祐季にとってはただのあんぱんでも、俺にとっては努力とかプライドとかが詰まった…あんぱんなのだ。俺の努力やプライドは餡子と同等なのかとかそういう意味ではなくてね。

祐季は大人しく受け取り、袋の真ん中から縦に豪快に開けた。何その開け方、と軽く茶化すが、

「意味あるの」

と言うので見ていると、祐季は破いた方の袋を器用に使い、汚れた手で直接触らず、かつパンに直に口をつけずにあんぱんを千切って食べていた。
その光景に、体育の際の女子の鉄壁の着替えの噂を思い出す。こういうこと考えるのだけは得意なんだよな、女の人って。
しかし祐季は半分ほど食べたところで、残りのあんぱんを差し出してきた。

「え、もう要らないの?全部食べろよそんくらい。てかなんか潰れてるし」
「違う、潰したの。餡子要らないから食べて」
「は」

一気にイラっとする。
理由は多々だ、例えば餡子の無いあんぱんはあんぱんと呼ばないそれはあんぱんに対する侮辱だとか、餡子だけじゃ美味しくないだとか、大体どうやって食べるんだ口つけるの嫌だし俺はそんな器用なこと出来ないだとか。
要するに大したことではないが、まぁ妹なんて基本は苛々させられるだけだ。普段手のかかる上司を持つストレスも加わり、妹の扱いは雑さを増している。

「自分で食え」
「だってこれ粒餡だし」
「今更だろ。俺食べないよ」
「は、ケチ。普段これ食べてるんでしょ」
「違うの食えって言ったのお前じゃん」
「そういう意味じゃない」

それ以上口論になるのもつまらないので、閉口しサクサクと歩き進めた。
祐季は食べながらなのでどうしても遅くなる。道が分からないだろうから放っておく訳にもいかない。行き先について何も言わないので、屯所に向かうことにした。祐季も隊士の皆も久しぶりに話したいだろうし、という俺なりの配慮だ。

――ピリリ、

そこで携帯が鳴った。着信。副長からだっだ。

「もしもし、お疲れ様です」
『ああ、山崎、俺だ。接触は出来たか?』
「出来たも何も、副長が仕組んだんでしょう」
『出来たみたいだな。そうでもしねェとお前、一人で来れますよとか言って迎えに行かなそうじゃねェか』
「いやだって、妹ですし…」

妹が可愛いなんてのは二次元だけの話だ。

『まぁゆっくり来いよ』
「すぐ戻りますよ」
『アホ。副長命令だ』
「こういう時ばっか職権乱用して…」
『何か言ったか?あ?』
「いえ、了解しました、失礼します」

丁寧に挨拶し、電話を切る。
にしても何かおかしい。副長は確かにフォローが得意で気の回る人だけれど、今回はお節介の分類に入る。副長はたかだかお迎えだけのためにあんなに面倒なことはしない。

通話を終えたのを見計らったのか、それまで静かだった祐季が再び口を開いた。

「近藤さん達は元気?」

歳の近い異性同士の兄妹となど話すことはない、とお互い思っていたはずが、祐季は久しぶりだからかよく喋る。餡子の様子を見ると、袋の下の方に餡子が押し出されていた。ああ、餡子になんてことを。そう思ったが質問に答えることにした。

「元気だよ。皆相変わらず」
「そっか。良かった。…会えるの楽しみだなぁ」
「…うん」
「私さあ、昔お兄ちゃんが沖田さんの作った対土方さん用落とし穴に嵌って、土方さんならギリ除けられるトラップにことごとく引っかかって、喧嘩してた私に必死に助け求めた姿がずっと忘れらんないんだよね」
「忘れろよそんなこと!」
「面白かったな〜。右足に!右足になんかでっかいクワガタ的なものが!って。何よ、でっかいクワガタ的なものって」

当時のことをまた思い出したのか、俺を見てケラケラと笑う祐季。
俺の方は昔過ぎるのか、今の方が酷い目に遭っているからか、はたまた忘れたいからなのか…あまり覚えていない。ただ、その後隊長に理不尽に怒られたことはなんとなく覚えてる。

「結局土方さんが見つけて救出して、それから追いかけっこが始まったんだよね」
「そう思うと昔っからホント変わらないな、二人とも」
「お兄ちゃんもでしょ」
「それを言うならお前だって、爪剥ぐ癖直ったのか?」
「…直ってないけど」
「怖いから止めろってば」
「お兄ちゃんが怖がるならいいかな〜とか」
「それは良くない」
「ははっ、知ってる」
「ははっじゃないよ」

苦笑し、それ以上は責めず歩を進める。景色はだいぶいつもの帰路に近付いていて、屯所まであと少しになった。
この辺りもつくしが沢山生えている。ふと気配が消えたので後ろを振り返ると、祐季が食べ終わったあんぱんの袋を握り持ち、しゃがみこんで反対の手でつくしを触っていた。



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