スギナの木陰と果実 前編
副長に呼び出された。 それはいつものことであって、大して珍しくもなんともない。けれど最近は自分の知る限り目立った違法団体も無く、桂率いる攘夷志士の連中も大人しくしているので、何をそんなに調べなくてはならないのかと不思議に思った。 前準備として身辺に探りを入れてはみるも、有力な情報は得られず、結局は手ぶら状態で俺は副長室を訪ねた。
「ああ、来たか。すまねェが至急お前に調べて欲しい女がいる」 「調べて欲しい女…?まさか副長一目惚れでも」 「目ェ潰すぞ」 「すみません」
早々に謝り、機嫌を損ねないようにする。幸い副長は軽口と受け取ってくれたのか、それ以上は言及せず事の詳細に移った。
「明朝8時、ターミナルにその女が来る。白のワンピース着た10代の若い女だ。そいつに上手いこと接触し、何でもいい、情報を得て来い。…こんだけしか情報はねェが、行ってくれるか」 「了解です」
即決だった。いつもに増して曖昧な内容だが、迷う余地は無い。俺に合った仕事をさせてくれるこの環境は有難いし、仕事に誇りだって持っている。 副長室には俺と副長以外誰もいない。ということは、少なくとも他隊士には内密にしておくべきことだろう。俺は事の重大さを認識しつつ、もう一度自分の情報網と照らし合わせ、再度首を捻ってから明日の支度に取りかかった。 久々の諜報系仕事だ。意識せずとも気合が入った。
8時前。 予定時刻に間に合うよう、ゆとりを持ってターミナルへ到着した。 それらしき人は見当たらない。 空を見上げると、雲は必要以上にゆっくりと流れている気がした。澄んだ空気と暖かみに、春の訪れを感じる。そういえば庭につくしが咲いていたっけ。隊長に生で食べさせられる前に摘んでしまおうかな。ちゃんと茹でて貰って夕食に……でもまぁ、いいか。隊長が今年もそんなことをするとは限らないし。 そんな風に思い出していると、時計はいつの間にか8時を指していた。おかしいな、と思った瞬間、電車がターミナルに到着する。
なるほど、8時の電車で来るのか。 職業柄か性分か、つい隠れるように下車する人間を見つめていると、すぐにターゲットを発見した。 纏うワンピースがあまりに純白だからか、その人は心なし浮いているように感じた。そしてその姿を認めると同時に、副長の思惑に気付く。
「お兄ちゃん」 「…祐季?」
調べて欲しいと依頼されたその人物とは、俺こと山崎退の実の妹、山崎祐季だった。 祐季は地元で暮らしていたはず。なのにどうして突然ここへ。驚く俺がおかしかったのか、祐季は声を上げて笑った。
「土方さんにメールしたの。そっち行きますって」 「普通先に兄に連絡しない?」 「驚かせたかったから」
もうそれほど幼い訳でもないのに、未だに無邪気という表現が似合う笑い方をする妹。そう感じるのはやはり妹だからか、全く関係が無いのかは分からないが、とにかく俺は内心妹との再会を喜んではいた。 口論は絶えないけど、やっぱり身内だし。
「お迎えご苦労様、真選組の隊士さん」
その言葉で、俺は状況を再認識した。
「あー。じゃ俺、副長に騙されたってことね」 「軽いジョークでしょ。それより可愛い妹との再会を喜んだら?」
奇しくも先程まで考えていた内容と被り、俺はお見通された気分になって思わずそっぽを向く。
「再会って…去年の正月にも会ったじゃん」 「それはそれ」
兄弟らしいやりとりを交わし、何処へともなく足を進める。白いワンピースが風ではためく分、少し距離を開けて。
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