小降りだった雨が激しくなってきた。

雪男はポケットから幾つもの鍵が連なった丸い鉄製の輪を取り出し寮への鍵を探し出すと手早く開錠した。
ここから、少し歩けば寮に辿り着ける。

任務を終えた雪男は、少しの荷物を下げて講師専用の宿舎を出た。
傘を広げてはみたものの、降りしきる雨にその役割を果たさない。
長いコートの裾がたちまち雨で湿る


「どうも奥村先生、最近は随分とお忙しいようですね。」

「フェレス郷...」

今は一番会いたくない人物に出くわしてしまったと思いながら、雪男は振り返った。
ピンクの傘にピンクの衣装を身に纏った彼が不気味に嗤う

「今から旧男子寮へ、お戻りになるところですか?」

「...ええ」

「一昨日と、昨日の夜はここで過ごしたそうですね」

「...任務を終えてから寮に戻るのは時間のロスですし、特にここ二日間は書類の作成もありましたから」

雪男は予め用意していたセリフを眈々と読み上げるように言った。

ここ二日間、夜は寮には戻らず講師専用の宿舎で仮眠をとってそのまま学園に向かうという生活をしていた。

表向きは、任務の為としているが、兄への思いを制御できずにいた雪男は正直なところ兄と距離をとりたいと思っていた。何かに没頭していれば、幾分気分は楽だったが、それは極めて個人的な理由だ。


どちらにしても、兄の監視を怠っていることには変わりない
当然近いうちに理事長の耳に入るだろうと予想はしていた。


「寮と言う名の監獄に、監守がいなければ、囚人が暴動を起こしかねないーーそうは思いませんか?」

雪男の顔を覗き見るように近寄ると口元を歪ませてニヤリと嗤う

「...兄は、よく感情を制御できていますよ。それに、監守は私一人ではないですから」


「その監守、シュラさんなんですがね、昨日あなたが遠征任務をお受けになったことについて、随分とお怒りになっていましたよ。」

昨日シュラにそのことを伝えた途端「こんな時期に一体何を考えている?」とさんざ責め立てられたことを思い返した。
当たり前だ。
兄を守ると言っておきながらこの様だ。兄を投て寄越したと思われても仕方が無い。

「遠征任務となれば、暫くお兄さんの監視はシュラさんに任せることになりますが、あなたは本当に宜しいのですね?」

薄笑いを浮かべ見透かしたような眼で自分を覗き見る彼に不快感すら覚える。
どこか掴みどころのない強かさを醸し出す彼は
まるで、チェスに興じる様に物事を見物しているようだと雪男思った。

間をおいて返事をする。

それでいい。

今の自分では兄を守るどころか、傷つけてしまう
いつか自分のこの思いを兄にぶつけてしまうに違いない。

"本当に兄の為か"
と声がする

"己が傷つかない為じゃないのか"

その声に、目の前にメフィストがいるのも忘れて雪男は放心する。
場面と場所を弁えない内なる声に、雪男は苛立ち頭を押さえた。


「どうかしましたか?」

「...いえ、何でもありません。それでは」


足早に去って行く雪男の後ろ姿を見送りながら、メフィストは不適な笑みを浮かべながら呟いた。

「兄を思う弟と、その思いに気づかない兄!これは、面白いショーがみられそうです」



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