物語2・3
「これも違う。これじゃない。これも、これも。あ〜、ないのぅ」

 食卓机のある部屋の端で、時の番人が袋の中身を広げている。
 その小さくて硬い手で石を鷲掴み、蝋燭の灯りに透かしてみては、これは違うあれは違う、これも違うと、その辺に用済みの石を放り投げていた。
 私はその様子を近くでしゃがみこんで見ている。
 かれこれ一時間。
 ベンジャミンにお茶を淹れてもらっていたが、それも飲み干した。彼女は今、洗濯をしに庭へ出ている。
 はっきり言って、暇である。
 余計なものは持ち込まないということで、デアラブドス以外の荷物は全部仕事場に置いてきている。

「ナナリーさま汗かいてますね」
「地上との寒暖差かな」
「前髪上げてください」
「こう?」

 ララに従い前髪を上げると、小さくなった彼女のふさふさの尻尾が額に当てられる。
 パタパタ。パタパタ。
 汗を拭ってくれているのか、ひんやりと冷たい尻尾の毛が気持ちいい。

「ひゃ〜、ありがとう〜」

 肩に乗る彼女の顔に手をあてて頬をすり寄せる。きゅう、と喉を鳴らすララにとても癒された。
 魔物だなんだと物騒なこと続きなので余計にそう感じる。

 時の番人がこの家にいるのは、国王がベンジャミン達へ直々に見張りを依頼したからだった。
 初めはシュゼルク城か騎士団で管理するという話になっていたようだが、一つの場所に留めておくのは極めて危険ということで、どうせならと事情を知る彼女とサタナースに託したそうだ。
 それにより国王から恩賞として贈られたこの家には魔法が施されている。
 居場所が特定されないようこの家用に百ケ所の土地を開き、日ごと移動するように術がかけられている。
 今日は東にいるけれど、明日は南か北の地にいるのかもしれないということだ。

 他国にも場所を提供してもらっているので、ヴェスタヌにいる時もあるし、ウェルウィディやシーラ、セレイナにいることもある。
 今こそロックマンが作り上げた『殿下直接語りかけ機』が役立つ時である。(王子は二度と使うなと言っていたが)
 外国にいる間は生活の保障としてその国の通貨で報酬を頂けるようなので、特に不便なことはないようだった。

 今はこういう形をとっているけれど、いずれは一か所で保管監視が出来るよう、対策を考えていくということも聞いている。
 ベンジャミン達の行動を制限してしまうという点も考えると、いつまでも監視を任せたままではいられない。
 早くて半年ほどで環境が整えば良いというのが王国の見立てらしい。

 騎士団やシュゼルク城でも構わないではないかと思われるだろうが、番人は魔石について色々な知識を持っている。
 ドーランは比較的平和な国であるが権力渦巻く王宮内で、万が一誰かが悪用してしまうとも限らない。
 それに番人は手を動かせることはできるものの、自分で歩くことが出来ないので、誰かに持ち逃げされたら一貫の終わりだ。

 国王にとって絶対の信頼を置ける人間は、つまるところ他の仕事で忙しい為、その中でも王族であるゼノン王子の信頼を受けている、かつ自由に動ける人材としてベンジャミン達に白羽の矢が立ったのだ。
 シュテーダルとの戦いの時に人々の為に命を張ったという事実もあるので、そこの所の信頼もある。

「ないのぅ」

 番人のとんがり帽子の先がヘタっと垂れる。
 まだ本物は見つからないらしい。
 魔石の見分けがどうついているのかが不思議で、毎回目を凝らして番人の選別の様子を見ているが、今日も本物と偽物の違いは分からなかった。
 いつも大量に石を運んでいるが、本物はその内一個くらいで、数は非常に少ない。
 まったくないこともある。

「おお? おお〜! これじゃこれ!! ……ほれ、暇ならちったぁ区別できるようにならんか」

 ポイッと、本物だという魔石を私に投げつけてきた。

「ちょっと! 乱暴に扱わないでくださいよ」
「まだまだ生まれなさそうな魔石じゃ。まだただの石じゃよ。扱い方を知らなければな」

 慌てるな馬鹿者がと言われて口を噤む。馬鹿は余計である。
 番人は騒ぐ私を尻目に魔石探しを再開した。

「……」

 私は投げられた魔石を拾い、机にある蝋燭を床に置いた。
 木の枝を擦り付けて蝋燭に火をつける。
 手の平の上で魔石をコロコロと動かして様子をみてから、明かりにかざして観察してみた。

「う〜ん」

 普通の黒い石よりは硝子に近いような、宝石っぽい光沢のある表面だ。
 でもそこら辺にもこういう石ってたくさん落ちている気がするし。
 魔石ではなかった普通の黒い石や、宝石のような輝きを放つものを床から拾いあげて、同じようにかざして見比べてみる。

 指先で摘まんだ石を角度を変えて何度も観察する。

「う〜ん」

 それでも違いは分からなかった。





「今日はこんなもんじゃろ」

 大量の石と紙切れに囲まれた番人は腰をさすりながら肩をまわした。
 紙切れは石一つ一つを包んでいたもので、それには誰がどこで見つけたものなのかが書かれていた。

「レイン・カスケイドさん、ね。破魔士だからすぐに連絡とれそう」

 本物の魔石が包まれていた紙を確認して袋に入れる。
 そして魔石と判断されたものを、今度は王の島にある騎士団の宿舎へと運んでいく。
 
「あら、終わった?」
「今日は一個だった」

 外套を羽織り城へ行く準備をしていると、台所の方からベンジャミンが顔を出した。
 キャンベルに貰ったという、フリフリのレースがあしらわれた前掛けで手を拭きながら駆け寄ってくる。

「なかなか見つからないものねぇ〜」
「ねー」
「帰り、寄ってくれればご飯どう? ナル君が今日は夜にも仕事あるらしくて」
 
 遠慮を知らない私は手を叩いて喜ぶ。
 次にここへ来るのは10日後くらいだろう。

 他の国から集められる魔石は、騎士団内の雷型の隊員達が直接回収に向かい、王子へ報告をしたのちに家の場所を聞き、この家にたどり着く算段となっている。
 けっこう面倒なのだ。
 けれど今は原始的な方法でしか扱えない。何十か国もあるので騎士達も大変である。
 その負担を少しでも減らそうと、ドーラン王国ではハーレが窓口となって、職員である私が運び屋となっているわけであるが。(所長は忙しいので、特になんの役職もなく時間的に余裕のある私が選ばれた)
 王子も念をとばしたり朝から晩まで忙しいので、仕事が増えて大変だろう。
 明日には違う人間がここに石を持ってくる。
 早く体制が整えば良いと願うばかりだ。

「遅い時間に作るから、いつ寄ってくれてもいいわよ。おじさま、こっちでお芋洗ってくれる?」
「ほい」

 ときおじを上手に使いこなしているベンジャミンだった。

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