「今度は何!? どうしたっていうのよ!」
「何なんだ……あれは」
ニケとゼノン王子は前のめりになり、胸から出てきた奇妙な腕に目を見張る。私も同じ表情になった。
≪随分と……舐めた、真似を、されたものだ≫
「ロックマン!?」
するとどこからか、少年ではなく青年でもない、成人した男の低い声―−未来の今の私達が知るロックマンの声がする。
もしかしてこの教室内に? と見渡したが私達と魔物以外には誰もいない。
勢いに任せて声をかければ、魔物のほう、少年の胸の中心、生えてきた腕の根の辺りから続いて声が漏れてくる。
≪お前が……僕にのりうつれたのは、トレイズが僕の胸にあの短剣を突き刺したからだ。この卑怯者の、屑が≫
刺のある、苛立ちを含んだ声だった。
≪さっき団長やハーレの所長に調べてもらったんだが、おそらくそいつは夢見の魔物だ≫
「夢見の魔物が!?」
≪一部の魔物が進化しているらしい≫
というか。
「ちょっと待って、私達のこと見えてるの??」
この声は彼の物で間違いない。が。
自然に言葉を交わしているけれど、ここは時の番人の魔法でなければ来られない過去だ。
校長先生だって最初は、は? 時の番人? はい? みたいな反応だったのに。
どうやって、幼い自分の身体を介して未来から交信しているんだ。
それに倒れたと聞いているのに。
≪僕とこの魔物が繋がってから、目を通して周りや君達が見えてる。夢見の魔物の思考も全て……ただ、こっちの身体を逆に乗っ取るのに苦労したんだ。遅くなってごめんね≫
「うぐっ、ゴホッ」
胸から生えでた腕は、ガッと音を立てて少年の首を掴んだ。
夢見の魔物は宿主の首元が弱点であると最近では判明している。そこを圧迫することによって、実体のないそれが空気中へ逃げるのを防ぐことが出来るのだ。
と、そんなことは今重要ではない。いや重要ではあるけれども、そういうことではなくて。
「魔物の思考が読めたのか?」
色々確認したいことはあるが、ゼノン王子の問いに、取り急ぎ魔物の思考を読んだというロックマンの話をこのまま聞くことにする。
――たくさんの人間に取り憑いて回っていたこの夢見の魔物は、シュテーダルが倒されて以降私を殺す手段や知恵を探していた。
色んな人間の思考を読んでは知識として吸収をしていたらしい。時の番人のことも、どこかの闇市の人間の思考を覗いて知り得たものだ。
そんな中、魔物はたまたまトレイズ・ドレンマンに行きつく。
そしていつものように取り憑いて情報を探っていると、思いもよらない事態に魔物は歓喜した。
偶然にも彼女の望むものと、魔物の望むこと、彼女の過去へ戻りたいという思いと魔物の遡りたい時代が一致していたのだ。
≪トレイズには現代に残ったまま行動してもらい、自分が完全に彼女の姿へと化けたうえで番人に過去へ送ってもらうには、トレイズの魂と魔物の魂が繋がらなければならない≫
「番人を利用して過去へ戻るためには、夢見の魔物の姿のままでは行けなくて、人間の姿になるための力が必要だったってこと?」
だから魔物は彼女へ「願いを叶えてやる」と言い誘惑し、そしてそれにトレイズはまんまとのってしまい、魂を結ぶ契約を交わしてしまったのだという。
魔物の手足となり、力となる契約だ。
媒体としては血の守りなどと、同系統のものだろう。
あれも契約の魔法だ。
トレイズの願いが、私の存在を失くしたいという、魔物の目的と謀らずも重なってしまった。
ようは魔物にとって、トレイズが一番都合のいい人間だったから利用した、ということだ。
「トレイズは無事?? 大丈夫なの?」
まさか彼女からそんなに恨まれていたとは知らずに動揺するが、とにかく今は無事ならそれでいい。
≪彼女は契約を破ることなく僕の心臓に短剣を突き刺したから、大丈夫だよ。もし破っていたら死んでいただろうが……、彼女の寿命には少し影響があるかもしれないが≫
ちょ、ちょちょちょちょっと待って。
今軽くとんでもないことを言わなかったか。寿命に影響があるというのも気がかりだけれども。
「剣で突き刺した!? あんた大丈夫なの!!?」
心臓に剣突き刺すとかそれ死んじゃうやつじゃん!!
そういえば最初のほうで『トレイズが胸に短剣を』と言っていた気がする。突然過ぎてまったく気づけなかったが、何で聞き漏らしていたんだ私。
≪命に別状はないから。それに短剣の力は……≫
別状がない!?
嘘でしょ!? なんなのあいつ不死身なの!!?
唖然とする私たちを置いて、ロックマンは話を続ける。
夢見の魔物が過去へ渡ると同時に、トレイズに魔物の魔力が込められた短剣をロックマンに突き刺させ、アルウェス・ロックマンという危険分子を過去でも未来でも一時のみだが牽制し、操り、過去の私を殺すための一つの手段として目をつけたのだという。
胸に刺したという剣は、過去にいるロックマンに乗り移れるように(たぶん幼くても強いので難しいと思ったのか)感覚を未来の彼と繋げる為のものだったようだ。
身体に、心に穴をあける。
短剣は、すなわち魔物の魔力を身体に流し込み、実体のない夢見の魔物の依り代として扱えるようにするための道具だという。
過去と未来の感覚を繋げる?
「魔石……か?」
「魔石? おじさま、どういうこと?」
時の番人が呟いた「魔石」という言葉に、皆は耳を傾ける。
「時間を操るなどした、普通の魔力、魔法ではなし得ない禁忌の魔法。ワシは古く魔法使いに作られた人形じゃ。この体の核となっているのは魔石、魔物の元とされている石であると、遠い昔に聞かされたことがある」
「魔物の石?」
「だがそのどれもがワシのような能力を持つとは言い難い。しかしその石が埋め込まれた剣というならば、こうして時空を超えた魔法を使うことは可能であるのかもしれぬ」
「ただの魔物が、そういう剣を作ったり、もしくは奪ったり、そこまでできるものなの?」
ベンジャミンが理解しがたいというように耳もとへ拳を押し当てた。
魔物の知能がもはや通常のそれではないことに、この場にいる全員の鼓動を早めた。