物語・12
 身体が宙に浮く感覚。
 髪がなびいて、前髪があがって、ヒュオオオーなんて突風のような音が耳元でうるさいくらい響く。
 過去に戻るのって空を飛ぶ感じなんだ。

 息だって少し……って、

「落ちてるし!!!」
「キャー!」

 まっ逆さまって言うのはこういうことだろう。
 今の私には、綺麗な青空と陸の景色が逆転して見えている。頭が下になって、上空からまだ遠いところにある地面へと落ちていっているのがわかった。
 落下の勢いに咄嗟にスカートの裾をぎゅっと押さえた。別に見られて困ることなんかないけど、下着を見てしまった人に悪い。主に王子。

「ていうかこれが正規の行き方なの!?」

 もうちょっと過去へ安全に移動しても良いのでは。皆がまだ側にいただけマシだけれども。こういう時にベタにちりじりになっちゃうとか、そういう展開が本にある物語には多いし。

「甘いのぉ、お前たち」

 ぐちぐち言っていると、聞こえるはずのない声が聞こえたので横を向けば、赤い頭巾を被った小人のじいさんと目が合った。
 ベンジャミンに抱っこされていたあの状態のまま、彼女の腕の中に番人がいる。そのうえ彼女の周りには桃色の膜が張られていて、いつ落ちても大丈夫なように万全な体制がしっかりととられていた。贔屓が過ぎていっそ清々しいくらいである。

「えっ番人いたの?!」
「おめー何ついてきてんだよ!!」

 番人がちゃっかりついてきていたことにビックリした私とサタナースの声が重なった。

 私達が慌てている姿に、ベンジャミンにぎゅっと抱き込まれている時の番人がニヤッと笑ったのが見えた。
 こいつ……。

「だぁれが安全に行けると言うたか。のぅ? ベンジャミンちゃん」
「スケベおやじが!」

 まったく。飛ぶ感じで過去へ、どころではない。
 過去に飛ばされたと思ったのにこんな目にあわせられるとは。なんつうじいさんだ。
 そもそもこれ、今どこの空でどこへ落ちていっているんだろうか。
 落ちていくまま五人で自然と輪になりながら視線を交わす。

「お前たち、自分が魔法使いだって自覚あるか?」

 ふわり。

 身体が上下逆転して体勢が安定する。くらっとする頭をおさえた私は、呆れたように腕を組むゼノン王子に羨望の眼差しを向けた。髪があがりおでこ全開でも凛々しい彼は、私達をゆっくりとその手で操る。

「ありがとうございます王子〜」

 そうだ。私たち魔法使えるんだった。
 そんなことにも気づかないポンコツに成り下がった自分に腹が立つ。小人に当たっている場合じゃない。

 陸が近づいてくると、はっきりと見えたのはドーランの城と学校がある王の島だった。
 どうやら島の真上から落ちているらしい。
 どうせ学校へ行かなくては話にならないからと、王子は島の着地場へと私達の身体を誘導していく。
 トレイズが行ったのは満場一致で学校であると私達の中では決まっていた。さらに番人に聞き出すと、彼女が選んだのは入学式の日だということが分かった。入学式からどうロックマンとの距離を縮めていこうとしているのか、止めたい気持ちと、止めないで、そのままロックマンがトレイズとそういう仲になるのなら、下手に手を出して邪魔するのは良くないのではないかと思ってしまう。

『いやいやいや! どう考えてもあったことを無かったことにしようと邪魔してるの、トレイズのほうよ!?』

 ギリギリまでそんな風に悩んでいた私に、ベンジャミンが片眉を上げながら叱ったのは過去へ行く直前のことである。

「彼女は俺達の入学式の日に行ったんだな?」
「そうじゃ」

 再度王子が番人に確認をとる。
 その間にも徐々に島の着地場へと近づき、ゆっくりと地面に足先が触れる。ニケ、ベンジャミン、サタナースと、順調に島へと着陸した。私もかかとまでしっかりと足を踏み込んで、長いような短いような空の旅から思考を切り替えた。

「まずは切り抜けるぞ」

 ゼノン王子はおもむろに指をパチンと鳴らして、私より背丈の低い少年の姿になった。

 切り抜ける?

 遠くを見つめる王子の視線の先へ全員が目を向けると、王国の騎士が遠くからやって来るのが分かった。確か入学式の日に着地場へ着いたとき、学校へ誘導してくれた騎士がいたのを思いだす。それだけではない、不審者が入らないように着地場では警備がおかれている。おそらくこの姿のままでは何用なのか聞かれるうえに、身分を証明できるものもない。姿を消しても、どこに不審者用の罠があるか分からないし、ここは王子のように12歳の姿になるのが懸命である。

「かわいいですね殿下」
「やだ〜かわいい〜」

 ぷにっと摘まめばのびるような幼い頬っぺた。
 ニケとベンジャミンの言葉にちょっとだけ頬を染める王子が凄くかわいかった。
 それでちょっとムッとしている顔もかわいかった。

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