なんで倒れたりしたの。
まさか本当に過去で何かあったわけじゃないよね。
だからといって私が焦るのもおかしな話だろうか。
ぐるぐるぐるぐる、言葉では表せられないくらいの不安がいくつも浮かぶ。
……あ、いや別に、不安とか言ったって、ほら、不安にも色々あって、もしロックマンに何かあったら私達友人の関係性もどうなっちゃうんだろうとか、そんなに影響はないとか言ってもロックマンが倒れたとか聞けば、そこら辺もあながち危ういのではないかと思っちゃうし。
声に出さない誰に対しての言い訳だというのか、まごまごと両手をお腹のあたりで握って指を組んだり遊ばせていると、ニョロっとうねる青紫色の何かが視界の端に入った。
ニョロ?
何かの尻尾?
「ナナリー大丈夫?」
かけられた声にふと顔を上げると、気にとられていた尻尾はニケの使い魔の大蛇(オピス)の尻尾で、その背に乗る彼女が苦い表情で使い魔と共に地面へと降り立つ姿があった。軍事演習をしていたと聞いていたのでもちろん隊服姿のままだったニケは、上着のコートやベストを脱いで、黒の長袖姿になる。
「早いね?!」
だいぶ早い。
「速くもなるわよ」
サタナースが王子に連絡をとってからそんなに経っていない気もするが、早い到着に少々肩が跳ねる。
緊急事態だものねと頬に手を添えるニケは、動かない私に再び大丈夫なのかと声をかけた。
“ナナリー大丈夫?”
そういえば返事をしていなかった。
「うん」
大丈夫かという言葉にきっぱりと大丈夫だと答える。
大丈夫だと言ったあと、大丈夫って何のことだ、何が大丈夫? など自分が何に対して大丈夫だというのか、思考回路が完全に破壊されている時点で普通の状態ではない。
そんな自分の状態をどこか冷静に見ていれば、ニケに続いて上空からゼノン王子が降りてくる。使い魔の大鳥の背から手をあげると、漆黒の外套をはためかせて森の奥に足を着けた。
「おー早いな! やっぱ暇だったんじゃねーの?」
「仕事中に決まってるだろう」
その場にいたサタナースと一言二言会話を交わしたのち、ゼノン王子がこちらへとやって来て「災難だな」と私へ向けて険しい顔をした。
ほら殿下も心配してたのよとニケが隣で微笑む。
「さ、災難というか、」
……皆私にとってヤバいなど災難だなどと、心配して言ってくれているのはじゅうぶん承知しているが、そこまで言われると何だか恥ずかしくなってくる。だってサタナースにとってもゼノン王子にとっても、ロックマンは凄く大切な友人にかわりないはずなのに、そんな風に私が心配されては情けない。
周りに彼への気持ちが駄々漏れなのだと言われているようなものであることも同時に感じられて二重に恥ずかしかった。
でも今はそんなことで恥ずかしがっている場合じゃない。
「人形は本当にあったのか。そんなものがあるとは正直あまり信じてはいなかったが」
前髪が伸びたのか少し鬱陶しげに頭を振る王子は、小さいおじさん(時の番人)を見て微妙な顔をした。
過去に干渉できる魔法なんて聞いたことがない。そんなものを作れる魔法使いがいたら、きっととっくの昔に有名になっていてもおかしくはないはず。けれど表立って名前が上がらないのは、やはりこの時の番人自体の存在が危険なものだと言っているようなものだった。
時の番人にそれとなく誰が作ったものなのかベンジャミンが聞いてはみたようだが、それに関してははぐらかされてしまったようで結局聞けずじまいだったらしい。
「ベンジャミンに懐いているのでめちゃくちゃ協力的です」
「それは良かった。……そうだ、アルウェスだが頭痛と、特に吐き気が酷いらしい。あまり体調を壊すやつじゃないんだが」
「治癒でも治らないんですか?」
「ああ、あまりな。もしサタナースの言う通り、何かアルウェスに影響がきているのだとしたら、一刻も早くトレイズを連れて帰らなきゃならない」
「本当なら彼女が時の番人を手にする時間まで遡りたいんですけど、彼女を過去から連れ戻さない限りはどの時間に行っても捕まらないみたいで」
「よくできた仕組みだな、まったく」
ため息をつくゼノン王子に同調し頷く。
「行く人間が揃ったのなら、そろそろ始めるぞい」
時の番人が手を叩いて私達を中心に集めた。
「過去の世界へ行くにあたり、いくつか注意事項がある。心して聞くように」
真剣な話をする雰囲気を出しているわりには、ベンジャミンの膝の上で抱っこされているせいで台無しになっている。長い説明をされるがフガフガと時折彼女のふわふわの胸に後頭部を預けている仕草に、変態と叫びそうになる。横で大人しく話を聞いているサタナースも怒りが我慢できないのか、こちらもフガフガと鼻息を立てて睨みをきかせていた。
「過去の世界で自分に会うことは、けして悪いことではない。どうせすぐに忘れるしのう。変えては駄目なことはないが、子を宿す行為を過去未来でしてはならんぞ。のちのち面倒なことになる」
「しねぇよ馬鹿か!」
そんなこんなで変態たちの喧嘩もそこそこに、私達は番人の指ぱっちんと共に森から消えたのだった。