物語・8
 良い天気が続く日は太陽に虹がかかる。雨あがりでもないのに変なのと小さい頃はそれを見るたびに呟いていた。
 サンサシーという虹。現象の要因としては空気中の湿度がある一定の数値に達すると、太陽の熱と自然界の魔力がぶつかり合って、光の加減で人間の肉眼に色としてそれらが見えるようになるのらしい。全てが一致するのは良い天気の日だけだけど、少しでも太陽の熱が弱かったり湿度が違うと見られないので、条件が揃ったちょうど良い天気の日、と言った方が誤解を招かなくていいかもしれない。

「ということなんです。分かりましたか?」
「うんー、うーん? お日さまがキラキラしてるとき?」
「そうです」

 依頼人専用の受付に座っていた私は、破魔士の親についてやって来た子どもの質問に答えていた。どうやら昨日見たサンサシーが気になっていたらしい。親が仕事選びの際中は大抵こちらの受付へ暇潰しとして話に来る子が多い。今日もあいにくと依頼人受付は閑古鳥が鳴いていたので私も良い暇潰しになっていた。
 3歳くらいの女の子は前髪を跳ねさせて、虹見たい! と高揚する頬をおさえながら父親の元へ走って行く。父親のほうは仕事が決まったようで、女の子の頭をよしよしと撫でるとこちらへ向かいお辞儀をする。私もそれに同じように返したあと、見送りの言葉を投げ掛けて仕事に戻った。

 誰も受付に来ない今のうちに、事前調査が必要そうな依頼書を見つけておかなければ。
 所長から頼まれた依頼書の山を裁いていく。

 それにしてもサンサシーについてわずか三歳で大人に詳細を聞いてくるなんて、将来は勤勉な子になりそうな予感だ。
 私でも幼いときは「きれー」と思うだけで、もう一回見たいなと思ったけれど大人にいつ見えるのかなんて聞かなかった。

 感心していると、ふいに受付台が地面から伝う震動で揺れた。
 地震?

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい! やべーよナナリー!!」

 ドドドド、ガチャン! と大きな音を立てて所内に入って来たのはサタナースだった。

 揺れの原因はこいつか。恥ずかしい奴だな。騒がしいうえに人の職場で名前を叫ぶのはやめてくれないか。
 何やら焦った様子の彼に温度の低い視線を向けるも、それがどうしたとばかりに、心配してかけよってきてくれている破魔士たちを振り切って私が座る受付台まで近寄ってくる。
 汗をだらだらかいた顔面をこれでもかと近づけてきたサタナースは、書類を手にしていた私の腕をおもむろに掴んで受付台の上に引きずり上げた。

 イテテテテ、何なんだいきなり!

 放しなさいとジタバタ暴れる私を無視して、受付台からずるずるといたいけな女の子を引き離していくサタナースに、しょうがない、所内で使うまいとしていた怪力の魔法を唱えるかと指を構えた。
 けれど指はポキッとあっけなく彼の手に折られて使い物にならなくなる。

 ちょっと最低なんですけどこの男!
 女の子の指折ったんですけど!

「来い! とにかく来い!」
「普通指折る?! いや待て待てわたし仕事中!!」

 まわりの職員達が勝手に連れられては困りますと間に入ってきても、お構い無しで突き進んでいった。

「じゃあそこの方、所長さんに伝えといてもらえます? 緊急事態でナナリーは早退ですっ!」
「こらぁ!勝手に言うな!」

 今度は首に腕を引っ掛けられて引きずられていく。
 ぐるじい!!
 人を殺める気かと正気を疑ったが、それよりも何をそんなに慌てているのかとその焦りように顔をしかめた。

 外で待たせていた使い魔に私を乗せたサタナースは、早く森の方へ戻ってくれと大鳥の背中を撫でる。キュルルと鳴いて翼を広げた使い魔の首に、私は慌ててしがみついた。ララとは違う乗り心地に、姿勢をうまくとるのが難しい。
 上へ上へと徐々に空へ浮いていく。

「黒焦げたちが探してたアレ、見つけたかもしれねぇんだよ!」
「アレ……?」
「時の番人!!」

 騎士団が躍起になって探していたあの人形が、見つかった?
 それならお手柄サタナース君だけれど、私にいち早く知らせるのは流石に順序が違わないかと心配になる。しかもサタナースが知っているということはベンジャミン経由で知ったのか、もしくは『黒焦げが〜』と言っていたので直接ゼノン王子から聞かされたのかもしれない。
 だったら騎士団に知らせれば良いのにと言えば、知らせる前に確かめなきゃいけないことがあるんだと叱り口調で言われた。
 ……なんで叱られなきゃならないのか。

「お前覚悟しろよ。たぶん最悪だぜ」

 最悪?

 髪をかき上げて苛立ちを露にするサタナースの意図が分からない私は、頬をかいて唇をとがらせた。
 

 




「それで〜? おじさまはどうして時を戻せるのぉ?」
「それは〜ワシの力が凄いからじゃ〜ん」
「え〜すっごーい! おじさまってこの世界で一番の魔法使いなのねぇ〜」
「ぐふふふふん」

 大変だと森の奥深くに連れられた私がサタナースに引っ張られて木々が開けた場所にたどり着くと、そこにはとんがり頭巾を被った小さいおじさんを相手に口説いているベンジャミンがいた。




 ……。


「何してんの」


 心底思った。

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