物語・9
 流石にあのまま職務放棄するのは不味いので所長に連絡を取ろうとしたら、頭に直接所長がどうしたのかとたずねてきてくれたので、事情をかくかくしかじか説明した。時の番人の情報を所長が知っていないわけがないと思っていたらその通りで、どうにも面倒なことになっていそうだということを話したら快く早退を促してくれた。どうしてか友人が見つけたそれらしき物が私達に最悪の事態を招いたらしいと話しただけで、全てを察したように早退の許可。騎士団への連絡はこっちに任せるという。
 私事だし本当なら雷を落とされてもしかたないのに(ほんと物理的に)、罰が好きという変態じゃないけれど気が落ち着かない。
 それもこれも全部この人形の……、

「あれが時の番人……」

 長い髭をたくわえた小人のおじさんがベンジャミンに褒められてデレデレしている。見た目はこの間ニケに見せて貰った通りだった。時の番人。
 実家の庭にありそうな、小人の置き物そのまんまみたいで変な感じがする。でもあれに命を吹き込んだら、こんな風に変態おじさんよろしく話出すのだと思うと面白い。

「このジジィ、森の立ち入り禁止区域の向こう側に置いてあったんだよ」

 仕事で森に入っていた二人がたまたま見かけたのだという。……二人の森の中での問題事の遭遇率が半端ない。ゴーダ・クラインさんが行方不明になった時もすぐに見つけたし。

「仕事は何してたの?」
「赤鼻の鼠が欲しいっていう依頼があったから捕まえに。あいつら鼻血ぶっかけてくるから嫌なんだよな」
「あれねぇ。尻尾が使えるんだっけ」

 こちらも仕事中だったのにはかわりない。
 しかしそれよりベンジャミンは一体何をしてるんだろうか。お前は恋人があんなことしていて良いのか。サタナースにあの褒めちぎっている経緯を聞いてみるが、願わくば友人があの小人に洗脳されていないことを祈った。

「あのジジィな。黒焦げから聞いてた特徴そっくりだし見つけて近寄ったらいきなり攻撃してくるし、物騒な人形だぜありゃ。槍が飛んでくんだぞ? まじこえー」
「あれが物騒……」
「でもベンジャミン見たらやけに懷いてよ。どうしてそこにいたのか聞いたら、女に学生時代をやり直したいって言われて過去に行かせたって、ベラベラ話しだしたんだ」
「情報聞き出すために口説いてるってこと?」
「ああ、腹立つけどな。……アルウェスって男と恋人になりたいとか何とかってジジィが言ったんだ」
「アル、え?」

 ……まて今、何と言った。

「誰と恋人になりたいって……」
「アルウェスって男」

 ……いやいやまだそのアルウェスかどうか断定した訳じゃないし、焦ってもしょうがないぞ私。ほらサタナースだって笑っ、……苦笑いだし。あのサタナースが焦るくらいに、私を職場から引っ張り出すくらいには動揺していた。
 のを見る限り、

『アルウェス様と隣の席だったら〜』

 チーナの言っていた話を思い出してハッとする。
 もしや。

「伯爵令嬢のトレイズ、覚えてるか?」
「隣の教室だった子?」

 覚えてる。
 そんなに関わりはなかったけれど、彼女の成績は私が常に二位だったように、常に学年五位だった。打倒ロックマンを目指してはいたが、自分より順位が下の子達にも抜かされないように日々戦々恐々としてた時代を思い出す。

「それ、そいつ。しかもアルウェスっつったら一人しかいねーだろ」

 あの話、冗談でも聞き間違いでもなかったのか!!

 ベンジャミンが聞き出した話によると、ドレンマン伯爵が娘のために時の番人を闇市で落札して、誰にも見られない場所でトレイズ・ドレンマンを過去へ行かせたとのことだった。
 過去未来を行き来するには、この小人のおじさんに詳しい時間と場所を話し、人形を誰にも触られない見られない場所に置いておくこと。戻りたい時は『格好いい時の番人様、わたくしは貴方の奴隷でございます』という屈辱的な言葉を唱えないといけないこと。この二点。

 そして誰かに見つかった場合には、こちらから探しに行かない限り永遠に戻ってこられない。
 なので私達にこの人形が見つかってしまったトレイズは、連れ戻さない限り一生こちらには戻ってこられないことになる。
 
 けれどそもそも、こんな所に無防備に置いておくのも変な話だ。
 何かまわりに仕掛けとかなかったのかとサタナースに確認すると、そういえば指鳴らししながら歩いてたら何かを解除した感覚があったと言う。そしたら時の番人が現れたのだと。

 絶対それ透明型防御膜だろう。
 
「解除したの伯爵にバレてるだろうな。もうすぐ飛んでくるかもしれねー」
「それまずいじゃん!!」
「なぁジジィ」
「ジジィじゃと。お兄さんと呼ばんかい」
「過去を変えたらどうなる?」

 過去を変えたらじゃと? 誰が教えるかそんなこと。
 と言ってサタナースの質問に小人のおじさんは取り合わないばかりか、目の前にいるベンジャミンのほうを見ては鼻の下を伸ばしている。そして私のことは目にも入っていない。
 サタナースはいけすかねぇジジィ!と鼻を膨らませて顔を赤くするがこの二人……同族嫌悪というか、根っこの部分では一緒じゃないかと思う。

「ねぇトキおじさま? 変えちゃったらどうなるの?」

 トキおじさま。

 サタナースの玉砕を無視して、きゅぴーんと瞳をうるうるさせたベンジャミンの光線がおじさまに眩しく映る。
 両手を合わせて頬を寝かすと、地べたに膝をつけて小さいおじさまを上目遣いで見つめた。普段もそれはそれはお色気な美人だけれど、今ならどんな男性でも速効で彼女に落ちるかもしれない。

 ベンジャミンちゃんそれはおじさま弱いってぇっ、なんて言って時のばん……ええと、トキおじさまは目をおさえた。

「うほん、ごほんごほん、答えてやろう。世界は平行線じゃ、枝分かれはしておらん。運命はただひとつ。それを変えると動くとなれば未来で多少何か変わるだろうが、干渉したからと言って大きく変わるものはない。死ぬ運命の人間を救おうとしても、死の運命から逃れることはできん」
「少し関わって白を黒にしたところで、結局白は白のままってこと?」
「そうじゃ。ただまれに過去で大きく関わった人間の未来での記憶が混乱することもある。恋人にしたいっちゅー男がどこまで女に介入されるかが問題じゃな」

 ロックマンを恋人にしたい、そう思ってトレイズは過去へ行った。

 サタナースは私にとって最悪なことになったと言った。
 そしたら私はどうすれば良いのだろう。彼女を過去から引きずり出して邪魔をさせないようにするのか、それとも、

「俺達も過去へ行くぞ。ただし三人だけじゃ不安だ!」

 考えを巡らせていると、サタナースの気合いの入った声が聞こえた。
 そんな胸を張って不安と言わなくとも。

「こんな緊急事態時のためにこれをアルウェス君が作ってくれた」

『殿下直接語りかけ機』

 じゃっじゃーんなんて誇らしげに鼻の下を指で擦り、腰の袋から金ぴかに雑に塗られた木箱を取り出した。
 なんだそれは。

「これはなぁ、手紙を飛ばさなくても黒焦げの脳に直接話が出きる優れものだ。ぷっぷっぷ……あいつが寝てる時でも出きるんだぜ」
「一回本気で王子に絞められたほうがいいと思う」

 ゼノン王子からしてみればなんと傍迷惑な道具だろう。過去に一回使った時は怒られたらしいが、一国の王子様にこいつらは何をしてるんだ。他の国の王子だったら、もっと言えばゼノン王子だからこそ怒るだけで済まされている。
 脳に声を届けるのは雷型特有の電脳系の魔法だから王子に効くように出来ているのだろうが、ていうか何のために作ったんだロックマン。王子の護衛はどうした。

「ダッサい名前よね」

 普段はサタナースに甘いベンジャミンも、目を点にして飽きれていた。

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